鳴らす場所
スタジオに、
いつもと同じ音が戻ってきていた。
ハヤテがドラムに座り、
ヒナタがギターを構える。
「……変わんないな」
コウタが、ぽつりと言った。
「何が?」
ハヤテが、
スティックを回しながら返す。
「世界」
「もっと、
なんか変わると思ってた」
「結婚したからって、
簡単に変わったら困るだろ」
ハヤテは、軽く笑う。
ヒナタが、
チューニングを終えて言う。
「生活は変わる」
「でも、
ここは別だ」
「別って言い切れるの、
すごいよな」
コウタが言う。
「言い切らないと、
続かない」
ヒナタは、短く答える。
ハヤテが、
スティックを鳴らす。
「ほら、行くぞ」
一拍。
ベースの音が重なる。
ドラムが先に走り、
ギターがそれを追い、
言葉が、あとから乗る。
音合わせ。
通し。
「……悪くないな」
ハヤテが言う。
「悪くない」
コウタも頷く。
ヒナタは何も言わない。
タタン。
ハヤテがスティックを鳴らす。
「じゃ、これで決まり」
一度、音が止まる。
ハヤテはスティックを指先で回しながら、
ドラム椅子の上で軽く伸びをした。
コウタはベースを下ろさないまま、
アンプのつまみを少しだけ戻す。
ヒナタはギターを抱えたまま、
何も言わずにコードを一つ鳴らした。
余韻だけが、
スタジオの中に残る。
休憩。
ヒナタはギターを膝に置いたまま、
天井を見上げていた。
指先だけで、
弦に軽く触れる。
「……悪くない」
少し間を置く。
「でも、
良くもない」
また、コードを鳴らす。
「まだやってんのかよ」
ハヤテが笑う。
「さっきから、それしか言ってないぞ」
ヒナタは小さく笑う。
ため息。
「……なあ」
「コウタ」
呼ばれたほうは、ノートを閉じて顔を上げる。
「今回の曲さ」
「どう思う?」
一瞬、スタジオの空気が変わる。
ハヤテが面白そうに口角を上げる。
「お、来たな」
「どう、って……」
コウタはすぐに答えない。
視線だけが、
床へ落ちる。
何か考えている。
でも、
先に言っていいのか迷っている。
ヒナタは少しだけ待ってから、
小さく笑った。
ギターを軽く鳴らす。
少しして。
「これさ」
二人が見る。
「俺じゃない気がする」
間。
視線だけが、コウタへ向く。
「コウタが歌った方がいい」
「え」
コウタが思わず顔を上げる。
「……いいの」
「いい」
ヒナタは迷わない。
言い切る。
コウタがハヤテを見る。
「反対する理由がない」
ハヤテは両手を軽く上げた。
笑う。
「これ、もう俺たちの曲だろ」
スティックを肩へ乗せる。
「一番いい音で鳴らしたい」
コウタはベースをぎゅっと握ってから、
少しだけ視線を落とした。
何か言いかけて、
やめる。
「……うん」
ヒナタは何も言わない。
ただ、小さく笑った。
少しして。
ハヤテが付け加えるように言う。
「……あ、でもさ」
二人が見る。
「俺のは、
録りなら俺でもいいけど、
ライブは無理だな」
「なんで」
ヒナタが聞く。
「ドラム叩きながらフルコーラス歌うの、
普通にしんどいし」
一瞬。
「だから、
俺の曲はヒナタで」
最初に笑ったのは、
コウタだった。
「……ちゃんと、三人だな」
「当たり前だろ」
ハヤテが、
叩きながら言う。
「人生進んでも、
ここは三人だ」
そのまま、
誰からともなく音が鳴った。
ハヤテが軽く刻む。
コウタの低音が、その隙間に入る。
ヒナタのギターが、少し遅れて重なる。
合図はなかった。
それでも、
三人の音は、
当たり前みたいに同じ場所へ戻っていく。
最後の音が鳴り終わる。
余韻の中で、
誰もすぐには喋らなかった。
ヒナタが、
静かに言う。
「変わるのは、守るもの」
「変わらないのは」
コウタが、続ける。
「鳴らす場所」
少し間が空く。
「守るもん、増えたな」
そう言って、ハヤテが笑った。
スタジオには、
いつもの音があった。
少しだけ形を変えて、
それでも、
ちゃんと同じ場所に。




