86. めざす想いは ひたすら熱く(最終話)
「なあ。琉生」
想太が隣で言った。今、想太と琉生は、マネージャーの三田が運転する車の後部座席にいる。次の仕事に向かう前のつかの間の休息タイムでもある。
「あ。想太。目が覚めたの?」
琉生は、スマホをポケットにしまう。
疲れていたのか、車に乗り込むとすぐ、想太が眠ってしまったので、琉生はスマホで、いつもの小説投稿サイトを開いて読んでいたところだ。
「いや、いいよ。続けてて」
「ん。ちょうど読み終わったところだから大丈夫」
琉生はほほ笑む。いつもの小説投稿サイトを読んでいるときと、読み終わったときの琉生の表情はいつも柔らかい。疲れているときでも、穏やかな笑みがたちまち頬に浮かぶ。
そのほほ笑みを見ながら、(それにしても)と想太は思う。
移動の車内で教科書を読めない琉生のために、高校受験の時、想太は音声教材を手作りしたこともあったけれど、今では、琉生は普通に台本でもなんでも読めるようになっている。
「なあ。琉生、おまえ、すっかり強なったよなぁ。乗り物の中で字ぃ読んだら気持ち悪なるから読まれへんって言うてたのに。よかったなぁ。移動時間を有効活用できるようになって」
「ふふ」琉生が少し照れくさそうに笑う。
琉生が読んでいる投稿サイトには、織田 空の作品が載っていることを想太は知っている。彼女の作品を夢中に読んでいるうちに、琉生は、車内で文字を読んでも酔わなくなってきたらしい。
愛の力?は大きいのだ。
「よかったな」と思うのと同時に、ちょっと羨ましくも思う。
自分とみなみは、それぞれの夢を守るために、お互いの手を放した。それ以来、まったく、会うこともない。もちろん連絡もない。スマホの中には、彼女のアドレスも電話番号もちゃんと登録されたままだけど。
一方、琉生と織田 空は、離れても心でつながるための細い糸をちゃんと確保している。正直、羨ましい。
穏やかな相棒のほほ笑みを見ながら、想太はほんの少し、淋しい。
(直接会えなくても、言葉と心で繋がれるってこともあるよな……)
そう思う。
自分は、会えなくても、ずっと、みなみのことが大好きだし、それはこの先も変わらないと思っている。でも、彼女はどうなんだろう。いつか会ったときには、もうすっかり知らない人のように変わっているのかもしれない。彼女の心の中で、想太は遠い昔の幼なじみの席にひっそり佇むだけになっているのかもしれない。
(いやいや。そんなことを考えている場合じゃない)想太は気を取り直す。
想太も琉生も、今、初めてのCD発売に向けて、考えることもやることも山盛りの日々なのだ。
「CDジャケットのデザイン案、2案に絞り込まれたけど、想太はどっちがいい?」琉生が言う。
「そうやな。あのさ、どっちも、ってあかんかな?」
「どっちも?」
「メインで入ってる曲も2曲で、それぞれ雰囲気が全く違うやん? やから、ジャケットの両面違うものを印刷して、自分で好きな方をオモテにして飾ってもらえるようにって」
「あ。そうか。いいね。中に入れる、リーフのデザインはどうする?」
「それはさ……」
2人で話し始めたら、次から次へとアイデアが湧いて、止まらない。
こんな時間がすごく幸せだ。
希望が全て通るわけではないが、まず、あれこれ考えること自体が楽しい。
高1の冬、年が明けて少ししてから、想太と琉生が2人組で活動することが事務所から発表された。EMエンタテインメントのグループは、基本7~9人前後の大人数が普通だ。2人組は珍しい。
これまで、2人は自分たちで企画書を書き、自分たちがどういうふうにやっていきたいか、何度も事務所側にプレゼンを重ねてきた。
そして、ついに2人組での活動と、『SUNNY』というグループ名の発表、というところにこぎ着けたのだ。ただし、あくまで研修生としてのグループなので、このままデビューが確約されたわけでは全くない。
珍しい2人組、ということで、世間ではいっとき話題になったけれど、まだ研修生なので、ここからデビューまでの長い道のりを2人が辿るのだと誰もが思っているようだった。
それより、2人の出演したドラマが、それぞれに大好評で、さらには、高1のときに撮影した映画『挑戦者たち』の秋の公開が決まり、役者としての仕事に注目が集まっていた。
その中で、2人は静かに曲の準備を進めた。事務所とも相談の上、まずネット上でのMV公開、そこからその反響を見ながら、2曲目。発信者と画面上のテロップには、SUNNYというグループ名を入れるが、1曲目では2人の顔出しはしない。純粋に音楽と声を楽しんでもらう。2曲目は、全く違うタイプの曲で、2人のダンス映像を。
その流れの中で、CD発売するかどうかを判断することになる。
なんの宣伝もしない。2人の顔出しもない。
だから、始めはほとんど誰も気づかなかった。
それでも、伸びやかな2人の声が心地よく響き、ギターとピアノのアコースティックな演奏と、美しい風景映像の相乗効果で、今一番の癒やし曲、と話題に上るようになった。
クチコミで日を追うごとに再生回数が増え、やがて彼らによるものだと気づいたファンたちの声があがると一気に、驚くほど再生回数は増えていった。
その中で、今度は、2曲目のMVを発表。それは1曲目のイメージとはまた違う、明るく元気で、格好良さも可愛さもあるダンス曲。レッスン室で踊る2人のダンス動画をそのままMVにしたものだ。
今度は、ハッキリと、想太と琉生だとわかって、1曲目以上に、ファンも、それ以外の人たちもかなり注目してくれたようだった。
「円盤化してほしい」「CD化望む!」の声が多く上がり、ついに、所属レコード会社も決まり、CD発売が決定した。
2人は、企画制作会議なども、可能な限り参加させてもらった。
高校生だけど。高校生だから――自分たちだから伝えたい考えもある。
CDの販売に関して、琉生と想太は、1形態のみでの販売を希望した。
2人ともドラマや映画に続けて出演し、それぞれタイプの違う超絶イケメンといわれている。そんな彼らの写真を載せたグッズを何種類も作って特典としてつければ、それだけでもかなりの売上げが見込めるのだが、と言われたが、そこは絶対、譲れないと彼らは主張した。
琉生は、以前、CDの複数形態での販売について、空と話をしたことがあった。
「たいてい、どのグループもいろんな特典つけまくって、初回限定版Aにはこの特典がついて、Bにはこの特典、通常版にはこの特典とか、結局、何形態も全部買わせよう、みたいな感じになってるよね。ときには、ランダムについてくる特典で、買わないと中身がわからないみたいなのもあったりして。ほんとに、悩ましいって、うちの従姉もいつも言ってる。一番売りたいのはどれなん? 何なん? オマケ売りたいん?って言いたくなるときがあるって。それでも応援したいと思うからつい買ってしまうって」
売上げ枚数は即グループの実績になるし、収益上の理由もあり、その傾向にますます拍車がかかっていることを琉生も感じている。なんだかファン心理につけ込む、あこぎなやり方に思えて、申し訳ない気持ちになる。そんな琉生に、空は話してくれた。
「そうやんね。収益のこと考えたらなかなか難しいよね。ただ、私らみたいに財力のない学生にとっては、ほんとに好きな曲のCDを手に入れたいだけやのに、特典に悩まされるのは正直辛いなってときあるよ。もちろん、その特典がほしい人もいてるから、一概には言われへんけど」
「そうだよね……。でも僕もほんとに、自分たちの楽曲そのものを楽しんでもらえたらいいなって思う。誰にでも耳にしてもらいやすい形、手に取ってもらいやすい形で」
そのときからずっと、自分たちのCDはきっと1形態で発売したい、そう思っていた。
CDで音楽を聴く人もどんどん減っている中で、それをたくさん買ってもらうための複数形態での販売だとわかっている。
とはいえ、琉生も想太も、小さな子どもからお年寄りまで、いろんな人に、自分たちの曲やパフォーマンスを気軽に楽しんでもらえたら、という思いが強い。
やっと1形態だけの販売が決定したとき、すごくホッとした気持ちになった反面、大口叩いて、結局枚数が売れないと元も子もない、と言われてしまう不安も同時に感じていた。
それでも、ファンの人たちの、「1形態なのが嬉しい」という声は嬉しかった。
2人としては、CDに特典をつけないつもりだった。が、今日、販促のため1種類1枚だけ、2人の写真シールを封入することが提案された。それなら全部のCDに同じものが1枚つくだけなので、1人のひとが必要以上にたくさん買う必要はなくなるというのだ。それなら許容範囲だと言えそうだ。
CD以外にファンクラブで販売されるグッズも考える必要があった。比較的手に取りやすい値段で、身の回りにいつも置いて使えるものがいい。
自分たちのグループ名『SUNNY』を発表したとき、同時に、想太と琉生は、グループのイメージフラワーは「ヒマワリ」、メンバーカラーは、琉生がクリーム色、想太がレモンイエローということも発表した。
いろんなヒマワリの写真を見比べて考えたのだ。優しく穏やかで品のいい雰囲気の、クリーム色のヒマワリを見たときに、琉生が自分はこれがいいと感じ、想太は、鮮やかで、爽やかなレモン色の花に惹きつけられたからだ。
そして、ファングッズには、ヒマワリをモチーフにしたものを作るつもりだ。
「シュシュとか、髪留めとか、ヒマワリモチーフにしたら可愛いよな」想太が言う。
「いいね。ライブに来るとき、それをつけてきてくれたりすると嬉しいよね。あとさ、どうしても作りたいものがある。ブックカバー作りたい。ヒマワリの花をどこかに入れたやつ。栞もいいな」琉生は、空の顔を一瞬思い浮かべる。
「なるほど。いいね。もしかしたら、今まで、本読まなかった子が、そのブックカバー使いたくて、本を持ち歩くようになった、なんてあったりして……」
2人のアイデアは次々広がる。
まだまだ、この先には、乗り越えなければならない、壁も難題も、山ほどあるはずだ。
そのことは、覚悟している。
思うとおりに進まないことだって、失敗することだって、きっとある。
それでも。
2人でいっぱい話し合いながら、乗り越えていきたいと思う。
つまづいても。
何かにぶつかっても。
何度だって、立ち向かおう。
何度だって、乗り越えよう。
2人でそう話している。
その途中で、夢は少しずつ形を変えていくかもしれない。
でも、それは、自分たちの成長の証でもある、と思う。
夢に向かう熱い思いがマグマのように、ずっと変わらず、こころの芯にある。
それは変わらない。
最近、琉生は、小説投稿サイトに、1つの短歌を投稿した。
『少しずつ 夢の形は 変われども めざす想いは ひたすら熱く』
ちゃんと短歌になっているのかどうか、よくわからないけど。
空からは、
『この歌、すごくいいですね。なんか胸が熱くなるようで、めっちゃ気合い入りました。私の毎日を支える呪文になりそうです。へこたれそうなとき、これをつぶやいて、元気出します』
そんなコメントがきた。
嬉しかった。
でも次の瞬間には、『へこたれそうなとき』というフレーズに目が行って、ちょっと心配になる。大丈夫?って訊きたくなるけど、琉生はそんな気持ちをぐっとこらえた。
すると、翌日、空のコメントが微妙に修正されているのに気がついた。
先のコメントに、カッコ付きで、(へこたれそうなときもありますが、でもちょっとやそっとではへこたれませんが 笑)
琉生が心配しているかもしれないと思ったのだろうか。
そんなちょっとしたやりとりに、琉生は、まるですぐそばに、空がいるような気持ちになる。
その笑顔がハッキリと浮かんでくる。
(大好きだよ)
心の中の彼女の笑顔に、琉生はほほ笑みかける。
心に温かいものが広がる。
“それぞれに、一生懸命生きて、いつかきっとお互いに会いに行くこと。どちらかがどちらかを待つとか、待たせるとかではなく。今だ!っていう日が来たら、きっと会いに行く“
彼女と交わしたその約束は、ずっと変わらず胸の中にある。
いつかきっと。
この道の先のどこかで。
その日が来ることを琉生は信じている。
『少しずつ 夢の形は 変われども めざす想いは ひたすら熱く』
この短歌は、琉生自身の、明日へ向かう勇気をくれる、呪文でもある。
この短歌を聞かせたとき、
「いいね。なんか胸が熱くなる。へこたれそうなとき、口にしたら元気でそうや」
想太も、そう言ってくれた。
車が止まった。次の仕事現場に着いたのだ。
2人とも互いに目を見交わす。胸の中に元気が湧いてくる。
「よし。行こか」
「うん。行こう」
2人の表情が、ぐっと引き締まった。
――めざす想いは ひたすら熱く。




