Episode 1 Genesis of Creation and Ruin【創造と破壊の始まり】
世界は、静かに形を変えていく。
誰も気づかないうちに、何かが壊れ、何かが生まれ、
気づいたときにはもう元には戻らない。
この物語は、そんな“変化の瞬間”を描く。
正義でも悪でもなく、
英雄でも怪物でもなく、
ただ、世界の構造が音を立てて軋むその時――
そこに立ち会った者たちの記録だ。
人間の意思がどこまで世界を動かせるのか。
人間ではない存在が、どこまで世界を壊せるのか。
その境界線を、静かに、淡々と、描いていく。
読者のあなたが、この世界のどこに立つのか。
それは、読み終えたときに自然と決まるだろう。
秋田県五城目町の山間部。
医療関係の研究施設として登記登録された建物。
無機質な建物。
その規模からは想像がつかないほど質素で主張がない。
あえて目立たないようにそこに存在していた。
最深部、開発技術研究室007。
白い光が冷たく照らす中、ひとつのカルテが置かれている。
《開発コード:Locusta R038-25》
開発室の隣に制服姿の男と白衣の技術者が硬質化ガラスの向こうの開発ルームを眺めている。
「博士、アレがとうとう動くのだな」
「閣下。
エネルギー回路の調整に成功いたしましたので、ロクスタの起動はいつでも可能な状態にあります」
「えらく時間のかかったものだ」
「それは仕方がございません。
なにせ、あの機体は、組織で作られた従来の物と一線を画すものでございます。
お待たせしたが、十分にご期待にそえる性能に仕上がっております」
「フン……
そう言ってあの金食い虫、前回の起動実験の際に起動と同時に動かなくなってしまったではないか」
「ロクスタが従来の機体の3世代は先の技術を使用しているため、エネルギーの比重がシビアでございます。
そのため前回は、調整が間に合わなかったからでございます」
「急がせたからな。
まあ、それだけ組織も切迫しているということだ」
「理解しております。
アメリカの組織めらが、こちらの戦力を物量で押しつぶそうとしているのも承知しています。
ですが閣下、ご心配には及びません。
従来の機体でさえ、奴らの改造兵より一世代は上なのです。
その上、このロクスタが起動すれば、技術的優位は決定的なものになります。
ロクスタの圧倒的な力をもってすれば、奴らの壊滅などたやすい。
そして、ロクスタから得られるデータを他の改造人間にフィードバックできれば……
我らの宿願は、いよいよ現実となるでしょう。
首領がこの世界に“秩序”をもたらすのです。」
「そう上手くいけばよいがな。
……本当に目障りな奴らよ」
硬質化ガラスの向こうでは、防護服を着た科学者たちが慌ただしく動き回り、端末の光が乱反射している。
壁面には複数のホログラムが浮かび、ロクスタの内部構造が立体表示されていた。
『最終チェックの状況は?』
室内に博士の声が響く。
「人工神経束、最終接続完了!」
「生体筋肉、出力指数は規格値の二百八十パーセント!」
「脳皮質の抑制領域、正常! 感情領域は完全削除済み!」
「核融合型マイクロリアクター、安定稼働!」
開発主任がホログラム確認しながら、技術者たちの報告を聞く。
『いいか、諸君。
R038シリーズは、これまでの物とは桁が違う。
その分、制御には慎重を期す必要がある。
外見は人間に近いが、内部は兵器だ。
リミッターの解除後、出力に耐えきれず外見が元の姿を維持は出来ない。
だがその分、従来シリーズの10数倍は理論上出力が可能だ。
君たちがこれから行うのは、技術のブレイクスルーだ。
すべては、理想の為に!
諸君に我々組織一同期待している!』
制服の男の声が開発室内に響き、技術者たちは胸に手を当てる敬礼のポーズをとった。
若い技術者が隣の技術者に笑いながら言う。
「外見が変わっちゃうなんて、特撮の変身みたいですね主任」
主任は鼻で笑った。
「化け物が、本来の姿に戻るだけだろ。
その分エネルギーの消費がはげしいからな。
それの解決策が半永久エネルギーを組み込むだもん、あの博士、イカレてるぜ。
……動かしたらもう誰も止めれないんだぞ」
「主任、緊急停止機構組み込んでるんですし、大丈夫ですよね?」
「理論上はな。
でも、実験は?
検証は?
時間がないって……何を急いでるんだか?」
「向こうの組織の物量戦術に結構苦戦してるみたいな事、作戦指導部の連中が話してるの聞いたんですけど、それのせいですかね?」
「俺達の機体の方が上だろ?
作戦の連中の運用が悪いだけだろ」
ロクスタは開発台の上で静かに横たわっていた。
人間の形をしているが、人間ではない。
皮膚の下で、金属と生体素材が静かに噛み合う音がしている。
その姿は、黒髪の美しい青年だった。
整った顔立ち。
引き締まった体。
外見は完全に人間のまま。
ただ、内部だけが異様に脈動していた。
「俺たちは、俺たちの仕事をするだけだ。
スゲェ化け物機体を作れたんだから、誇っていいぞ」
主任が端末に指を伸ばす。
『起動させろ』
無機質な開発室内に博士の命令がおりた。
「主任?」
「博士の言葉には逆らえんよ。
俺もお前も組織の歯車なんだから。
ほら、起動だ」
主任に促されて技術者が震える指でボタンを押す。
ロクスタの胸部に埋め込まれた核が青白い光を放った。
皮膚が波打ち、筋肉が膨張し、骨格が再構築されていく。
甲殻が盛り上がり、複眼が光を吸い込む。
怪物の姿が形成されていく。
「閣下、ご覧ください!
ロクスタのエネルギー低下も見られません。
ご覧ください、あの姿を!」
「……醜いな。
そんなに強そうには見えんが?」
「サイズは変更しておりませんが、だからでございます。
ご覧ください、この数値を!」
「桁違いだな。
……本当に制御が可能なのか?」
「問題ございません。
現在はこちらの指示にのみ従うようプログラミングされておりますから。
万が一の事態に備えて、緊急停止の機能もございます」
博士が緊急停止のリモコンを制服の男に渡した、その時、ロクスタの瞳が開いた。
『Locusta R038-25、起――』
博士の声が言い終わる前にロクスタが動きだす。
ドッ!
主任の胸を貫いた。
「……え?」
主任の体が崩れ落ちる。
床に血が広がる。
技術者たちの悲鳴が重なる。
「暴走だ!!」
「ここから出して!」
「博士、緊急停止を!!」
「命令系統が……無視されてるぞ!!
受け付けない!」
端末の画面が赤く染まり、
“制御不能”の文字が連続で表示される。
ロクスタはゆっくりと立ち上がった。
その動きは静かで、その醜い姿からは想像できない程に滑らかで、恐ろしく美しい。
硬質化ガラスの向こうから阿鼻叫喚の地獄絵図を前に博士が叫ぶ。
「か、閣下!
早く緊急停止を!」
「やっておる!
さっきから押しているが、あの化け物、止まらぬではないか!」
「閣下、そのリモコンを!」
制服の男からリモコンを受け取った博士が一心不乱にボタンを押すが、ロクスタは止まらない。
「来るな……来るなぁぁぁ!!」
・
・
・
廊下――
警備員が銃を構える。
震える手で引き金を引く。
銃声が響く。
弾丸がロクスタの胸に当たる。
だが、ロクスタは止まらない。
人工筋肉が衝撃を吸収している。
皮膚は傷一つつかない。
「な……なんだよ……これ……!」
ロクスタは警備員の頭を掴んだ。
握力が増す。
頭蓋が砕ける音がした。
ロクスタは歩く。
ただ歩く。
一つの命令を実行している。
その時、施設全体に警報が鳴り響いた。
赤いランプが点滅し、廊下のスピーカーが叫ぶ。
『外部から侵入者! 外部から侵入者!』
警備員が走る。
研究員が叫ぶ。
混乱が広がる。
廊下の奥から、黒い戦闘スーツの集団が現れた。
無言で進む。
銃を構え、施設内部へ侵入する。
その中に、アリア・ハーシェルがいた。
「開発中の兵器を確保が最優先だ。
抵抗は排除し、速やかに離脱するぞ。」
隊長が短く言う。
アリアを含めた隊員達は黙って頷いた。
先頭の隊長の背後で、他の戦闘員と同じ動きで進む。
(志願してまで来た日本。
ここで、結果を残して私は出世しなければならない。
父さん……母さん……)
ロクスタが警備員を殺した音が響く。
侵入部隊がその場に到達する。
「……何だ、あれは」
隊長が呟く。
ロクスタがゆっくりと振り向く。
複眼が赤く光る。
「隊長、アレが?」
「多分……
何故動いている?
開発中と聞いていたが……
兎に角、確保だ!」
隊長の言葉に、隊員達が銃を構えた。
その時、ロクスタが一歩踏み込む。
「何?!」
想定外の速度で距離を詰めたロクスタに懐に入られた隊員が叫んだ。
ドガッ!!
侵入部隊の一人が壁に叩きつけられ、死亡した。
「全員、撃て!!
死にたくなければ、生きたまま確保しようなどと考えるな!」
隊長が叫んだ。
浮足立ちそうになった隊員たちが一斉に構え、発砲を開始する。
銃弾がロクスタに降り注ぐ。
だが、人工筋肉が衝撃を吸収し、傷一つつかない。
「効かない……!?
なんだよ、これ……!」
ロクスタは次々と部隊を殺していく。
(勝てない。
この怪物は勝てない)
「撤退! 全員撤退!!」
隊長の叫びが響くが、ロクスタは止まらない。
アリアは判断した。
(死ねない。
私は死ねない。
ここで死んだら、私の復讐が……)
アリアは隊列から離脱し、崩れた壁の隙間へ飛び込んだ。
瓦礫の陰に身を隠す。
最後の銃声の後、部隊はアリアを残して全滅。
アリアは、震える体を押さえて、じっと息を殺した。
ロクスタは、一瞬、アリアの隠れている瓦礫の方を見たが、逆の方向に歩き出す。
・
・
・
地下三階が崩れ落ちる。
電源が落ちる。
火花が散る。
研究員たちが逃げ惑う。
ロクスタは、誰も見ていない方向へ歩き続けた。
出口へ向かっているわけではない。
目的があるわけでもない。
ただ、敵を倒すようにプログラムされてたから、従っただけ。
その手には、数分前まで首領と呼ばれていたものの頭が掴まれていた。
ただ無意識に持ったままになっていただけ。
いらないから、ロクスタは捨てた。
施設の最深部の扉を破壊すると、外だった。
資材の搬入口だったようだ。
ロクスタは外へ出ると、沈み込み思い切りジャンプをしてみた。
建物の屋上に着地する。
夜の山間部。
風が吹く。
ヒュウゥゥゥウウウーー
ロクスタが変身前の姿に戻っていく。
甲殻が溶けるように収縮し、複眼が人間の瞳へと戻り、
筋肉の盛り上がりが静かに沈んでいく。
黒髪の、美しい青年がそこに立っていた。
引き締まった体。
無駄のない筋肉。
顔立ちは整っているが、表情は空虚で、
人間らしい温度が一切ない。
ロクスタは空を見上げた。
星が出ていた。
感情はない。
目的もない。
名前もない。
ただ、呼ばれていた『ロクスタ』という名があるから自分はロクスタなのだろうと理解した。
「あの化け物が、そんな姿になるなんてね」
声をかけてきたのは、アリアだった。
ロクスタは、振り返らない。
「……」
「あなたの、仲間じゃなかったの?
何が目的?」
「……指示に従っただけだ」
「指示?」
思っていなかった答えに戸惑うアリア。
「敵の排除……
脅威と判断、命令に従い、敵の排除を行い完遂した」
「……私は、まだ生きてるわよ?」
「……脅威ではないお前を倒す命令は受けていない」
(……私は、敵とすら判断してもらえない程、弱いという事か?)
「これでも、戦闘員の中では優秀な方なんだけど」
アリアはロクスタへ近づく。
そのことに気づいたロクスタが振り向く。
無表情。
感情が感じられない。
「あなた……やることがなくなったんでしょ?」
「……次の命令がない」
(……命令?
私の命令でもいけるの?
そうなら……利用できる)
アリアは微笑んだ。
「じゃあ、私が与える。
ロクスタ。
私以外からの命令は、今後一切聞く必要はないわ。
私だけの命令を聞きなさい!」
「……どうして、お前の?」
「どうせやる事無いんでしょ?
それとも何か目的でもあるの?」
「……ない」
「なら決まり!
嫌なら、拒否しても良いのよ。
許可しないけど」
ロクスタは一度だけ瞬きをし、頷いた。
「……了解した」
プログラムに無い。
ロクスタは、アリアをわからない女だと思った。
面白いとすら思えた。
コレが感情と言うものなのかと思えた。
よくわからない感覚だが、ロクスタは、アリアについていこうと判断した。
「ボー―ッとして。
ほら、さっさと行くわよ!」
アリアは歩き出す。
ロクスタはその背中を追って歩き出した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
全六話ですが、反応を見て考えます。
ロクスタとアリアの物語がどうなっていくのか?
あなたがこの世界を楽しんでくれたなら、それが何よりの励みです。




