9.-うごめく遠雷(後編)-
――前回のあらすじ
夏休みの登校日。いつもように楠木悠、小牧千夏、斎藤亜紀の三人はこれから何をするか決めかねていた。そんな中、悠が自宅に来ないかと提案をする。二人ともその提案を受け入れ、楠木悠が住む高級マンションへと向かった。
「亜紀は自転車なくていいな」
通学用リュックを背負う亜紀は私たちの後を歩く。
「駅まで徒歩よ。家から学校まで一時間だから、二人より遠いのよ?」
「結構亜紀ちゃんちって遠いよね」
「まあ、学校から駅までが十分。電車が三十分。家の最寄り駅からバス使って十五分。バス停までが五分。きっちり一時間ね」
「なんでこんな遠いとこに通学すんの?」
疑問である。私は自転車をぶっ飛ばして最速十九分の記録をたたき出したこともある。時間短縮できるところがほぼないじゃん。亜紀のルートは。
「それでもこの学校が一番近かったからよ。って、千夏の家も悠の家と近所なのよね?」
「そう! なっちゃんちも近いけど、遊びに行ったことないな~」
「うち? ダメダメ、弟と妹がうるさいし、狭いし散らかってて足の踏み場もないから」
「あぁ、想像つくわ」
ん。ぼちぼち悠のマンションだな。
「ハルんち、見えてきたね」
「お、わが家が見えてまいりましたな~」
「あのマンション? 高級マンションじゃない」
「なっちゃん、自転車は向こうの来客用ってとこに停めてて」
悠が指さした方に停める。おお、二輪駐車専用ってある。しかも来客スペースだって。
「OK」
「亜紀ちゃん、ちょっと待っててね」
自転車を奥の方へ停めて戻ってきた悠は鍵のボタンでオートロックを解除する。
「オートロックいいね」
「えへへ。でも鍵を忘れたら一巻の終わりだよ」
「確かにね」
「さささ、どうぞ~」
高級そうな入口だ。高級ホテルか?ここは。エレベータも四台ある。
「せっかくだからエレベータ使おっか。うち、三階なんだけどね」
エレベータは静かにやってきた。チーンという音もなんだか高級だ。
「エレベータも凝ってるねえ。お、なんかニュースまで流れてる。すげえ」
「最新のマンションね。あ、今日もやっぱり地震あったんだ……」
「ほんとだね。確か一昨日はそこそこの震度あったよね。今日は揺れがわからなかったけど、亜紀ちゃんは気づいたの?」
「え。あぁ……まあ、なんとなく。ね」
「地震かあ、全然気づかなかったなあ」
再びエレベータがチーンという音と共に停止する。ニュースが切り替わった瞬間にすぐさま三階だ。
「こっちだよ~」
悠はひょこっとエレベータから降りて自宅へと歩いていく。三〇六号室。おお、いよいよ悠の家だ!高校の友達の家に行くのは初めてだ。
「ようこそ~」
フワッと甘い香りがした。花の香りだ。玄関には花瓶に花が生けられていた。これだけの匂いになる?
「遠慮しないでね~、ちょっとお花は多いけど気にしないでね」
え?花多いんだ?植物園でもやってるのかな。悠は来客用スリッパを私と亜紀に出す。
「おじゃましまーす」
ワンテンポ遅れて亜紀はスリッパに足を入れる。
「……あぁ、ありがとう。お邪魔します」
「リビングこっちだよ、どうぞ」
悠はリビングに私たちを通す。マンションって狭いと思ったけど広いなあ。廊下も思ったより長い。でも、あんなに花瓶置くかな?それに額縁にも押し花がある。
「おぉ……ハルんちってすごい……花多すぎない?」
「……」
「すごいね、亜紀」
「……」
「亜紀?」
「え……あぁ、ごめん。ちょっと圧倒されてた……うん、すごいね」
亜紀は呆気にとられるほどだったみたいだ。見渡す限り花、花、花である。花瓶に生けられた花、花束がテーブルにいくつもあるし、作りかけのものもある。額に入った押し花、ドライフラワー、水の中に入ったよくわからん花もある。これはなかなかに驚くレベルだ。
いや、そんなレベルじゃない。すべての花が満開だ。普通は花束とかって長く楽しめるように満開になる前に時期をずらしてるものも多くないか?なんだろ。花もこんなに集まるとちょっと怖いし、なんというか言い表しようがないほどの存在感だ。
私には亜紀みたいな難しい表現はできない。でも、これはクレイジーだ。マジで植物園だ。心なしか植物が多いせいで空気が重く感じる。
ダイニングテーブルにも小さなブーケが置かれていた。
「ごめんね~お母さん、仕事の途中で慌てて出張行っちゃったみたいで」
「え? 仕事?」
「うん、あたしのお母さんパートなんだけどフラワーアレンジメントやってるんだ。で、たまに講演とか教室の仕事もあるみたいで」
「パートなのに講演してるんだ、すごいね。うちの母さんは近所のスーパーでレジ打ちしてるよ」
「うん、厳密にはフリーって言ってたけど普段は式場とかにアレンジメントフラワーをおさめたりしてるみたい」
なるほど、納得の花の量だ。にしても一般人からするとすごく大変そうだ。こんなに大量の花に囲まれてると私はきっとおかしくなる。
「お母さん、あたしの部屋までたまにお花置いていくから困るんだよね。匂いもちょっときついよね? 窓開けて換気するね」
大きな窓を開けるとレースカーテンが大きく揺れてブワっと風が舞い込む。重く鈍い花の香りを一瞬だが、抜けていく。
カーテンに揺れた悠の横顔はなぜか少し淋しく見えた。
「お菓子とジュース持ってくるね。ちょっと待ってて」
悠はそう言ってキッチンの奥へと向かう。
フローリングに座った私はリビングでぐるりと首を回す。色とりどりの花はどれも生命力に満ちており、「枯れる」ということを知らないみたいだ。
「フラワーアレンジメントっていうか……もう花の王国じゃん。ちょっとすごすぎて、すごいって言葉しか出てこないわ」
「ええ……そうね。なんというか……」
亜紀も驚きのあまりかいつもより口数が少ない。あの亜紀をビビらせるとは、さすがは悠の母だ。娘がぼんやり系のアイドルであればその母も強者に違いない。
「おまたせ〜。ジュースとクッキー……がなかったので、柿の種になっちゃいました!」
パックに小分けされた柿の種とオレンジジュースが入ったコップを悠がもってきた。
「柿の種もいいねえ。オレンジジュースの甘さにピリッと辛味が合うよ」
「いいよねえ、柿の種。はい、亜紀ちゃんもどうぞ。って亜紀ちゃん、どうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもない。ありがとう」
柿の種のこのサクッとした食感とちょうどいい辛味がうまい。しばらく私達は以前の東京旅行やこれからの夏休みのことなどを駄弁った。
それにしても亜紀はいつもより口数が本当に少なかった。
頭痛かったのかなあ。
「9.うごめく遠雷(後編)」いかがだったでしょうか。
遠雷。遠くで雷が鳴るとき、人はそれをどう思うのでしょうか。夕立がくるのか、こないのか。
不穏な空気はいつもどこかじっとりとした湿り気を纏っているような気がします。
次回更新予定は7月31日(金)20時です!
更新は週一回を予定しています。
【2026/5/18~カクヨムでも同時掲載いたします】
※2026/7/26_改稿。後書き記載のタイトル項番を修正いたしました。




