.40 檻の中
右手に着けているグローブを外しながら、ゴルトの攻撃を縦横無尽に避け続ける。腕が空を切る音、壁や地面の石つぶてが五月雨のように舞う視界、徐々に攻撃の勢いが落ちてきていると感じつつ、魔術への理解が高まっていく。
「くっそ」
猛攻の最中、苛立ちを含んだ唸るような低い声が耳に反響し、より身体を軽くする。
不思議なことに、先ほどまでの疲れが飛んでいた。アドレナリンの影響かむしろより軽く、速くなっていく身体に自然と身を任せていた。
さて、このグローブを何処に置くか。
「おい、ガキィ」
声が思考を止め、同時にゴルトの攻撃が止む。
身体を小刻みに震わせ、目元に血管を浮かせた表情を向けた。
「なんで反撃してこねぇ!?」
最後に攻撃してから五分は経っただろうか。
依然としてゴルトが優勢なのは変わらない、だが先ほどまでとは様子が違う。勝ちを確信したような余裕は無く、焦りすら感じる。
「なんでだろうな」
「とぼけるな!俺の魔術が分かってるなら攻撃して来いよッ!」
「……身体、少しだけ小さくなってるぞ」
「!」
普通なら気づかないごく微細な変化。だが攻撃を至近距離で受け続け、大きくなったと分かったからこそ捉えられたその変化。一回りとは言えないほどだが、確かに小さくなっている。
「答え合わせでもするか」
「――っ、不要!」
そう言うと三度距離を詰め攻撃を再開するゴルト。
調子が良いというのもあるが、攻撃自体のパターンが少ないのもかわし続けられる要因だな、どれも全部力任せだ。
さらに動揺を誘う為続けて話す。
「ゴルト、お前の魔術は強化だ。しかも体躯を大きくし力を増幅させる。そして条件は」
時間が凝縮される。ゴルトの腕がゆっくりと振り下ろされ、その流れに逆らうかのように身体をひねる。思考だけが先をいくその世界で、ようやく喉が動く。
「――痛みだろ。お前自身が受けた痛みによって身体は強化される」
「仕掛けはそれだけじゃない」
濃縮された時間が少しずつ解けていき、次第に身体と声の動きが統一されていく。鼻息を荒げ、攻撃を辞めないゴルトに向けて続ける。
「攻撃を受けた距離によって痛みの大小が変わる、違うか?」
ゴルトは答えない。その代わりと言わんばかりに、攻撃の手を速める。だが勢いだけで、力強さはほとんど無くなってきている。
「近接での攻撃は殆ど効かない代わりに、遠距離からの攻撃は効きやすい……そんなところか」
恐らくゴルトの魔術は『超近接特化型の魔術』、一撃目の遠距離からの空気砲は効いていて、続く二撃、三撃の近距離でのローキックと空気砲は殆ど効いていなかった。そして極め付けは、あの小石の投擲。
視界の隅にゴルトが開けた壁穴を見つける。十歩程度の距離、高さは丁度今のゴルトの頭部と同じくらいの高さ。
「『高速移動靴』」
一瞬で壁穴へと近づき、すぐさま離れた。
視線をゴルトの方に向けると、変わらず攻撃を続けている。
「そして、痛みを受けなければ徐々に力と体躯はしぼみ弱くなっていく。反撃させようとしたのも痛みを手に入れる為」
だから壁や地面をあえて攻撃して体格を保っていた。けどその痛みにも慣れ始めて、巨体を維持できなくなっているというとこだろう。
「……ふっ」
「はっはっ!正解だよ僕ちゃん、だったらどうする?このまま永遠に避け続けるかァ!?」
「いや」
ここだと当たるか分からない、もう少し右側か。
「ラヴ様がこの魔術を授けてくださった時、俺の人生は始まった」
「持たざる者が持つ者へと変貌を遂げた時、そこにあったのは使命と責任。代価を差し出した故の孤独の力」
先ほどまで固く閉じていた口は、決壊したダムのように次々と口数を増やしていく。
「陰鬱としたゴミ共を纏める力、他者を強制できる力、人の上に立つという優越感を俺は手に入れた」
「手に入れた先にあったのは、この現状を創り出してくださった方への“畏敬の念”と“感謝”」
「その時、俺の道しるべは決まった。これから得るであろう数々のものそれら全てを――ラヴ様に捧げるッ!」
恍惚とした眼に力強い言葉が似合わず、意味を理解する前に耳を通り抜ける。ラヴを想って言っているようだが、どこか自己陶酔に浸っていると思わせる気ぶりだ。
先の大穴からおよそ十メートル程離れ、こちらに引きつけた。対角線上にゴルトはいる、この距離なら。
「見ていて下さいラヴ様、あぁラヴ様、ラヴ様ァ!」
「『一人でに動く紐』」
「!?」
左手に巻き付いていた『オートロープ』はゴルトの脇をすり抜け、一直線に大穴へと伸びる。
「何処を狙って」
「『圧縮空気砲』」
ドンッ
「がぁっ!?」
圧縮された空気の球は、小石を当てた後頭部へとさらに強い威力で追撃を加えた。
白目を剥き、なす術もなくその場に倒れ込む。巨体が地面を揺らし、誤魔化していた骨身と傷に振動が響く。
「い、いつの間に……」
「避けてる最中だよ、遠距離からの不意打ちで攻撃するにはこれしか無いと思ったから」
視線を落とすと、ゴルトは気を失っていた。それと同じくして、心臓が大きく跳ね呼吸が荒れる。倒した安心感からか、全身を突き刺す痛みが歩く度襲ってくる。
「ゔっ」
今になって傷が、男爵を見つけて早くここから出ないと――いや、違うな。
穴からグローブを取り、出口へと歩く。
「男爵、もう少し時間を下さい」
この施設の下にいる人物に会いにいく。都市を覆うほどの膨大な魔力、敵だとしたら今の僕に勝ち目はない。それでも、もし違ったのなら魔王を倒す戦力になるかもしれない。
来た道は眩しく明るく照らされ、反対に奥への道は暗く先が見えない。大きな不安と少しの期待が歩く足を遅くする。しかし、決して止まることはなく、何かに導かれるように一歩ずつ歩み進めた。
***
ゴルトとの一戦を経て、『治療丸』を飲み十分ほど歩き続けた。大勢いると思われた教団員は不気味なほどに姿を見せず、黄土色に照らされた廊下を静かに歩き、さらに下層へと続く小さな階段を発見した。
魔力がより濃く、強くなっていくのを肌で感じる。あの時パミストラで感じた身体を包み込むような感じ、恐らくこの階段下にいる。
身体は……大丈夫、まだ動ける。魔石の交換も終えた、よし。
石階段を一歩ずつゆっくりと降りる。靴の擦る音が妙に反響して毛が逆立つ。
――酷い匂いだ、空気も薄い。
降りるにつれ、血と吐瀉物を混ぜ合わせたような匂いが濃くなり、思わず顔に力が入る。息苦しさも相まって、内臓がなぞられているような不快感が身体を支配した。
「?」
――あれは、檻か。
石階段を降りきると、人が一人生活できるかどうかの小さな檻があった。
空気砲に手を添えつつ、恐る恐る近づく。檻に手が届きそうな距離まで来て、
「いた」
ようやくその存在に気づいた。
檻の中でうずくまる、一人の青年の姿を。




