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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
序章 ───旅立ちの祝福を
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第9話 血塗れた村と銀の少女

ちょっと長めにしてみました。

 

「話と違うぜ…。千明さんよ…」


 朝日が昇る中、果てしなくだだっ広い草原で奏斗は悪態をついていた。

 オルフェリアに来る前に千明に教えられた、

『持ってきたものはなくならない』

 との言葉を信じてたものの、


「弾倉一個分の“弾”しか回復しないとはな…」


 弾倉一個分──9㎜パラベラム弾15発、5.56NATO弾30発の弾丸そのものが魔袋に納まっていた。


「ポーチの中にジャラジャラ入ってるとは驚いた。

 そりゃね?銃持ち込むのが珍しいといえども…。まぁ、確かに無くなりはしないんだが」


 釈然としない思いを胸に抱きながら、奏斗は一発一発弾丸を弾倉に込めていく。

 ガルーシャ軍から拝借した、パンと干し肉をかじりながら。


「それにしても不味い。ホントに不味い!…よくこんなので戦う気になるよな」


 拝借した食糧は不味いの一言に尽きた。

 数を目的とした大量生産された代物なので、味にはさほどこだわっていない。というか、無視している。


「腹が膨れればそれで良いってもんじゃないだろ…。それともコレが普通なのか?」」


 しかし、ストゥル村で食べた食事と雲泥の差があるにも関わらず奏斗は食べる事をやめなかった。

 日本人が持つ、食材への敬愛やもったいない精神がそうさせている──わけではない。


「ああ…。この不味さが癖になるッ!と思う自分がいるのが嫌になる…」


 単にはまっただけであった。



 それから数十分後───

 あれだけ不味い不味いと言いながらも残さずに全て食べきった奏斗は、グヌの助言通り森の際に沿って、南に進むことにした。


「人に会いたいなぁ。人に。このままだったら独り言が多いイタい人間になっちまう」



 ●



 《ヴァイセ》で森の際を爆走して数時間。


 奏斗は待望の村の姿をその視界に収めることができた。


「よっしゃ!人に会え…………ん?」


 歓喜する奏斗の肺を、突然血の臭いや肉が腐ったような臭いがかきむしった。

 人が生活する中でまず感じる事のない死の香り。

 奏斗の脳裏に、間違っても当たってほしくないとある予感がよぎる。


「まさか………!」


 村に近づくにつれて死の香りはさらに奏斗の肺を暴れまわる。一歩、また一歩進むごとに彼の予想は確信へと変換されていき────


「これは……」


 奏斗の予想は的中していた。むしろ、予想以上のものがそこにはあった。


 村の入り口と思われる簡素な門。

 その両側に人間の切断された四肢と思われるものが積み重なっていた。すでに腐敗が進み、所々に蛆がわいているものもある。

 間違いない、と奏斗は確信する。

(あの血のついた略奪物はこの村の物だったのか……!)


 生存者がいるかもしれない、そう思って村に入った奏斗であったが───


 村の中心となっていると思われる大通りは、血を吸って赤黒く変色し、各民家の玄関にはその家の住人だっただろう四肢が無い、首と胴体だけの死体が転がっていた。

 広場に出ると、腹を裂かれたり、首を斬られたりした裸の女性の死体が狭い広場を埋め尽くしている。衣服は全く身につけていない。おそらく、村を襲ったあの兵士たちに辱められた後に殺されたのだろう。

 それだけではない。

 四肢の骨を粉々に砕かれ、苦痛に悶え苦しんだ者。

 原形を留めないほどバラバラにされ、ただの肉片と化した者。

 首に痣の残る、頸椎をへし折られた子供たち。


 人間のもつ残虐性が浮き彫りにされていた。


「ここまでやるか……?」


 奏斗には、理解できなかった。

 現代世界でも、攻撃性は生物としての本能である、と説かれることは多々ある。それでも、この惨状を正当化することなど一体誰ができるだろうか?


「………う゛あッ」


 嫌悪感と共にこみ上げてくる朝食を必死に堪えていた、その時───


「あ?誰だお前?」


 警戒の念が込められた、野太い男の声が奏斗の耳に入ってきた。


 声の主は生存者───ではない。

 大柄で人相の悪い、獣の皮を被り、切れ味の悪そうな幅の広い剣を手にしている──誰が見ても盗賊であると判断の付く人間だ。


「ただの冒険者だよ…。」

「冒険者だぁ?ハッ、ただの村人にしか見えねぇな。とりあえず…」


 男は脂ぎった顔で嗤いながら、剣をちらつかせる。


「金目のもん置いてけよ。」


(定番だな…。反応に困るわー)

 予想通りの言動に奏斗は吐き気などそっちのけで頭を抱える。

 ……どのみち殺すのに変わりは無いのだが。

(さて、どうしようか?仲間はどこ行った?)

 奏斗の悩みは杞憂に終わる。

 なぜなら、


「頭ァ!いました、いました!生存者!」

「お?ホントか?!」

「ホントでサァ。しかも見てください!高く売れそうッスよ?」


 仲間と思われる妙に耳障りな声を出す男と数人の男達がタイミング良く現れたのだ。どうやら、奏斗に声をかけてきた男がリーダー格の人間のようだ。

(ナイスタイミングッ!だが………)

 チラッと連れてこられた少女を見やる。

 10歳くらいの銀髪の少女だった。衣服は汚れており、破れているところもある。


「オイ…。ひとついいか…?」

「ああっ?なんだよ?」

「この娘、売るのか?」

「ああ、そうさ。ち~とガキだが…、こういうのがいい人間だっているんだ。お前には関係無い事だがな!」

「確かにな。それで?俺はどうするんだ?」

「決まってるだろ?景気づけに殺してやるよ!」


 幅の広い剣が奏斗の首元に迫る。

 奏斗の首がはねられるかと思ったのか、少女はギュッと目をつぶる。


「そうはさせるか!《ストロン》」


 剣が彼の首をはねる前に───強化された身体はバックステップで剣を避ける。下がった足下には、


「《ヴァイセ》」


 文字が羅列された円が展開。反発力が奏斗を前へと押し出し、既に抜刀した剣を突き出しながら、勢いそのままに頭の男に突撃する。

 《ヴァイセ》のスピードに反応する間もなく、剣は男の腹を貫いた。

 しかし、人の身体とは割と頑丈なもの。腹に剣を刺した程度では、直ぐには死ねない。

 そこで奏斗は、


「《カナル》」


 最初から剣を覆っていた《カナル》に魔力を集中させ、結界を広げていく。


「ぐがぁぁ?!!」


 何が起きているか分からないまま悲鳴を上げる男の腹は《カナル》が造った、楔型の空間に“裂かれていた”。


 《カナル》の結界の“厚さ”は、魔力の多さに左右される。多ければ厚く、少なければ薄く。使い方次第では、その創り出す結界は物質を押しのける事も可能だ。


 ちょうど胸の辺りまで結界が“裂く”と、奏斗が《カナル》を弱めた。すると、ダムが決壊したように血液が噴き出し、男は静かに崩れ落ちる。

 今まで見たこともない人の殺し方を見たからだろう。数秒の間、盗賊たちは沈黙し、その合間に奏斗は次の行動に移る。


 自らの血で真っ赤に染まった頭の男を盗賊に向かって蹴り飛ばしたのだ。


 盗賊は焦って避けようとするが、一人が避けきれずに下敷きになる。身動きがとれない男に奏斗は死体越しに剣を突き刺し、再び《カナル》の結界で“裂いた”。

(あと4人…!)


「調子に乗るなァ!」


 《カナル》を発動している隙に、体勢を持ち直した三人が同時に奏斗に斬りかかる。剣が奏斗を切り刻む前に《カナル》で弾く。

 《カナル》の結界の硬さは半端ではない。それをモロに叩いた剣は男たちの腕を痺れさせ、動きを一瞬止めた。

(不覚にもビビった…。心臓に悪いな)


 防げると分かっていながらも刃物が迫り来るのは恐ろしい。


 そんなことを実感した奏斗は、ベレッタを素早く抜いて眼前の男の額に向かって左手一本で引き金を引いた。片手で撃っても《ストロン》で強化している為、反動は微々たるものである。

 ガンッ!と轟音が鳴り、男の頭部の形が血を噴き出して変形する。

 両脇の二人がベレッタの銃声に驚いている隙に、右側の男を逆袈裟切りに右脇腹から左肩口に切り裂き、持ち上げた剣を肩に担ぎながら、左脚を軸にして左反転。右足を踏み込みながら左側の男を袈裟切りにする。

 一瞬の内に三人を葬った奏斗の耳に、


「う、動くんじゃネェ!」


 またしても耳障りな声が。


 振り返ると、耳障りな声の男が少女の首に短剣を突きつけている。


「人質のつもりか?」

「物分かりが良くて助かるゼ!一歩でも動いたら、コイツの命はねぇゾ!」

「そんなガクガク震えながら言っても説得力無いぞ」


 言動が食い違う様子に奏斗は思わず苦笑してしまう。

 どうやら、それ程度胸が無い人間らしい。


「それに、そういうの関係ないしな」


 そう言うと奏斗は地面を蹴って跳躍。《ストロン》で強化した脚力と《ヴァイセ》の反発力が相まって、凄まじいスピードの跳び蹴りが男の顔面に炸裂した。

 メキャッ、と音を立てて頭蓋を粉砕され数メートル吹っ飛ぶ男の姿を確認した奏斗は、《ネーテ》で服に付いた血糊を消し、ついでに少女の衣服の汚れも取り除いた。


(よーく見ると…、人形みたいだな)

 少女の肌はまるで陶器のように白く透き通っており、瞳は海のように蒼い。

 髪は銀だが、その艶は失われ、顎の辺りまで無造作に伸びている。

 手足はあまりにも細く、その身には衣服とは言えないボロ衣を纏っており、何らかの事情を抱えているのは明白だった。


 奏斗は恐怖感を与えないために、少女と同じ目線になるようにしゃがんだ。


「大丈夫かい?ケガは?」


 奏斗の問いに少女はか細いソプラノで答える。


「どうして…ですか?どうして…わたしを…助けたんですか…?」


(どうして、ね…)

 本来なら、奏斗が質問しているのだがそこにツッコんでも話は進まない。

 少女の疑問に奏斗は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答える。


「人を助けるのに理由なんていらないよ」


(笑われるかな?)

 などと思っていたのだが、


「“人”…?今わたしのこと“人”って…言いました?」


 予想外の反応に度肝を抜かしてしまった。


「当たり前だよ。どっからどう見ても、君はただの可愛い女の子じゃないか」 

「違います…!わたしは“魔女”なんですよ!?」


(ああ、そういうことか)

 奏斗はようやく理解できた。少女の格好が浮いていた理由を。


「君の髪の色がどうだって、関係ないよ。村の人はなんて言ったか分からないけど…君は“人”だと、俺は思うな」


 少女は驚いたように目を見開いた。

 どうやら、当たりだったらしい。


 村人の死体の髪は識別が可能なものは、すべて茶色かそれに似た色だった。

 そんな中に産まれた、銀髪の少女。

 現代の世界なら、発展した科学によって証明できるだろう。例えば、遺伝子の突然変異などで。

 しかし、『科学』という言葉すらないオルフェリアではどうだろうか?ましてや、外界から遮絶された、この小さな村では?

 奏斗でも少女に対する村人の態度を想像することは、容易であった。



 さて、少女の目に奏斗はどう映ったのだろう?


 少女の目に決意の念がこもる。

 それは、産まれてからずっと暮らしてきた村への決別の想い。

 それは、村の外の世界に旅立つ覚悟。

 それは、自分を“人”だと言ってくれた、目の前の少年への興味。


「一緒に…連れて行ってもらえませんか…?」

「もちろん良いよ。一人旅なんて寂しいからね。俺はカナト。君は?」

「ティナ…です…」

「ティナか。これからよろしくな!」


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