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夢幻の世界の中で  作者: 高遠ハット
第1章 召喚士カナト ───力。それは強大で愚かな、か弱きもの。
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第35話 交錯する思惑

定期更新は体調の関係上無理なようです。不定期に更新させていただきます。

「話し合いは終ったでしょうか?」

 幌の隙間から声が聞こえた。聞こえの良いテノールだ。

「ああ、待たせたの。入れ入れ」

 失礼します、とシスカの手招きで声の主が幌を開けて入ってくる。

 肌は褐色。癖のない真っ直ぐな髪は黒。瞳は限りなく黒に近い紺。いかにも精悍そうな顔立ち。全身に密着した戦闘服の上に軍服を着崩した少年だ。少年といえども雰囲気に子供っぽさは感じられない。むしろ生殺与奪の専門家、兵士のそれであった。

「階級が……!」

 驚くべきはその階級。胸につけられた階級章は第6格。地球でいうところの少佐だ。奏斗と年が同じような少年が手にできる地位ではない。

「紹介が遅れたの。こやつはクルア。階級は見ての通り第6格じゃの。数少ない妾の味方じゃ。時にクルア。お主今年でいくつになる?」

「16です」

「お、俺より年下かよ!?」

「そんな若いのに第6格、ですか……」

「天才っているんだにゃぁ……」

 ほめ言葉の嵐にクルアは慌てて否定する。

「そ、そんな者ではありませんっ。魔装に適合できた運の良い人間なだけです」

「適合? そんな言葉を使うということは……、まさか神級魔装〈瞬く聖士マリシス〉の?」

 ぎこちなく頷くクルアに奏斗は絶句する。

 軍事力が大陸最弱のアテラ皇国は、なんとかして不名誉を覆そうと長年努力を重ねてきた。その成果の一つが神級魔装〈聖士〉の開発だ。

 が、あまりにも高い能力が故に、使用者の身が持たないという本末転倒な事態になってしまった。〈聖士〉に適合する人間が必要となったのだ。

「こやつの功績は大きいの。誰にも扱えなかった〈聖士〉の一つを

 動かしただけでなく、量産型魔装〈瞬く凄士マリシナリア〉の生産にも貢献しておる。

 実力もなかなかじゃ」

「そんな人間がどうしてこんなところに? 俺のお目付役か?」

「そう思ってくださって結構です」

「役不足にもほどあるだろ……。適材適所という言葉を知らないのか? 何回俺を殺すつもりだよ」

「皇陛下の勅命でしたので、断る訳にもいかず……」

 苦笑いを浮かべるクルア。どうやら苦労人のようだ。

 仕方ないか、と奏斗はため息をつく。決闘の件で奏斗には注目が集まっている。使えるかどうか見定めるためにも監視役は必須だろう。万が一反旗を翻しても処刑できるように、クルアという最強の適合者を向かわしたのだ。

「父上も味方がいないからのう。どうにかして、クルアやお主を駒にしたいのじゃろうな」

「派閥の関係か?」

「そうじゃろうな。今の父上は傀儡じゃ。貴族どもに利用されっぱなし。そんな日々が続けば、味方が欲しいと思うのは当然じゃろう」

「シスカ様、今のお話は……」

「無論秘密じゃ」

 シスカの裏話をクルアが咎めた。誰もが知っている事だろうが、口に出すのは慎んでほしい、と言ったところか。

 張り詰める空気に奏斗は心底嫌そうな顔をして、

「はいはい、政治のお話はこれで終わり。今やるべきことを考えとけ」

 それもそうね、と仁菜が応じ、一枚の地図を広げる。ルーズ湖の地図だ。周りを山々で囲まれた広大な湖面の中心部には、島──ルーズ湖経済特区が浮かんでいる。

「現状を説明すると、ルーズ湖経済特区は約30名の冒険者に占領されているわ。ちなみに全員箔付きよ」

 煙草に火をつけながら、30名、という数字に奏斗は疑問を抱いた。

「数が少ないな」

「協力者がいるのでしょうか?」

 そんなとこね、と仁菜がティナの推測に言葉を返す。

「中心的な役割を担っているのは、ヤイニケ・ホリュム。フランペ六都市同盟出身の金の5よ」

「なかなかの実力者じゃのう……」

「これまでの経歴を見ても、特に変わった点は無いわね。一つだけあるとすれば、ヒモト共和国の軍に所属していたぐらい?」

「ヒモト共和国?」

 首をひねる奏斗にティナが解説をしてくれる。

「10数年前に興った小国です。場所でいえば、フランペ六都市同盟が中心になって戦闘狂種バーサーカーを殲滅した地域と重なりますね。

 民主主義とかいう、新しい政治体制を築き上げたことで有名になりましたが、数年前に内戦で崩壊しています」

 へえ、と奏斗は感心する。民主主義がこのオルフェリアでも産まれていたことに、である。内戦で崩壊したという事実が残念に思えて仕方がない。

「話が逸れたわね。

 で、私たちが現地で何をするかというと正面突破。沿岸の街から船を借りて、ルーズ湖経済特区に上陸。私たちの階級も箔付きあるいは加護者だから、とやかく言われる心配はないわ」

「名目は?」

「一応占領した冒険者との交渉がしたいって事にしておきましょう。……間違いなく戦闘になると思うけどね。

 一応確認するけど、皆の階級は?」

「俺とティナは加護者だ」

「妾は金の2じゃ」

「自分は銀の4です。それに、第53次北方国境紛争に参戦したことが」

「私は銀の2。問題なしね。じゃ、各人準備を──」

「あー……、ちょっといいか?」

 奏斗が紫煙を弄びながら異を唱えた。全員の視線が奏斗に集中する。

「カナ兄、何か?」

「提案なんだけどさ──」



 ●



 漆黒の闇の中、寒さを湛えて吹き荒ぶ風が、湖面を撫で波を生み出す。風は湖を見下ろす崖を登り、頂上に立つ奏斗の肌に吹きつける。肌を突き刺し、感覚を無くす寒さをまともに受けるも、奏斗は微動だにしなかった。

 懐からタバコを手に取り、火をつける。星の光さえ見えない今夜は、奇襲にはうってつけだ。

 奏斗は崖から湖畔の街の一つに視線を送る。夜の帳が降りた街は、魔法が灯す明かりで輝いていた。船を借りる手はずになっていた街だ。すでに準備は整い、出航したとの連絡がシャオンから念話を通じて届いている。

「さて、行くか」

 奏斗が提案したのは、陽動作戦であった。相手は箔付きで、数も力量も不利だ。さらに協力者もいると思われ、まともに戦えば負ける。盛大に負ける。

 そこで陽動だ。手順としては、仁菜率いる本隊が上陸する前に、奏斗の別働隊が上陸。適度に暴れて、相手の注意を引きつけるというもの。極めて雑であるが、考えなしに突っ込むよりはマシであろう。

「陽動の考えは悪くないが……、一体どうやって上陸するつもりじゃ?」

 背後から不安げなシスカの声が聞こえてくる。

「いやー、色々と方法はあるんだぞ。その中で俺は、合理的かつ刺激的な手段を実行しようと思ってるんだが……。シスカには難しいかな?」

 プライドを逆撫でするようないやらしい奏斗の言葉に、シスカは胸を張って答える。

「何を言う。やってみなければ分からんじゃろう?」

「そいじゃ、失礼しまして」

「キャッ!?」

 突然、奏斗はシスカを抱きかかえた。不意をつかれて、シスカは柄にもなく素っ頓狂な声をあげてしまう。

「おやぁ~? ずいぶん可愛らしい鳴き声ですなぁー、シスカ皇女? 年寄り臭い言葉遣いをしてても、根本は変わらないってか?」

「う、うるさいっ! そ、それ、それよりもじゃな、一体何をするつもりじゃ!?」

 顔を赤らめて焦るシスカ。そんな彼女の様子を茶化しながら、奏斗は崖の淵へと歩いていく。

「ティナ、覚えてるよな?」

「大丈夫です。しかしですね、お兄ちゃん」

「ん?」

「状況的に仕方ないですけど……、えと、その……」

 しどろもどろなティナに、奏斗は即座に悟った。

「ああ、シスカが羨ましいのか。悪い悪い、あとで何でも……」

 何でもする、と言いそうになる口を急いでつむぐ。以前軽々しく口約束をしたばかりに、大変なことになった事件を思い出したのだ。 

「あとで頭撫でたり風呂入ったり一緒に寝たりするから! それで良いか?」

 大事なのは、こちらから相手の望むような選択肢を用意すること。自分ができるギリギリの選択肢を選ばせて、こちらが主導権を握るように操作するのだ。

「わ、分かりました。それでいいですから……、あまり大声で言わないでください。流石に……、恥ずかしいです」

 ティナが望む選択肢を提示したのに、恥ずかしがられてしまった。ティナにとって最良であるのに、だ。

 よく分からん、と内心首をひねっていると、念話を通して伝わったのかシャオンが答えてくれた。

(あれにゃ、身内話を聞かれたくないっつうやつにゃ)

(どういう事だ?)

(例えるなら、友達が家に遊びに来たとき、異性の幼なじみの写真を発見されて問いただされる感じ?)

(……ごめん、イマイチ分からんわ)

(ええー……)

 露骨にがっかりするシャオンを宥めながら、奏斗は崖の淵に立つ。

 そして、


 躊躇なく崖から飛び降りた。


「ひ、ひぎゃぁぁぁああああ!?」

 耳をつんざくシスカの悲鳴がルーズ湖中に響きわたる。シスカを抱きかかえているがために両手が塞がっている奏斗は、大音量をまともにくらった。脳が揺さぶられ、全身から力が抜けそうになる。

「ちょっとぐらい黙ってくれよ!? シスカなら、崖から落ちても死ぬことはないだろ。というか、ホントに黙ってないと舌噛み千切って喋れなくなるぞ」

 奏斗の脅し文句が効果を発揮したのか、シスカの悲鳴が止む。それは良いのだが、代わりに顔が青ざめていくのは何とかしないとヤバいかもしれない。一国の皇女としても一人の乙女としても、望まれない結果が待ち受けてそうな予感を奏斗は感じた。

「少し早いけど……」

 崖の半分も下らないうちに奏斗は《ヴァイセ》を発動。宙に文字が描かれた円が浮かび、奏斗はその上に着地。自由落下で得られたエネルギーが《ヴァイセ》で増幅され、次の動きを加速させる。

 ティナがついてきていることを確認し、奏斗は円を蹴り再び宙に躍り出た。《ヴァイセ》で増幅された反発力は、奏斗を運動方向へと加速する力に変換。ただ跳躍しただけでは不可能な速度で、奏斗はルーズ湖上空を“走って”いく。

 自らの歩幅にあった間隔で、《ヴァイセ》を連続発動。奏斗が踏み込む地点に円が浮かぶ。

 加速、加速、ひたすら加速。

 一歩ごとに速度が増す奏斗の姿は、端から見たら宙を飛んでいるように見えたことだろう。ただし今は夜。しかも星の光さえない暗黒の世界だ。宙を《ヴァイセ》で駆けるという派手極まりない行為でも闇が全てを隠してくれる。

「ほぉ……、大したものじゃの」

 悲鳴をあげることを止め、素直に驚いていたシスカが、感嘆の声を発する。

「どういう魔法じゃ? 空を駆ける魔法など聞いたこともないわい」

「別に、そんなたいそうな魔法じゃない。空中に《ヴァイセ》を展開してその上を走るだけだ」

「《ヴァイセ》……?」

「皇女様はご存知ないか」

 わざとらしく肩をすくめ、

「娯楽魔法だよ、元々はな」

「娯楽魔法!? どのような改良をしたのじゃ?」

「頭が堅いな」 

 奏斗はため息一つ。

「何の手も加えていない。魔法ではなく、考え方を少しだけ変えたんだ。重要なのは応用。色々改造するのも良いけど、まずは自分が変わらないとな」

 呆気にとられたシスカに奏斗は続ける。 

「政治にしたって、そういうのが大事だと思うぞ? 凝り固まった考え一つじゃ、物事は進まないし国民もついてこない。多角的な視点を持ち合わせて、臨機応変に立ち回る方が、何かと上手くいくもんだ……、と思う。あくまで個人的な見解で憶測にすぎないけど。明確な根拠とか論理はないけど」

「説得力、皆無じゃの」

「うるさい」

 クスクスとシスカは笑う。目線をずらすと、肩を震わせて笑いを耐えるティナが。どうでもいいが、笑いを耐えながら走るとは、なんとも器用な真似をするものである。

 説教は似合わないな、と奏斗は頭を掻く。シスカは満足げな表情を浮かべて、

「ふむ、笑わせてくれたついでに、一つ話でもしてやるかの」

「話? 時間は……、まだかかるから大丈夫か」

 奏斗の視界にはルーズ湖経済特区が収められていた。暗黒の湖に宝石のように瞬いていたであろうその島は、点々と光を灯しているだけだ。

「折角、このルーズ湖に来たのじゃ。この話をせねばならん。カナト、『封神級』を知っておるか?」

 奏斗は懸命に記憶を辿る。

「封印の神級白属:《スレイニール》で、封印されちまったヤツらのことだろ。存在自体が災厄と呼ばれる最強最悪の化け者共だ。神話や伝説でよく見かけるな。聖王国建国の伝説にも出ていたっけ?」

「その封神級の一つが、ここにいるのじゃ」

「おいおい、物語の中のお話だろ?」

 呆れながら首を横に振って、奏斗は否定する。しかし、シスカの表情は真面目そのものだ。

「封神級の存在は、〈魔法院〉の学者が証明しとる。もはやお伽話ではないのじゃ」

 ティナが補足する。

「とくに、ルーズ湖に封じられている甲龍テスタ・ドラグウスは、確実に存在すると言われていますね。聞いたことがありませんか?」

「甲龍テスタ・ドラグウス……? 本で読んだような気がしないでもない」

 どっちですか、とティナにつっこまれながら、奏斗は何度目か分からないが、改めてここが異世界なのだと実感していた。神々が創り出したこの世界は、何でもありのトンデモ世界だ。魔法があるぐらいなのだから、大抵のことは実現してしまうのだと考えるべきだろう。

「ルーズ湖経済特区は、甲龍が封印された上に山を乗せて築かれたと言われています。おそらくですが、島のどこかに大掛かりな儀式場でもあるんでしょうね」

「地下に封印されてるのか? だったら、何かの拍子に出てくるとか有り得るんじゃ?」

 奏斗の心配を、シスカは杞憂だと笑い飛ばす。

「物理的だけでなく、魔法的にも封じておるからの。心配には及ばん。だが、封印されたのは随分前の話。今なら、無理矢理こじ開けることも可能かもしれんな」

「そんなことしても、誰の得にもならないですけどね」

「唯一益があるとすれば、世界征服を企む悪の大魔王じゃな」

「笑えないぞ、そんな冗談」

 コロコロと笑うシスカをよそに、奏斗はある共通点を見いだしていた。ルーズ湖の甲龍の話には、ギリシャ神話のテュポーンに似たものがある。下半身が蛇で上半身が人間の姿をしたこの怪物は、ゼウスとの死闘の末に、シチリアのエトナ火山の下敷きとなって、封印されたと言われている。

 甲龍テスタ・ドラグウスとテュポーン。蛇や龍を倒す物語は、地球では広く伝えられている。日本のヤマタノオロチしかり、ギリシャのテュポーンしかり、ジークフリートに屠られたファフニールしかり、メソポタミアのティアマトしかり。しかし、地球とオルフェリアという、文字通り世界を越えて、類似した物語があるのはどうしてなのだろうか。もしや、ルーズ湖に眠っている甲龍は、地球各地に伝わる竜蛇神話の原点なのではないか。そう思うと、胸が高鳴って仕方ない。

 会いたくはないが。

「お兄ちゃん、そろそろ……」

 ティナの言葉で、奏斗の意識が現実に引き戻される。ルーズ湖経済特区はもう間近だ。

「どこに着地しようかな、っと」

「あそこはどうでしょう?」

 指されたのは倉庫が建ち並ぶ一角。だいぶ古びており、長い間使われてないことがすぐにわかった。

 《ヴァイセ》の反発力を抑えて、廃倉庫群に着地。ついに、ルーズ湖経済特区への上陸を果たした。

「ヤイニケは中心街か?」

 2人が頷く。

 ルーズ湖経済特区には、アテラ皇国、フランペ六都市連合、ゼス王国、聖オルフェリア王国のそれぞれに面した4つの港がある。その中でも、最も年間貿易額が高い、つまり栄えているのはロジン港だ。この港の周囲には、有名商会の支店や冒険者ギルドの出張所、各国の為替取引所などが集まり、中心街と呼ばれる大きな街を形成しているのである。

「さて、早速暴れるか」

「でも、壊したら弁償させられますよね」

「あ」

 盲点だった。急いで、脳内で全財産の計算を奏斗は始める。演算の結果、全財産は庶民並み。つまり普通だ。遠慮もなしに建物を壊しまくった場合、奏斗の一生は借金返済にあてられることだろう。

「なぁに、構わんの」

 シスカは胸元から小さな杖を取り出した。

(すげー……。プルンって、今プルンって!)

 不意のエロスに奏斗はたじろぐ。同時に股間が蹴り上げられた。

 悶絶。

 呻く奏斗の頭上に言葉の刃が降り注ぐ。

「空気読みましょうか、お兄ちゃん? 今、明らかに興奮しましたよね? お兄ちゃんといえども、所詮は年頃の男子。年中発情して腰振るゲス野郎ですもんねっ! 見損ないましたよ。そんなに、そんなに脂肪の塊が揺れるのが興奮しますか! ええ??」 

 豹変したつっこみどころ満載のティナの言葉が、次々と奏斗の心に突き刺さる。

(ど、ドSの才能でも、あんのかよ……?)

 精神がバキバキと壊されていくのが分かる。奏斗は思った。帰りたい、と。

「茶番は終わったかの?」

「は、はい、大丈夫っす」 

 額に脂汗を浮かべながらも、にこりと奏斗は笑顔一つ。愛想笑いは日本人の十八番である。

「廃倉庫程度なら、壊しても良いじゃろう。文句はあるかの?」

「良いと、思う、よ」

「それだけでも十分に陽動ですよね」

 シスカの右手が回り、杖が旋回。縮小されていた杖が元に戻り、シスカの両手に収まる。

「魔装ですか?」

「一応はそうなるの」

「一応?」

 ティナが訝しんでいると、シスカは小声で魔法を詠唱した。

 全身を震わす轟音。

 続いて熱を含んだ衝撃波。

 眼前には、爆炎が空高く立ち上っていた。爆発の衝撃で倉庫群は派手に吹っ飛び、建材をまき散らす。爆音は止まない。次々と倉庫が爆破され、闇が紅く照らされる。

 爆破魔法の火属貴級:《バレスク》だ。しかし、貴級の割には威力が強すぎる。考えられる原因はただ一つしかない。

「どんだけ魔力込めてんだ!?」

 爆音に負けないように、奏斗は声を張り上げながら尋ねる。魔法の強弱は消費する魔力で調節はできるが、それでもここまでの威力にするには相当の魔力を費やすはずだ。

「魔装じゃよ」

 聞き返す前に、奏斗の目は杖の先端の赤い輝きを捉えていた。

「魔晶石、なのか?」

「惜しいの。あとで教えてやるわ。それよりも、ほれ」

 赤く瞬く杖が掲げられる。杖の先には、爆炎を背に立つ人影。

「邪魔者がお出ましじゃ。“適度に”暴れるとしようか」



 ●



 3人の陽動は、湖上からも見てとれた。雷撃、爆炎、氷塊が入り乱れる。

「始まったようですね」

 暗闇の中、クルアが呟く。黒く塗られた小型の帆船は、魔法によって音を消され高速化されていた。

「朝になるまでに終わるんじゃない? このままじゃ」

「だといいけどね」

 クルアが不思議そうな顔でシャオンを見る。口調の変化についていけてないのだ。

「シャオンさん、それは一体?」

「アタシは使い魔だからね~。ご主人様がどう思うかで、人格が変わっちゃうのよ」

「難儀なものですね……」

「当分はこれで固定だと思うけど」

 使い魔の苦労話を聞きながら、仁菜は銃を点検する。弾倉も確認。弾丸は十分だ。

「変わった魔装ですね」

 興味深そうにクルアが見つめていた。

「遠距離型……、でしょうか? でも、魔晶石がありませんね」

「魔装ではないわ。故郷の伝統的な武器よ」

「魔装は装備しないのですか? カナトさんやティナさんに、同郷と聞いております皇宮魔法士のお2人も、使用してはいないようですが……」

「必要が無いのよ」

「どういう意味でしょうか?」

 クルアは眉を八の字に曲げた。

「穿真さんや燈司さんは、独自の強化魔法を身体に仕込んでいるの。私も同じね。カナ兄とティナの場合は、精霊の加護があるから」

 なるほど、と納得した様子のクルアに仁菜は安堵する。うまくごまかせた、と。

 穿真や燈司、仁菜の身体には、それぞれ異なるものの、魔装と酷似した効果を持つ仕掛けが仕込まれている。ここまでは真実だ。だが、奏斗とティナの話は作り話である。どういう理由かは知らないが、彼らは魔装を使いたがらないのだ。

 ……実際は、金がないという平凡でつまらない理由のためであるのだが、仁菜はそんなことを知りもしない。

「ニナー! そろそろ上陸?」

「そうなるわね。各自準備を!」

 仁菜の号令に、シャオンは軽く準備運動を始め、クルアが引き連れてきた兵士たちは装備の点検を今一度行う。

「気になりますね……」

「何が?」

「上手く行き過ぎな気がしてならないのです。罠にはめられているようで、落ち着きません」

 気にし過ぎだと笑い飛ばすつもりは仁菜にはなかった。クルアは、本物の戦争を経験した軍人だ。幾多もの死線をくぐり抜け、生き残った人間の勘を無視することは自殺行為だ。

「もうとっくに相手の射程に入ってる筈なのよね……。それでも仕掛けないということは──」

 思考する間にも船は進む。島との距離が大分縮まり、船の速度が遅くなった。接岸の準備に入ったのだ。

 まずい。仁菜は直感した。敵が狙うのであれば、船の速度が遅くなったこの時しかない。

 雷撃が闇を照らし湖面を焦がす。風属庶級:《ピゴラ》だ。《ボルガ》の炎や《ノミルス》の氷も飛んでくる。敵はすでに船を捕捉し、攻撃の時を待っていたのだ。陽動されても見張りを外さない程度の能はあるらしい。

 悪態をつくよりも早く、仁菜は対物狙撃銃アンチマテリアルM82A1を構える。但し、反動をもろに受ける立射姿勢だ。仁菜は気にすることなく、照準器をのぞき込む。地球であれば対人使用は禁止されているが、ここはオルフェリア。良い意味でも悪い意味でも、法律は通じない。 

 視覚強化の土属貴級:《シェハダ》を発動した仁菜の目は僅かな光でも逃さず捉える。

「5人ね」

 言葉の後に銃声が5つ。照準器の向こうで、50ブローニング弾が直撃した人影の頭部が弾け飛ぶ。反動が仁菜の身体を襲うが、魔法的に強化した肉体は強い反動を抑えこんだ。

「第一関門突破ってとこかしら?」

 帆船の甲板に、硝煙の匂いがゆらりと漂う。



 ●



 ルーズ湖経済特区の山間部。

 鮮血のような赤い軍用外套を羽織った男たちが、別荘の一つに集まっていた。

「隊長。侵入者です」

「どっちだ?」

「真宮です」

「よしきた」

 隊長と呼ばれた男が笑みを浮かべる。純粋な戦士の笑みだった。

「もとから代用品には期待しちゃいねえ。やっぱり本物が来ねえとな!」

「代用品、ですか。こちらでは『勇者』などと言われていたようですが……」

 部下の1人が嘲るように言った。男は気怠げに答える。

「所詮中身は平和ボケした一般人。それも社会に適応できなかったド底辺のガキだ。俗に言う親の臑齧りだな」

「隊長。侵入者には協力者がいますが……」

「気にすることはねぇ。利害が一致しただけの仲だ。切り捨てることも頭に入れとけ」

 冷たい男の言葉に、部下たちは迷うことなく了解する。

「にしても」

 男は背伸びしながら、

「随分ややこしい事態になってんなぁ。皆さん色々考えてるようですが──」

 手元のA4用紙に目を向ける。紙には、奏斗の顔写真と簡単な一文が添えられているだけであった。

「一つだけ共通点がある。真宮奏斗の殺害だ」




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