天狗8
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北の山の中の街道で、大規模な地滑りが発生した。
その連絡が入ると、宮中は騒然とした。
「現状の報告を!」
「巻きこまれた者はいるのか?」
「迂回路はあるのか?」
「崩落しそうな危険な個所は、他にはないのか?」
文官たちが慌てふためいている中で、陰陽寮の役人たちは、額を集めてひそひそと話をしている。
「変だよな」
「ああ。あのあたりで大雨が降ったという報告もないし、地震があったわけでもない」
「では、地震の前兆だろうか?」
「それは否定できないが、それにしても一気に崩れているようだ」
「式神からの報告では、自然発生というのは不自然な点が多いと」
「では、人か?」
「人がそこまでやれるか? もし人の手であれば、相当な手の数が必要だし、巻き込まれた者もいたはずだ」
「ならば、妖怪や、堕ちかけている神か」
「陛下にすぐに報告せねば」
陰陽寮の長官である陰陽頭に式神からの情報を元にと報告すれば、陰陽頭はすぐに国王にこれを奏上した。
「では、救助の部隊に加え、黒鉄隊を派遣する。何らかの妖怪であれば討伐を命ずる。だが堕ちかけている神であった場合、元にお戻りいただく術はあるのだろうか?」
己が神であったことを忘れてしまったような妖怪であれば、神殺しにはならない。だが、自分が神であることをほんの僅かでも覚えている堕ち神であれば、大社の神の逆鱗に触れる。とはいえ、暴れる堕ち神をそのままにするわけにもいかない。
「捕縛なら、陰陽師が」
「では、陰陽寮からも人を出せ」
「かしこまりました」
ただの自然災害ではない。そのことに国王は頭を抱えた。自分が王位を継いでから、妖怪・魑魅魍魎の類が跋扈し、人々の平穏な生活が脅かされることが増えた。沙羅が現れてからは、いくつかの問題は解決した。だが、次から次へと起きる問題に、国王は自分が王位に就いたことを、大社の神が不満に思っているからではないかと思うようになってきた。
「譲位、すべきか」
思わず口から出た独り言が思ったより大きな声だったのに気付き、国王は慌てて口を手でふさいだ。そして、慌てて周囲を見回した。誰もいない……はず。
二度と言うまい、と国王は思った。
……誰一人傍にいない、なんてことはないということを、すっかり失念したままで。
・・・・・・・・・・・・・・
「沙羅さん、黒鉄隊に出動命令が出たそうです」
騒然としている理由を調べに言った早蕨が戻ってくると、開口一番にそう言った。
「私はどうなるのかしら?」
「沙羅さんは、お社の巫で、黒鉄隊にも出向していて、かつ後宮十二司の薬司の女官ですからねえ。どの立場を重視されるかによって、変わるでしょうねぇ。あとは」
「あとは?」
「黒松様から、黒鉄隊の後方支援のためにと申し出があるかどうか、ですかね」
つまり、黒松が沙羅をどう見ているかが分かる、そう早蕨は言いたいのだ。
「同志・戦友か、傷一つつけずに守りぬきたい思い人か」
「早蕨さん、それは言い過ぎ」
「言い過ぎではありませんよ。沙羅さんの能力を考えれば、けが人の治療を手伝ってほしいと思うでしょう。もし、何らかの『見えざる手』が働いているのであれば、ますます沙羅さんの援護が必要です。それなのにここに残れというのなら、それは沙羅さんが巫としての能力を生かすことより、黒松様ご自身の思いを優先しているということになります。もしお二人が並び立つ将来があったとして、黒松様が沙羅さんの自由を縛るようならば……私は黒松様はおやめなさいませ、と言いたいところです」
「ねえ、早蕨さん。何一つ確定した話がないところで、そんな話をするべきではないわ」
「ええ。ですが、最悪の場合を想定し、対処できるようにすることは必要だと思うのです」
黒松から求愛めいた言葉を掛けられたことは事実だ。
「私を、私の能力を、必要としてくれているか、否か」
「はい。私、思うんです。能力を買っているのであれば、その能力が使える限り、一緒にいられるでしょう。でも能力が失われたら、どうなるんでしょうか。もし、女性として見ているのであれば、女性として愛する限りは一緒にいられるでしょう。でも、年を重ねて容色が変化した時、どうなるのでしょうか。私は、いろんな沙羅さんをひっくるめて愛せる人でなかったら、沙羅さんを安心して嫁に出せません」
「待って、あなたは私の父でも母でもないわよ?」
「そうですが、私はそのくらい真剣に、沙羅さんに幸せになってほしいと思っているんです」
たぶん、それは早蕨自身の結婚観なのだろう。そしてそれは、沙羅が否定することではない。
「私から、陛下に願い出ます。黒鉄隊と一緒に派遣してくださいって」
「いいんですか?」
沙羅はふふ、と笑った。自分がこんな行動的だなんて、鬼族の里にいた時には思ってもみなかったことだ
「私、最近気づいたのだけれど……待つより自分から動く方が好きみたい」
早蕨の目が大きく見開かれ、それから「あはは」と笑った。
「沙羅さん、お社に来た時はあんなにびくびくしながら過ごしていたのに、今じゃまるで別人ですね!」
そうかもしれない。もしそうだとしたら、沙羅自身が行動することを肯定し、そして行動すればよい方向に変えられるのだと教えてくれた周囲の人たちのおかげだ。
「では、陛下の所に行ってきましょうか」
「はい!」
沙羅は国王なら、「行け」と言ってくれると信じていた。
……それなのに。
読んでくださってありがとうございました。
式神というと、白い人形に息を吹き込んで使役する姿が思い浮かびますが、あれは力の弱い神や妖怪を使役しているという考え方があるそうで、その説を採用した形で書いております。
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