天狗6
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「神様より、太皇太后様に夢のお告げがあったそうだ」
国王に呼び出された沙羅と黒松は、そう言ってから大きなため息をつき、苦り切った顔で黙り込んでしまった国王の顔を見ながら、次の言葉を待った。
「新たな妃を迎えさせよ、だとさ」
「目星はついているのですか?」
「立候補者はそれこそ星の数ほどいるが、太王太后様がお許しになるのはまあその、何というか」
王は言葉を少し濁してから「黒藤家の血を引く者ばかりなんだよ」と小さな声で言った。
「黒藤家ですか。それはまた厄介な」
黒松によると、黒藤家は太王太后の生家なのだという。だが、黒藤家は断絶した。数年前に起きた継承争いが元で、跡継ぎとなる男子が事故、暗殺、毒殺等、様々な理由でいなくなったのだ。
気づいた時には、腹の中の子が男子であることを祈るしかない状況になっていた。だが、それは娘だった。女だけとなった黒藤家では娘を良家に嫁がせることもできず、また嫁いだ先で娘たちが産んだのもまた娘ばかりというありさま。黒藤の血を継ぐ男子は、太王太后から見て孫にあたる現国王と松宮家の三男子のみ。女子ならば太皇太后の孫を含め数人いるが、みな中流以下の貴族に嫁いでおり、往時の勢いはない。女子で比較的高位にいるのは、先王の二の姫宮が小藤家に嫁いで産んだ、巫の檜扇とその姉の桔梗だけだ。
「桔梗は葵宮の王子を婿に迎えて、小藤家に残る。桔梗の顔を治したのは沙羅だったな。そうなると、妃になれるのは檜扇しかいない」
「ああ、ですが檜扇は……」
「そうだ」
王はポンポンと扇で脇息を叩いた。
「檜扇は『大神の妻』となるために、今の社から大社へ移り、大巫になることが決まっている」
20年に一度、この国の社の中枢である大社には、大社におわす大神のために、妻が贈られる。王の孫までの世代に当たる巫から選ばれて「大巫」となり、大神に仕えることで大神はこの国に豊穣をもたらすと信じられているのだと巫女婆が教えてくれたことを、沙羅は思い出した。
「では、もう少し格下の家からお探しになるのですか?」
「二つ、道が示されていた。一つは妃を取らなくてもよいが、桔梗と葵宮の王子の間に生まれた子を王家の養子として、王太子にすること」
黒松の喉がぐっと鳴った。筆頭宮家の松宮を差し置いて、それも小藤家の子という立場から王太子にせよというのは相当な無理がある。沙羅もそのあたりは理解して、どうしてそんなごり押しをするのか、本当に神のお告げなのだろうかと首をかしげてしまう。
「もう一つが問題でな」
国王は脇息にもたれかかったまま左手で目のあたりを覆った。
「先王の孫、つまり従姉妹に当たる者が一人、それと知られずに生きているから、それを妃に据えよというのだよ」
沙羅の目に、黒松の方がピクリと動いたのが見えた。おそらく自分もそうだろうと沙羅は思った。
「あの、従姉妹ですか?」
「何でも、先王の隠し子が産んだ娘が、この世界のどこかにいるらしい。それがまた、生命力の強い娘らしくてな、生命力が弱まって来た王家に、強い力をもたらすだろうと言われたそうなんだ」
沙羅は心を落ち着かせようと、細く長く呼吸を整えた。自分以外にも、同じような娘がいる可能性がないわけではないのだ、と自分に言い聞かせたが、心臓が急にバクバクと大きな音を立て始めたに気付くと、いくら自分自身に落ち着くようにと暗示をかけても、それ以上に鼓動が早く、大きなものになっていく。
「それで、陛下はどちらをお探しになるのですか?」
黒松が硬い声で尋ねた。
「桔梗とあれを引き裂くとろくなことにならないだろうからねえ、従姉妹を探したいと思っている」
拳を握っていた黒松の手に、力が入って青筋立つのが見えた。
「どうやって?」
「金雀枝の巫女婆に頼んで、先王の血を引いているかどうかを、真偽判定していくしかないと思う」
金雀枝の巫女婆は、真か偽かを見抜く力を与えられている。造作もないことだろうが、捜索範囲をどこまで広げるつもりだろうか。
「ま、まずは身近なところから一つずつしらみつぶしにするしかないだろうな。子連れで再婚したような家から調べるつもりだ」
「……そうですか。今日はもう、下がっても?」
「なんだよ、黒松。愚痴をもう少しくらい聞いてくれないのか?」
「いえ、天狗の一件がありますので」
「天狗が姿を現したというあの件か。複数回、目撃されているんだよな」
「はい。一つだけ心配なことがございます」
「ん?」
「目撃された場所が全て、後宮近辺の、それも北側であるということです」
「……太王太后様の所か」
「はい。もし、件の夢のお告げが、天狗によるものであるならば、偽のお告げを天狗が見せているか、もしくは太王太后様が天狗と組んだ可能性も考慮せねばなりません」
「頭が痛い。沙羅、治してくれ」
「それの頭痛は、頭痛の元を根本から取り除かない限り、治りません」
「頭痛の元は一つではないということか」
「はい」
「ですから、天狗対策を進めます」
「なあ、黒松」
「はい」
「もし、沙羅が従姉妹だったら、お前にとっても従姉妹になるんだよな」
「そうですね」
冷や汗をかきそうになりながら、沙羅は二人をじっと見つめた。
「うん、何でもない。下がってよい」
黒松に続いて、沙羅も退出した。
「思ったよりも時間がないな」
小声で黒松が言った。
「天狗が、私の素性に気付いたのでしょうか?」
「根拠はないが、動きから考えるとその可能性もある。気を付けてくれと言いたいが、こちらも動くほかないな」
黒松が目を閉じた。
「紅藤が妖狐を縁者だと思い込んだのは、妖狐の妖術のせいだった。天狗はそれ以上の妖力を持ち、妖術を使うと言われている。太王太后の目的がはっきりしない以上、うかつに動くことだけは避けてくれ」
「承知しました。ですが」
沙羅はにやりと笑った。
「突発的な事件が起きた場合には、命を守るために、なりふり構わず行動します。それはお許しいただけますよね?」
「……できるだけ、穏便にな」
「命の方が、大事ですので」
「それはそうだな」
黒鉄隊に帰る前に、黒松は沙羅の手に触れた。それから、腕を伸ばして、そっとその手を包み込み、己の額に当てた。
「何もかも終わらせたら、今度こそ沙羅に妻問いしたい。それまでは、今まで通り接してくれるか?」
「わかりました」
真相が見えてこない中で、何に気を付ければいいのか、何を解決すべきなのかもまだわからない。ただ、太王太后と天狗が直接・間接は分からないながらも繋がって来た。そして、黒藤家の再興も願っている。
「意外と、桔梗様と葵宮家の王子との間に生まれた子を王位にという話が、太王太后様の本心なのかもしれませんね」
「だからと言って、勝手な真似をされては困る。身分や地位を笠に着る気はないが、秩序を壊すのはまた別の話だ」
「そうですね」
沙羅は手を引いた。黒松はその手が逃げていくままにした。
「妖狐と天狗のつながり、そして天狗と太王太后様のつながりは、できるだけ調べておきますね」
「本当に、無理だけはしないでくれ」
黒松が松風に乗って黒鉄隊に帰っていく。
「沙羅さん、私もいますからね」
「早蕨、ありがとう。いつだって頼りにしているわ」
紅葉は今を盛りとばかりに赤く黄色く色づいている。野分の風に吹かれて散ることには、冬が来る。
あと四か月ほどで、一年になる。もし、天狗が沙羅の母方の血に気付いたのならば、父方の血にまで気づくかもしれない。天狗が沙羅を巻き込もうとする意図が見えないが、いつまで沙羅が鬼族であることを隠し続けられるだろうか、ふと不安になる。
黄葉が一枚、沙羅の前を通って、早蕨の頭に落ちた。
あら、と言ってその黄色い葉を手に取った早蕨は、その葉を庭に捨てた。捨てられた葉は、庭の隅に落ちた。何とも言えない気持ちになった沙羅は、その場を後にした。言いようのない不安が、沙羅の胸を埋め尽くしていた。
読んでくださってありがとうございました。
(設定の補足)先王の第一妃が太王太后。先王には王太子がいたが、それを廃したために、孫が王となっています。王太子妃はそのまま後宮に留め置かれたため、王妃にはなれなかったが王太后の扱いを受けています。そのため、太王太后という呼称で呼ばれている、という形になります。
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