天狗4
読みに来てくださってありがとうございます。
天狗サイドの事情です。
よろしくお願いいたします。
天狗という妖怪は、非常に気位が高い。自分だって空を飛ぶことさえ可能だった山の神から天狗に堕ちたというのに、河童が水神が堕ちたのとは事情が違うとうそぶく。
「人間を信じた俺様が愚かだったということよ」
天狗も、一人ではない、秋津島には神が多くまします国だ。山ごとに、主となる山上が一人ずついる。川も同じで、支流の一本一本に神がいる。本流の神が堕ちると、支流の神も堕ちる。だから河童は、一体の大河童が小河童を何人も従えていた。
山の神の場合は、同じ山系であっても川のようには連鎖しない。ただ、それぞれの山で実りが少なくなったり、人間が山の神を大事にしなくなったりすれば、必然的に山の神は力を失い、堕ちる。
国王のために置かれた後宮には、それ以前から住むそれ以前の王たちの妃やお手付きの女性たちが住む一角がある。その中に、一際立派な殿舎がある。太皇太后が住む殿舎だ。
本来は何人かで一つの殿舎に住むのだが、太皇太后は、先王が亡くなってこの一角に移り住まねばならなくなった時、以前から住んでいた妃たちを全員追い出して、自分だけの殿舎としたのだ。
抗議の声をあげるものはいなかった。言えば、何をされるかわからないからだ。
その殿舎から飛び立った天狗は、ねぐらとしている木まで空を飛ぶと、その洞の中でごろりと寝転んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
かつて天狗は、ある子どもと親しくなった。まだ天狗が神だった頃のことだ。子どもを抱えて空を飛べば、子どもは大はしゃぎして喜んだ。神様はすごい、と純粋に尊敬の目で見つめられ、こちらが顔を赤くするほどだった。
だが、子どもは成長と同時に代わっていった。山の神のための禁足地に入ることを許していたが、ある時、その禁足地でしか生えない特別な草を持ち去り、人間界で売りさばいたのだ。
「これがあの、万病に効くという薬草か」
「貴重だよ、だって、山の神のための禁足地でしか採取できない代物だからな」
「禁足地にどうやって入ったんだよ」
「ボクはある山の神と親しくしていて、入る許可はもらってあるんだ」
「なあ、小童。他にも金になりそうなものがあるんじゃないか? お前、そういう草を知らないだろう? おいらが一緒に行けば、そういう草も見分けられるぜ」
「いいな、金儲けできそうだ。金儲けできれば、父ちゃんや母ちゃんや妹たちも生活が楽になる。一緒に行こうぜ!」
薬草売りの男と小童は禁足地に侵入した。小童は入る瞬間、自分以外の人間を入れていいのかと少しだけ迷ったが、金には代えられないと腹を括った。
いくつかの高価な薬草を取った後、薬草売りの男が禁足地の最奥にある、一本の若木に目を止めた。
「これは、『神の命の木』じゃないか?」
「なんだい、それ」
「神が神であり続けるためには、支配地が繁栄すること、人々がその神を正しく祀ること、そして『神の命の木』になる実を食べること、この三つが必要だって言われていてよ。『神の命の木』の実なんぞ初めて見たが、こりゃあいい、お貴族様に高く買っていただこうじゃないか」
「食べたら、どうなる?」
「さあ。人間が食べたことはないだろうから、分からねえ」
もしかしたら人間にとっては毒かもしれないじゃないか、という言葉を小童は飲み込んだ。
「さて、どれどれ」
薬売りが木の実に触れた。つやつやとしたその実は、小童も見たことがないものだった。
「いくつかあるなら、オイラたちも食ってみよう」
一口、薬売りがかじった。
「お、こりゃあうめえ。サクサクして、汁気がたっぷり。こんなもの、神様たちはおいらたち人間に隠して食ってやがるのか。つれねえな」
小童は、差し出されたその実を食べるべきか、迷いに迷った。
「せっかくの機会だ、これを逃したら食べられないかもしれんぞ」
薬売りにそう言われて、小童は一口かじった。
「ほんとだ、うまい……」
なぜ山の神は、これをボクに食べさせてくれなかったのだろう。
小童は、山の神が自分に意地悪をして、あるいはケチで食べさせたくなかったのではないかと思い始めた。
「よし、じゃ全部いただいていこうぜ」
薬売りは実を全てもぎ取ると、小童と共に禁足地を出た。
「いくらの儲けになるだろうな。父ちゃんたちに早く金を渡してやりたいよ」
小童の言葉に、薬売りはにやりと笑った。
「いや、お前に取り分はない」
「え、なんでだよ! ボクがいなかったら、あそこには入れなかったんだよ?」
「場所さえ分かれば、あとはお前なんぞ要らないよ」
小童が気づいた時には、その腹に小刀が刺さっていた。
「どうして……」
「お前が愚かでよかったよ」
地面に倒れ込んだ小童は、その時になって、自分がいいように使われていたことに気付いた。もう、取り返しがつかないと思った。山の奥深くで、人が運よく通りかかりような場所ではない。そもそも今日を選んで禁足地に入ったのは、山の神様が一か月ほど、神様たちの会議の為に出かけ、不在だと知っていたからだ。
「神様、ごめんなさい」
意識を失いながら、小童は山の神に詫びた。そのまま、目覚めることはなかった。
小童に気付いたのは、狗鷲たちだった。山の神の使いだった狗鷲は、血の匂いに引き寄せられてあの小童を見つけたのだ。
主がかわいがっていた人間だと気付いた狗鷲たちは、主に知らせに飛んだもの以外、熊や狼から小童の亡骸を守り続けた。両親が駆け付けたら両親に帰してやろうと話し合った。
山の神が慌てて戻って来た時、小童は息子を探しに来た両親の手で既に葬られた後だった。怒り狂った山の神は、小童を手に掛けた者に罰を与えようとした。
「お待ちください」
夫婦の狗鷲が、山の神に言った。
「あの子どもは、親でもない男を連れて来て禁足地に入り、勝手に薬草を摘み取り、あろうことか『神の命の木』の実を全てもいでいきました」
「あの実を、か?」
「はい。一つをその男とあの子どもで分け合って食べ、残りは貴族に売りさばくとほざいていましたよ」
愚かな、と山の神はつぶやいた。
神の命の木の実は、神の食べ物だ。そんな物を人間が食べれば、不幸を引き寄せる。
山の神は慌てて洛中の様子を探った。果たして、貴族が三人、急病で亡くなったという話を聞いた。また、最近急に羽振りがよくなった薬売りがいたが、その金を狙った強盗に刺され、やはり亡くなっているという。
山の神は、他の神たちから木の実の管理をしっかりしていなかったせいだと責められた。禁足地におくらお気に入りとはいえ、神の花嫁以外の人間を入れなければこんなことにならなかった、管理不足だ、神として失格だと烙印を押された。
他の神々により、山の神は、己のためだけに生えた「神の命の木」を失った。
これがなければ、もう神としては生きられない。
山の神は、天狗に堕ちた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天狗になった山の神は、人間を信じることを止めた。信じあう人々の間に争いの種を撒き、人々を争わせた。殺し合いにまで発展していく様を、天狗はただじっと見つめた。
愚かだ、と思った。
欲にくらんだ人間の愚かしさにより、山の神から天狗に堕とされた。そんな己も愚かだと、天狗は自嘲した。
そんな天狗が新しく見つけた遊び。それが、王室をめぐる争いだった。
読んでくださってありがとうございました。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




