041【カルアside】トリオ市街②
【カルアside@トリオ市街】
新しい武器との相性は驚くほど良く、私たちは順調に式典ホールの見える位置まで近づいていた。
とはいえ、敵との衝突は極力避け、物陰に隠れては奇襲し、殲滅して進む——そんな繰り返しの連続。たどり着く頃には、全員すっかりくたびれていた。
それにやっぱり……いくら相手が死人とはいえ、首を刈るような行為には強い抵抗がある。
討伐するたびに、胸の奥がじわじわと冷え、心が少しずつ削れていくような感覚だった。
今は式典ホールの向かいにある中層ビルの陰に身を潜め、夜の帳に紛れて通りを見下ろしている。
静まり返った路上——だがその地面は、動きを止めた『抜け殻』たちでびっしりと埋め尽くされていた。
「この中を、突破するのは厳しいですね……」
トビーが肩をすくめ、小声でつぶやく。
「奴ら、音に反応しますよね? 別の場所に引き寄せるってのはどうでしょう」
ルクスの提案。悪くはない案だった。
でも、式典ホール以外の建物にも、避難している住民はいる。もし誘導先に誰かがいたら……新たな被害は避けられない。それだけは、絶対に避けたい。
私は通信機をタップし、式典ホール内にいるクラリスとホッジに連絡を取る。
「クラリス! ホッジ! 聞こえる?」
『聞こえます! カルアさん、今どちらですか?』
クラリスの緊張した声が、即座に返ってくる。
「式典ホールの目の前。でも、周囲に奴らが密集してて正面突破は難しい。他に入り口ってある?」
少しの沈黙の後、ホッジの声が通信機越しに返ってくる。
『裏口はあるんですが、バリケードで完全に塞いでいます。ただ……右手側の外壁に非常階段があるの、見えますか?』
右手に視線を向けると、鉄骨剥き出しの無骨な外階段が、ビルの壁沿いに伸びていた。
けれど、その登り口は机や家具が積まれていて一階分ほどの高さを遮っており、しかも周囲には『抜け殻』がびっしりと取り巻いている。
「見えるけど……あのバリケードを撤去するのは時間がかかるわね。奴らを討伐しながらじゃ、厳しそう……」
『そのまま手すりをよじ登るのは……やっぱり無理ですよね。あの数じゃ』
一気に殲滅する? ——いや、今の装備と人数では無謀すぎる。
別の策を考えるしかない。でも、肝心の打開策が浮かばない。
「カルアさん、あれ……!」
ルクスが小声で囁き、通りの先を指差した。
視線の先——そこに、ひときわ目立つ人影があった。
『抜け殻』たちのよろめく動きとはまるで違う、真っ直ぐで堂々とした歩き方。そして、その赤く燃えるような髪は——
「……オリビア?」
そこに現れたのは、王都軍第5部隊隊長——『紅蓮の烈将』オリビアだった。
そういえば……コールが「オリビアが市街地に向かった」と言っていたっけ。
彼女は抜け殻の群れの中を、まるで散歩でもしているかのように悠然と進んでくる。身のこなしに一切の無駄がなく、敵の存在など歯牙にもかけていない。
そして、背に背負った剣を抜き放ち、ひと振り。
瞬間——剣が赤く燃え上がった。空を裂く炎の一閃。轟音と共に放たれた斬撃が、群れをまとめて吹き飛ばす。
夜の静寂を破る轟音と、空に揺らめく残光。
炎に照らされるオリビアの姿は、まるで戦場に舞い降りた紅蓮の女神のようだった。
——でも、どうして彼女がここに? しかも、ひとりで?
疑問はある。けれどそれよりも、今この瞬間に彼女が現れたという事実が、何よりも心強かった。
「オリビア!」
思わず叫ぶと、彼女はちらりとこちらを見て、
「おー、カルア。何してんの?」と、屈託のない笑顔を浮かべる。
その背後から、抜け殻が一体、跳ねるように飛びかかる——が、オリビアは振り向きもせず、剣をひと振り。
炎の尾を引いた斬撃が、敵を音もなく沈める。
「もしかして、こいつらに足止めされてたの? まさかね?」
肩をすくめ、軽口を叩くオリビア。彼女の飄々とした嫌味な言い方には腹が立つけど……助けられた以上、文句は言えない。
「……悪かったわね。でも助かった。ついでに、そこの連中も片付けてくれない? あなたのバカみたいな火力で」
「けっ、それが人にものを頼む態度かい?
ま、いいけど。私の偉大なる炎で、派手にお掃除してやるよ」
オリビアは剣を握り直し、炎を纏わせる。まるで火の精霊が宿ったように、赤い光が刃を包み込んでいく。
私は通信機を操作し、ホッジに連絡を取った。
「ホッジ! 今オリビアが周囲の掃除を始めたわ。片付いたら非常階段から入るから、二階の非常口、開けておいて!」
『了解! こちらからも確認できました。すぐに準備します!』
オリビアの剣が唸りを上げ振り下ろされる。
そのたびに、炎の斬撃が次々と『抜け殻』たちを焼き払っていく。
炎が夜を赤く染め、街路に火の咆哮が轟く。
燃えさかる光の中、敵はなす術もなく倒れていった。
ほんの数分後には、黒く燻る亡骸の山だけが、静かにそこに残されていた。
「さ、行きましょ!」
私はルクスとトビーに声をかけ、ホールの外階段へと向かう。
途中、ルクスが目を輝かせてオリビアを見つめた。
「ありがとうございます。すごく……かっこよかったです!」
「大したこたぁないさ!」
オリビアは胸を張って笑い、ちらりと私を見てフフンと鼻を鳴らす。その得意げな様子に少し釈然としないものを感じつつも、私は何も言わず階段の前に立った。
手すりをよじ登り、二階の非常口から建物内へと潜入する。
中ではホッジがバリケードをどかしながら待っていてくれた。そのまま一緒に階段を下り、正面ロビーへと向かう。
ロビーはテーブルや椅子を積み上げたバリケードで半分ほど封鎖され、正面入り口も厳重に防がれていた。
「今のところ、バリケードで奴らの侵入は防げています」
ホッジが疲れた顔で淡々と報告する。
私は彼の肩にそっと手を置き、「お疲れ様」と静かに声をかける。ホッジは泣き笑いのような笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
ロビー奥の扉を開けると、そこには避難民たちが身を寄せ合う、広いスペースが広がっていた。
本来なら開港祭の式典が開かれるはずだったそのホールには、今は、そんな華やかさの面影すらない。
老人から子どもまで、おそらく三百人近くが息をひそめている。あちこちから、かすかな泣き声や押し殺したささやきが漏れ聞こえてきた。
不安に満ちた無数の視線が、私たちに一斉に注がれる。
そのすがるような目に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「カルアさん! こっちです!」
ホッジが案内してくれた先に、クラリスやケイン大尉たちがいた。
「クラちゃん……!」
クラリスを見つけたルクスは、駆け出してそのまま彼女に飛びついた。
驚きながらも、クラリスはしっかりとルクスを抱きしめ返す。揺れる瞳には、滲むような安堵の色が浮かんでいた。
一方、トビーはホッジと肩を組み、互いに笑い合っている。
ケイン大尉は、少し離れた場所から私たちを見守っていた。
険しかった眉がわずかに緩み、目が合うと、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
私も小さく会釈を返しながら、仲間たちの顔を見回した。
皆の表情には、疲れの影の奥に、確かな安堵の色がにじんでいる。
——とりあえず、無事に合流できたよね。
私は深く息を吐き、一瞬だけ——そう、ほんのちょっとだけ、気を緩めた。
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