040【カルアside】トリオ市街①
【カルアside@トリオ市街】
倉庫街を離れてからどれくらい経つだろう?
あっという間だった気もするし、ひどく長い時間走り続けていた気もする。
今は、駅舎裏の細い路地に身を潜め、壁に背を預けてしゃがみ込んでいる。
隣にはトビーとルクスもいて、息を殺しながら警戒を続けていた。
生ぬるい風に混じって、生臭いにおいが鼻を衝く。
通りを覗けば、周囲には『抜け殻』たちが呻き声を上げ、よろよろと徘徊している。
倉庫から溢れた『抜け殻』たちから逃げ、クラリスとホッジが避難しているホテルの式典ホールへ向かっていたが、市街は『抜け殻』だらけで、思うように進めていない。
耳に嵌めた『おしゃべりさん3号』をタップした。
クラリスとホッジの声が断片的に聞こえてくる。
そして、もう一度タップすれば、コールやラスクの声も混ざって聞えてくる。
——みんな、とりあえず無事そうね。
さらにもう一度タップして回線を遮断。意図的な通信以外は切る。
「カルアさん、俺がエアースラッシュで蹴散らしながら進みましょうか?」
トビーが小声で提案してきた。
「あと何回撃てるの?」
「……たぶん、五回くらいは大丈夫」
ホテルまで辿り着くには、まったく足りない。
十倍あっても不安なくらいだ。
「温存して。いざって時の切り札に」
そうトビーに告げ、腰のベルトに手を伸ばす。
そこには、今朝ホッジから渡された武器が括り付けられていた。
ホッジ曰く「カルアさんにぴったり」だそうだけど、それが加護を考慮してなのか、イメージだけなのかは微妙なところ。
——まあ、やるしかないけどね。
腰のホルダーから、ワイヤーが巻かれたグリップを取り出した。
手のひらサイズのそれには、鈍く光る金属線が巻かれており、どこか禍々しい雰囲気を漂わせている。
グリップの先端には小さな棘があった。
その棘に親指を軽く押し当てると、赤い滴がにじみ出し、細い溝を伝ってワイヤーに吸い込まれていく。
瞬間、ワイヤーがふわりとほどけて空中に伸びた。赤く脈動し、矢じり状の刃が夜の光を反射して光る。
私は鞭のように手首を返し、軽く振った。
それだけでワイヤーは空気を滑り、蛇のようにしなやかにうねった。
風を裂く鋭い音が耳を打つ。
「な、なんですかそれ!」
隣で見ていたルクスが目を見開いて驚きの声を上げる。
「ホッジが作ってくれたの。特殊な『魔力導通性金属』でできてて、血を流すと魔力が宿って操れるの。……まあ、初めて使うから、うまくいくかわかんないけど」
私は軽く笑ってみせたが、その目はワイヤーを見据え真剣そのもの。
——血の加護と組み合わせれば、自由自在ってわけね。
血も一定量流せば、それ以上減らないし……。
——いけるか?
私は立ち上がり、路地の影から一歩踏み出す。
そのまま手にしたグリップを強く握り、目の前で徘徊する『抜け殻』へ、ワイヤーを放った。
赤く光る刃が蛇のようにしなり、瞬く間に『抜け殻』の首元に巻きついた。そして一閃。
鋭い光が残像を残しながら、一瞬にして首を断ち切った。
その赤い光の残像は、戦場にまるで血の軌跡を描いているようだった。
地面をゴロゴロと転がる頭部を確認する間もなく、ワイヤーは血糊を蒸発させつつ自動的にグリップへと戻る。
——うん、悪くない。
私は一歩踏み出し、通りの中央に立つ。
血の匂いに誘われた『抜け殻』たちが、こちらへと集まってくる。
一度、目を閉じて深く息を吸う。
そして目を開き、腰を落として構える。
グリップを軽く振り上げると、赤い刃が夜の闇を切り裂いて走った。
首を視線で捉えると同時にワイヤーを送り出す。接触した瞬間、手首を返して一閃。
首が胴から滑り落ち、音もなく転がった。
次の敵を狙って、また一閃。
光の尾が闇に映え、赤い軌跡を描いて次々と首を落としていく。
私は体をひるがえしながら、ワイヤーの動きに合わせて敵をなぎ払っていった。
……ほんの数秒の出来事だった。
気づけばワイヤーは手元に戻り、周囲にはすでに『抜け殻』の死体が積み上がっていた。
——上出来。
小さく息をつくと、路地からこちらを見ていたトビーが軽く口笛を吹く。
「すげーな、それ。ブラッディ・カルアの名に相応しい武器っすね」
「それ言ったら殴るよって言ったでしょ」
睨みつけると、トビーは肩をすくめて「こえー」と笑った。
——やっぱり、“ぴったり”って、そういう意味ね。
私は手元のグリップを見つめ、ふっと微笑んだ。
でも——気に入った。
私は通りを、数歩前に進んだ。
既に目の前には、抜け殻たちがこちらに向かってくるのが見えた。
グリップを強く握ってワイヤーを振り上げた。
さあ、“ブラッディ・カルア”の独壇場、始めましょ!




