36.ある娼館の経営者4
「何故、国から出て行くんだ」
「宰相家が居なくなれば我々はどうなる?」
「ただでさえ数が減っているというのに」
「宰相は南の国に行くらしいぞ」
「なんでまた?」
「数代前に嫁いでいった令嬢の曾孫が大変らしい」
「はぁ~~~~~~!? ほっとけばいいだろう? そんな遠い親族の事なんて!」
「なんでも、曾孫がその国の王族と婚約していたらしいが、最近になって一方的に婚約を破棄されたらしい」
「なんだそりゃ? その曾孫ってのに問題があったんじゃないのか?」
「いや、それがどうやら違うらしいぞ? なんでも、王族の方が浮気して、その浮気相手と婚姻するために邪魔な婚約者を冤罪で極刑にしようとしたらしい」
「おいおいおい、なんて滅茶苦茶な話なんだ」
「そのせいで曾孫の家が国から独立したそうだ」
「……すげぇ、急展開」
「そもそも国から独立して上手くいくのか?」
「国家経営に失敗しそうだな……」
「そうでもないぞ? 帝国が支援するって話だ」
「なんでまた? 帝国とも繋がりがあったのか?」
「貿易はそこそこしていたようだが、そこまで深い関係ではないようだ」
「なのに支援してやるのか?」
「他人事ではない、っていうのが帝国の見解らしい」
「どう見ても他人事だろう?」
「う~~~~~ん。そこのところは分からんが、帝国も以前、嫁ぎ先の国で皇女が罪人に仕立て上げられた経験があったようだぞ?」
「帝国皇女に対してそんな無謀なことしたのか…ある意味すげぇ国があったもんだな」
「まあ、その国は今はもうないらしい」
「帝国に潰されたか?」
「話には聞かないが…人知れずに、ってやつだろ」
「怖い怖い」
男達は帝国の恐ろしさに震えているが、どこか芝居がかった仕草だ。本気にしていない事は明白だった。
馬鹿な連中だ。
帝国なら間違いなく敵認定した国を滅ぼしてる。
それが直接的にか間接的なのかは別として。
こんな連中しかいないのか?
王国出身の貴族は。
うちで愚痴ってる場合じゃないだろ。
元王国出身者、しかも貴族出が経営しているということもあってか、王国出身者の貴族はうちの娼館を利用する。
娼館としては珍しく、うちの店は一階をバーにしている。
そのせいか、娼婦目当てでない人間も店に来ることが多い。
同族としてのよしみか、それとも落ちぶれた元貴族の現状を笑いに来ているのかは分からんがね。
生憎、下位貴族並の暮らしは出来ているから嘲笑される事はあまりない。
「しかし、これから益々我々は肩身の狭い思いをするのか」
「元宰相家から支援を受けていた家は少なくない」
「支援打ち切りか……王国貴族が減るな」
「ああ……」
まるで通夜だな。
だが仕方ない。
優秀で世渡り上手の元宰相家が国を出て行ったんだ。
特に問題なかった貴族だったというのに。
坊ちゃんたちの読みは当たってる。
王国出身の貴族は減るだろう。
理解しているなら、自分達でなんとかしようと行動すればいい。
こんなところで娼婦相手に愚痴を言っているようじゃ、先は知れてる。
王国出身の貴族が年々減少しているのは、新体制に馴染めなかったって事もあるが、それ以上に、彼らの資質に問題があるんじゃないかと睨んでる。
覚悟、ていうもんが王国出身の貴族と帝国出身の貴族とでは、天と地ほどの違いってもんがあった。
高級娼館に出入りしている事は同じでも、その内容が大きく違う。
王国出身者の貴族は、文字通り、女を買い、一夜の夢を買い、享楽に耽る。
帝国出身の貴族は、女を買うが、その反面、情報も仕入れていく。
数年後には一体どれだけの王国出身の貴族が残っている事やら。
俺は溜息をつきながら、今日も愚痴を零しに来る貴族の相手をする準備に取り掛かった。




