ポータル・休息
僕たちが強化服を解除するのと同時にジーが気を使ってくれたのか、船内に僕たち三人が腰掛けることのできるソフアーが出現した。僕たちはとりあえずという感じでジーの用意してくれたソファーに腰掛けた。僕たちがソファーに腰を下ろすと、僕たちの前にジーのホログラムが現れた。
「みなさん、お疲れ様でした」
ジーは僕たち三人の顔を見回すと、労を犒うように言った。
「わたしの推測よりも、ムークが強度な武器を持っていて、みなさんには苦労をかけてしまいました…」
「……苦労なんてものじゃなったよ」
僕はジーの顔を見ると、軽く唇を尖らせて言った。
「あやうく死にかけそうになった」
「しかし、万が一の危険性があることは、伝えてあったはずです」
「……」
そう言われてしまうと、僕はジーに返す言葉を持たなかった。
「いずれにしても、これでやっとなんとか、中心星……エリンだったかしら?行けるようになったんでしょ?」
田中唯が改まった口調でジーに確認を取った。ジーは田中唯の問いに首肯した。首肯したジーの表情はどことなく嬉しそうだった。
「ええ。火星の中央コンピューターによってポータルが再稼働されました。これによって我々は中心星のかなり近くまで移動できるはずです」
「……ただ気がかりなのは」
ジーの言葉のあとに、近藤が眉根を寄せて心持ち小さな声で言った。僕はジーのホログラムから近藤の顔に視線を向けた。
「さっき、ミユが言っていた、他種族の、オーブとかいったかな?存在のことだな……まさかとは思うが、ポータルから俺たちが出たところを、そのオーブとかいう種族に狙い撃ちにされるなんてことはないよな?」
「……でも、ミユの話だと、オーブとの戦争が行われていたのはもう千年も前の話だよ……いくらなんでも、未だに戦争が続いてるってことはないんじゃないかな?」
僕はどちらかというと強張った笑みを浮かべて、希望的観測を述べた。
「……俺も、そうだとは思うが…」
近藤は軽く目を伏せて考え込んでいる口調で言った。
「ジー。ジーが、その他種族との抗争について何か知っていることってないの?」
田中唯は少し不安そうな面持ちでジーのホログラムを見つめると訊ねた。ジーは田中唯の顔を見返すと、
「残ながら」
と、短く答えた。
「わたしもオーブという他種族との戦争が起こっていたことはさっきあなたがたとミユのやり取りを通してはじめて知ったのです。最初にも説明があったと思いますが、地球に隕石が落下したあと、地球の通信機能は完全にダウンしてしまっていて、わたしには何も情報がない状態なのです」
「……つまり、それは実際に、ポータルを通過して、行ってみないことはなにもわからないということ?」
僕は訊ねた。
「……そういうことになりますね」
ジーは僕の顔を見ると、心もち苦しそうな表情のようなものを顔の全面に浮かべた。
「
「どうする?やっぱり行くはやめにしておく?」
僕は大スズメバチのような怖い顔をした蜂の大群が自分たちに向かって襲いかかってくる場面を想像して恐ろしくなった。僕は田中唯と近藤のふたりの方を向くと、冗談半分に言ってみた。あるいはもしかしたら、近藤がそうだなと同意してくれないだろうかと期待しながら。
「やめにできるものならそうしたいところだが、でも、結局のところ、行かないことにはどうしようもないだろう?ここにいたところで、自分たちがいた世界に戻ることはできないんだからな」
近藤は半ば呆れたような口調で僕の意見を却下した。
「…そうですね」
田中唯はどこか思い詰めた表情で頷いた。それからいくらか俯けるようにしていた顔を上げると、
「きっとなんとかりますよ」
と、半ば自分に言い聞かせるように続けて言った。
ジーはその田中唯の言葉が僕たちの最終意思決定だと判断したようで軽く頷いた。と、思った瞬間、ほんの僅かに自分の身体が上方に向かって引っ張られるような感覚を覚えた。何が起こったのだろうと思ってジーの顔を見ると、ジーはそんな僕の思惑を察したように、宇宙船の壁面の一部をディスプレイに変えて外の様子を見せてくれた。
壁一面には宇宙空間から見た、地球のように青く輝く火星が映し出されていた。恐らく、さっきの身体が上方に持ち上げられるような感覚は、我々を乗せた宇宙船が、火星内から宇宙空間へと移動した際のものだったのだろう。よく見てみると、火星からやや離れたところに、火星のやや斜め上の箇所あたりに、金色のリングのようなものが浮かんでいるのが見えた。
あれはなんだろうと思っていると、またしてもジーが僕の思考を先取りしたように、そのリングのようなものをズームしてディスプレイに映し出してくれた。それは巨大な指輪のような形で、金色のリングの内側部分にはそれが機械であることを示すように、電極やケーブルといった内部構造物のようなものが確認できた。
「あれが、ジーが言っていたポータルというものなのか?」
と、僕が訊ねるよりも先に近藤が口を開いて確認を取った。
「そうです」
と、ジーは簡潔に答えた。
「あのポータルは亜空間への侵入口になっていて、その出口はアルデバラン星域に繋がっているはずです」
「その亜空間に入れば、俺たちは一瞬で、そのアルデバラン星域まで移動できるのか?」
「残念ながら。そんなに簡単に移動することはできません」
ジーは申し訳なさそうな声で答えた。
「ポータルを使っても、アルデバランまではかなりの距離があり、一日か、あるいは二日近くかかるかと思われます」
「…ふむ」
近藤にとってそのジーの解答は期待はずれだったようで、眉根を寄せると難しい表情を浮かべた。
「しかし、ポータルを使わなければ、十年近い歳月を要する距離なのです。それがわずか一日から二日で移動できることを思えば、ポータルがもたらす効果がいかに絶大なものであるかはお分かり頂けるでしょう」
「…まあ、そうだな」
近藤はあまりジーの発言に納得はしていない様子で頷いた。僕としてはこの際、一日や二日の移動時間は気にならなかった。到着までに十年近くかかるとか言わると、それはさすがに困ってしまうことになるのだけれど。
「とにかく、移動しないことには何もはじまらないですからね」
田中唯が総括するように言った。
「そういうことですね」
ジーは田中唯の顔を見ると、いくらか困ったような微笑みを(それを彷彿とさせるもの)顔の表面に浮かべて言った。
その後、我々を乗せた宇宙船はポータルまで移動した。我々の宇宙船がポータルに近づくと、金色のリングの輪の部分が青白い輝きを放った。そして僕たちがその輝きに目を奪われていると、僕たちの乗せた宇宙船はその青白い輝きのなかに吸い込まれていった。その瞬間、宇宙船がどこかに向かって下降していくような感覚が身体に伝わってきた。ディスプレイを見てみると、そこには淡いブルーと淡いグリーンの光が混じり合ったよう空間が広がっていた。
「宇宙船は今亜空間移動に移りました」
僕が訊ねるよりも先にジーが説明して言った。
「つまり今、宇宙船はワープ中ということ?」
僕はジーを見ると、一応確認してみた。
「簡単に言ってしまうと、そういうことですね」
ジーは僕の顔を見ると答えて言った。そう答えたとき、実際とは少し違うのだけれどといったような微笑がジーの顔の表面に広がったように思えた。
「アルデバラン星域に到着するのに、これからしばらく時間がかりますので、それまでのあいだは宇宙船内でお寛ぎ頂ければと思います」
ジーがそう言うのと同時に、前回のときと同じように宇宙船の壁や床が波打ち出し、やがてそれはホテルの一室のような空間を象った。三つのベッドと浴室。そして談笑することができるソファーとテーブル。
「そうさせて頂くわ。ありがとう。ジー」
田中唯はジーのホログラムを見ると、にっこりと微笑んで言った。
「いえいえ。また何かあったらお申し付けください。食事等も様子させて頂きす」
「悪いね」
僕もジーの顔を見ると、微笑して言った。ジーは僕の言葉に僅かに首を振った。そのあと「どうぞごっゆくり」と、言った後、ジーのホログラムは我々の前から姿を消した。




