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辿り着いたその先に待ち受けていたもの

 そのあと、僕たちはまた順番にシャワーだけの風呂に入った。ムークとの戦いでかなり汗を掻いていたし、気分転換のためにも風呂に入りたい気分だった。そして風呂から上がると、僕たちはソファーに腰掛けてくつろいだ。僕たちがくつろいでいると、再びジーのホログムが現れて何か必要なものはないかと訊ねてきた。僕たちはそれぞれ飲み物を注文した。ジーは僕たちの望のものをそれぞれ用意してくれた。ちなみに、僕はコーヒー牛乳で、田中唯はコーラ。近藤はビールといった具合だった。ジーはまた必要なものがあったらお声かけくださいと言って姿を消した。


「昆虫人の首都星か…」

 僕はジーに用意してもらったコーヒー牛乳を一口飲むと、独り言を言うように言った。

「首都星がどうかしたんですか?」

 僕の向かい側に腰掛けている田中唯が僕の顔を見ると不思議そうに訊ねてきた。

「……いや、また火星のときにみたいに、何か色々あったら嫌だなぁと思ってさ」

 僕は田中唯の顔を見ると、微苦笑して答えた。

「たとえばまたムークみたいなやつがいたりとかしてと思って…」


「……そうですね」

 田中唯は僕の発言に、軽く顔を伏せると、表情を曇らせて言った。

「…またあんなことになったら、今度こそ命を落とす危険がありますもんね」

 田中唯はそう言ってから、伏せていた顔をあげて再び僕の顔を見ると、

「ほんとに、すみません……わたしのせいで、ふたりを巻き込んでしまって…」

 田中唯は苦しそうな表情で言った。


 僕は慌てて首を振ると、

「いや、べつに田中さんを責めてるわけじゃないよ。ただ不安だなぁって思っただけのことだから。田中さんは何も悪くないし」

「…すみません」

 田中唯はまた小さな声で謝った。


「……もし、危険があるとすれば、それは火星でミユが話していたオーブだろうな」

 それまで黙っていた近藤が問題提起するように言った。僕は近藤の顔に注意を向けた。

「ミユの話では昆虫人同士の戦争が行われていたのは、今から千年程前という話だったが、もし仮にその戦争がまだ続いていたとしたら?……あるいは戦争そのものは終わっていたとしても、ポータルの出口領域が、そのオーブとかいう種族の支配領域になっていたらどうなるだろう?」

 僕は近藤の話を聞いて恐ろしくなった。僕は大スズメバチの何かを激しく憎んでいるような感じのする顔を思い浮かべた。


「……やっぱりやめときますか?」

 田中唯が近藤の言葉に、どこか遠慮がちな口調で言った。

「ジーにこれから地球に戻ってもらって、近藤さんと原田さんのふたりを下ろしてもらいます。そしてわたしひとりだけで中心星に向かいます。おふたりをこれ以上危険な目に遇わせるわけにはいきませんから」


「いや、田中さんだけに危険をおかさせるわけにはいかないさ。さっき原田も言っていたが、べつに田中さんは何も悪くない。俺たちに気を使う必要はないよ。ただ、俺が気にしているのは、もし出口付近でオーブの攻撃があった場合どうしたら良いだろうということなんだ」


「……そうですね」

 田中唯は考えて込んでいる表情で頷いた。

「でも、今ここであれこれ心配しても仕方がないよ。今のところ僕たちに出来ることは何もないわけだから。それよりも今は休めるうちに休んでおこう」

 僕はいくらか気詰まりになってしまっている雰囲気を変えようとして明るい口調を装って言った。

「……そうだな」

 と、近藤は僕の言葉に同意したものの、まだ出入り口付近にいるかもしれないオーブのことが気になっているのか、その表情は晴れなかった。



 僕は嫌な夢を見て目を覚ました。それは僕がムークに首を切り落とされそうになる夢だった。はっとして閉じていた瞳を開くと、そこはまだ宙船のなかだった。ベッドの上に横になっているうちにいつの間にか眠ってしまったようだった。隣にあるベッドでは近藤が口を開けて気持ち良さそうに眠っていた。僕はさらに隣にあるベッドを見てみたけれど、そこに田中唯の姿はなかった。田中唯はどこにいったのだろう?僕は思った。お手洗いだろうか?周囲を見回してみると、田中唯は宇宙船の奥の、ちょうど壁面がディスプレイに変わっている場所に立って、そこから宇宙船の外に見える空間を眺めている様子だった。僕はベッドから起き出すと、田中唯が立っているところまで歩いて行った。


「眠れないの?」

 僕は壁に手をつくようにしてじっと宇宙船の外に広がる亜空間を眺めている田中唯の背中に向かって声をかけた。田中唯は僕の方を振り返ると、それからまた顔をまたディスプレイの方に戻しながら、

「……ええ」

 と、浮かない表情で頷いた。


「田中さんもやっぱりオーブのことが気になる?」

 田中唯は僕の問いかけにまた僕の方を振り向いて、僕の顔を一瞥すると、

「それもありますけど……」

 迷うように答えた。


「……でも、やっぱり一番気になるのは、兄のことですね」

 と、田中唯は少し間をあけてから気落ちしているような声で続けた。

 僕は田中唯の横顔を見つめると、軽く頷いた。

「それは当然気になるよね」

 と、僕はなんの気休めもならないことを言った。田中唯のお兄さんは今、過去の、五十万年前の世界に取り残されたままなのだ。


「……なんとか、無事でいてくれているといいんですけど」

 田中唯は苦しそうな表情で言った。僕は田中唯の言葉に耳を傾けながら、僕たちに銃を向けていた五十万年前の世界からの追跡者の顔を思い浮かべた。あの、遠藤とか名乗っていた女性の、あざけるような笑顔。


「……わからないけど、たぶん大丈夫だよ」

 僕は田中唯の顔に視線を向けると、なんとか彼女を励ましてあげたくて言った。

「田中さんのお兄さんはそんなに簡単に殺られてしまうほどやわじゃないと思うし……それに上手くいれば、これら訪れる昆虫人の首都星で、何か良い方法が見つかるかもしれない……たとえば、その五十万年前の世界で、暴動?反乱?が起こった直後の世界にタイムスリップできる方法が見つかったりとか……」


「……ありがとうございます」

 田中唯は僕の顔を見ると、目元で淡く微笑んで頷いた。

「……そうですね…きっと何か方法は見つかりますよね」

 と、田中唯は再びディスプレイの方向に眼差しを向けながら、半ば自分に言い聞かせるように言った。




「原田さん」

 身体が揺さぶれる感覚と、田中唯が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。まだ半分眠りのなかに片足を突っ込んだままの状態で恐る恐る目を開いてみると、そこには田中唯の顔があった。僕はどうやらまたあのあとベッドで眠り込んでしまったみたいだった。


「どうかしたの?」

 僕は身体を起こすと、眠い目を擦りながら、寝ぼけたような声で確認を取ってみた。

「たった今、宇宙船はポータルを抜けたみたいです。つまり、アルデバラン星域に入ったみたいです。さっきジーから説明がありました」


「ほんとうに!?」

 僕は軽く驚いて言った。奥の空間を見てみると、そこには近藤がソファーに腰掛けて僕の方を見ていた。ジーに用意してもらったのか、近藤は優雅にコーヒーを飲んでいるみたいだった。コーヒーの良い香りが漂ってきた。僕はベッドから起き出すと、歩いていって、近藤の隣のソファー席に腰を下ろした。


「ポータルを抜けたって?」

 僕が誰もいない空間に向かって問いかけると、それまで何もなかった空間にジーのホログラムが現れた。

「ええ。たった今、この船はポータルを抜けて、通常空間に出ました」

 ジーは僕の顔を見ると、答えて言った。それから、ジーは、

「原田さんも朝食にしますか?」

 と、気をつかったように訊ねてきた。ふとテーブルの上を見てみると、そこにはトーストとサラダとゆで卵があった。近藤と田中唯のふたりはさきに起き出していて、朝食を取っていたらしかった。


「ありがとう。ジー。僕もお願いするよ」

 僕はジーの顔を見ると言った。

「承知しました」

 と、ジーが答えるのと同時に、テーブルの上に、僕の分の朝食が用意された。トーストと卵とサラダとコーヒー。毎回思うことなのだけれど、なんて便利なシステムなんだろう。僕はテーブルの上のコーヒーを手に取ると、一口啜った。コーヒーの良い香りが鼻孔を心地よく抜けて行った。


「ポータルを抜けたってことは、つまり、そこでオーブが待ち構えていたりするようなことはなかったんだ?」

 僕はとなりに腰掛けている近藤の顔を見ると、訊ねてみた。田中唯も歩いてきて、僕の正面の席に腰掛けた。


「……ああ。今のところ。敵の襲撃はないみたいだ」

 近藤は頷いてから、トーストを口に運んだ。


「でも」

 と、田中唯が僕の正面の席から問題提起するように言った。僕は田中唯の方に注意を向けた。田中唯の意図を察したかのように、ジーが、それまで何もなかった空間にディスプレイを作りだし、そこに何かの映像を表示させた。見て見ると、それは広大な宇宙空間に幾千と連なる宇宙船、宇宙艦隊らしきものだった。宇宙船の機体は黒色で滑らかな流線型をしており、そのなかには惑星程の大きさがあるんじゃないかと思われるような巨大な宇宙船もあった。


「これは何?」

 僕は驚いて口含んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながら、誰に向かってということもなく訊ねてみた。


「少なくとも、はっきりしているのは、これらの船が、われわれ昆虫人の船ではないということです」

 と、ジーが僕の問いに答えて言った。

「今、映像に映し出されている、宇宙船のデザインは、昆虫人のそれとは大きく違っています」


「……ということは、もしかして、オーブ?」

 僕は慄然として訊ねてみた。


「恐らく」

 ジーは僕の顔を見ると、簡潔に答えた。僕はジーの発言にじゃあ大変じゃないかと口を開こうとした。でも、その言葉を遮るようにして田中唯が先に口を開いた。


「でも、ジーの報告によると、これらの宇宙船にはまるで動きがないみたいなんです。まるで遺棄されて放置されているように映るみたいで…」

 田中唯は僕の顔を見ると、困惑しているような面持ちで言った。


「ジーも、これらの宇宙船の内部がどうなっているか、レーダー等を駆使して調べようとしてくれたらしんいだが、今、映っている宇宙船はそういったレーダー類の一切を遮蔽するシステムが使われているようで、全く内部の様子が外からはわからないらしいんだ」

 と、続けて近藤が説明して言った。


「……なるほど」

 僕は軽く眉根を寄せて頷いた。

「見ている限り、突然、活動を停止しまったように見えるね。……まるで時が止まってしまっているみたいな」

 僕は映像のなかの、岩石などの漂流物のように、宇宙空間を漂っている無数の宇宙船を見つめながらそう感想を述べた。


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