船内へ・強化服の解除
「……もう千年ものあいだ、中心星から、あるいは、他の昆虫人からの連絡はないの?あるいは直接、この火星を訪れている昆虫人たちは?」
田中唯が続けてそう訊ねると、ミユは苦しそうに顔を俯けた。
「……残念ながら、千年近い歳月のあいだ、中心星からのコンタクトはありません。また、この星から旅立っていった昆虫人が再びこの星に戻ってくることもありませんでした。……あるいは最悪の場合、昆虫人という種族はオーブによって滅ばされてしまったのかもしれません……」
「……そんな」
僕は呟いた。もし、ミユの言っている通り、昆虫人が滅びてしまっているとしたら、僕たちの当初の目的は果たせないということになってしまう。昆虫人からタイムマシンの代用機となるものを手に入れて、再びもとの地球へ帰るという目的。
「でも、ミユは直接、昆虫人の滅亡を確認したわけではないんだろう?」
それまで沈黙を守っていた近藤がディスプレイに映し出されているミユの映像を見ながらどこか挑むような口調で言った。
「……ええ。確認はしていません。ですが、あれから一度も中心星から通信がないところをみると、先ほど私が述べた可能性はかなり高いと思われます」
近藤はミユが述べたことに対して少しのあいだ何か考えるように黙っていたけれど、
「……だとしても、俺たちは一度、昆虫人の首都星へ行きたいんだ。俺たちが自分たちのもともといた世界へ帰るためには、どうしても、昆虫人たちの協力が必要なんだ」
ミユは近藤の言ったことを吟味するように少しの間黙っていた。そしてそれから、
「ジーからあなたがたの情報は得ています」
ミユは少し経ってから口を開くと言った。
「あなたがたが、昆虫人の母星である地球……それも、少し特殊な形で母星を訪れていたことは……そして敵対する同種族によって、地球を訪れる際に使用していた乗り物を破壊さてしまったことも……」
近藤はその通りだというように首肯すると、
「だから、ミユには、再び、ポータルが使えるようにしてもらいたいんだ。ポータルが使えないことには、昆虫人の首都星に行くことはできないらしい。オーブがこの太陽系に侵入してくるのを恐れているのはわかっているが、でも、一時的でいいんだ」
「……わかりました」
ミユは少し逡巡するように間をあけたあと、肯いた。
「これからこれまで閉ざしていたポータルを再稼働させることにします。恐らく、ポータルを再稼働させても、オーブが太陽系内に侵攻してくる可能性は少ないでしょうから。また仮に侵攻してきたとしても、昆虫人自体がもし滅びてしまっているとしたら、この太陽系内を維持していたとしてもあまり意味があるとはいえなでしょうから」
「……俺は案外、昆虫人はその、オーブという種族を撃退することに成功していると思う……中心星から未だにコンタクトがないのは、他になんらかの理由があるからなんじゃないかと思う」
近藤は少し優しい口調で言った。
「……ありがとうございます。わたしもそうであって欲しいと思います」
天井のスクリーンに映し出されているミユの顔に微笑みのようなものが浮かんだような気がした。と、その直後、周囲の六角形の黒い物質がまた再び激しく明滅を繰り返しはじめた。恐らく、ミユがポータルを再稼働させる準備に入ったのだろうと思われた。……これでやっとなんとか、昆虫人の中心星に行くことができるのだと、と、僕はほっとした。
でも、その瞬間、背後の空間から雄叫びのようなものが複数聞こえてきた。なんだろうと驚いて振り返ってみると、なんとそこには、ついさきほど激闘の末にやっと倒すことのできた、強化服を身に纏ったムークが複数立っていた。扉の一番前に立っていたムークの一匹が、僕たちのことを見つけたぞというように手で指さして仲間の方を振り返って何か叫んでいるのが見えた。
……そんな、まさか、と、僕は絶望的な気分になりながら、急に出現したムークの方に向き直った。田中唯と近藤も動揺が隠せない様子でムークの方に向き直った。
強化服を身に纏ったムークは全部で六匹いた。中央にいたムークのひとりがこちらに向かってヘッドビームを発射してきた。僕たちは慌てて跳躍してその攻撃を回避した。ビームが着弾して、激しい爆炎があった。
地面に着地すると、まだ左足の傷は全快していないようで微かに痛みが走った。
と、僕がその左足の痛みに気を取られていると、マスク内に「原田さん!」と、田中唯の半ば悲鳴に近い呼び声が聞こえた。見てみると、いつ間に移動していたのか、目前にムークが立っていた。
ムークの右腕は剣の形に変形していて、それが僕の首のあたり向かって振り下ろされるのが見えた。僕はその攻撃をすんでのところで頭を低くして交わすと、バク転して後方に移動した。そして続け様にムークに向かってヘッドビームを発射した。
ムークはその僕の発射したヘッドビームを軽く身体を右に傾けて軽々と交わすと、僕の方に向かって突進してきた。ムークの両腕は槍の形に変形していた。僕にとってそのムークの攻撃は予想外だったのと、動きが早い過ぎて対応するのが遅くなってしまった。
今度こそ串刺しにされると僕が青ざめた瞬間、僕は自分の身体がどこかに向かって落下していくような感覚を覚えた。
そして気が付くと、僕は不思議なことに、今となってはどこか懐かしい感じすらする、ジーの居る宇宙船内にいた。わけがわからなくて周囲を見回してみると、そこには近藤と田中唯の姿もあった。一体何がどうなったのだろうと僕が戸惑っていると、
「ご安心ください。今、みなさんを宇宙船内にテレポートさせました。ミユによって制限が解除されたので、都市内でも自由にテレポートによる移動が可能になったのです」
と、マスク内にジーの音声が響いた。
「……そういうことだったのか」
僕は呟いた。とにもかくにも助かって良かったと僕は思った。もしあの瞬間にジーが僕を船内にテレポートさせてくれていなければ、確実に今僕の命はなかっただろうと思った。
「……今のはほんとうに危なかったな」
近藤が疲労困憊している声で言った。
「……ほんとに」
田中唯も疲れ切った声で小さく同意した。
「みなさん、もう強化服を解除しても大丈夫ですよ」
と、ジーが優しい声で言った。僕はジーに言われて胸部にある赤いスイッチのようなボタンを押した。すると、一瞬にして強化服は僕の身体から液体金属となって剥がれていき、やがてもとの球状の銀色の物体に戻った。僕に続いて田中唯と近藤も強化服を解除した。僕は久しぶりに強化服を身に纏っていないふたりの姿を見たように思った。強化服がなくなったことで急に視界が開けたような気がした。




