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ミユ・昆虫人の行くへ

 僕たちはしばらくのあいだそのままその場に立ち尽くしていた。強敵をやっとのことで倒したことで、一時的な放心状態に陥っていた。あたりは奇妙なほどしんと静まり返っていて、また新たにムークが襲いかかってくるというようなことはなかった。強化服を身につけたムークが倒されたことで、今度こそほんとうにムークは戦意を喪失したのかもしれなかった。というより、そうであって欲しいと僕は思った。これ以上、連続してムークと戦闘を続けることに、僕たちは耐えられそうになかった。なにより、精神的な緊張感はもう既にピークを通り越していて、次に戦うときは、その精神力の限界から、誰かがほんとうに命を落とすことに成り兼ねないと僕は感じた。


「原田さん、足は大丈夫ですか?」

 長い沈黙のあとで、田中唯は僕の方を振り向くと問いかけてきた。僕はさっきムークの攻撃を受けてダメージを受けた左足に注意を受けてみた。試しに少し左足を動かしてみると、不思議なことに、ほとんど痛みは感じなくなっていた。


「……うん、なんでかな?……かなり治ってきてるみたいだ」

 僕は驚いて言った。


「強化服が、原田さんの新陳代謝を高めていますので、もう間もなく、傷は全快すると思います」

 ジーが説明するように言った。


「なるほど。強化服のおかげなのか」

 ほんとうに強化服というのは優れた性能を持ったスーツなのだな、と、僕は改めて昆虫人の技術力の高さに畏敬の念を覚えた。


「さっきの銀色のデカいやつを倒したことで、やっとムークも諦めたようだな」

 近藤が周囲の様子を見回しながら言った。


「これでやっと当初の目的が果たせそうですね」

 田中唯は近藤の方に顔を向け言った。近藤は無言で頷いた。


 僕たち三人はゆっくりと、ムークが築いたと思われる、緑色の城へと向かって歩いて行った。


 先程のムークが破壊した城門を越えて、慎重に城内に入っていく。もしかしたら城内に入るのと同時に敵襲があるかもしれないと思って身構えていたのだけれど、でも、幸いなことに、そのようなことは起こらなかった。ムークはどこかに逃げ出してしまったのか、建物のなかにムークの姿はなかった。


 城内には広大な回廊のような空間が広がっていた。巨大な石柱がいくつもの立ち並び、空間は奥へ奥へとどこまでも続いているように見えた。天井はアーチを描いた丸みを帯びたものになっていて、それはムークの身体の大きさに合わせて作られているので、異様なほど高く感じられた。広い空間には等間隔に、ムークが信仰している神なのか、槍や、剣を手にした、恐竜の頭を持ち、二本足で立つ像が配置されていた。僕たちはそういった広大な空間を無言で歩き続けた。ディスプレイには真っ直ぐに進むように表示が出ていた。


 そして歩き続けること三十分程が経過した頃に、出しにぬけに、巨大な門が僕たちの前に姿を現した。更に、その門の前には、巨大な、昆虫人を象ったと思われる像があった。それは高さ二十メートル程はある像だった。


「……これを見る限り、ムークにとって、昆虫人は、神のような存在だったんでしょうね……もしかしたら、最高神のようなものかも」

 田中唯は門の前に立ちはだかる、巨大な昆虫人の像を見上げながら、呟くような声で言った。


 僕は田中唯の声につられるようして、目の前にそびえる像を見上げてみた。金色に塗装された、二本足で立つ、蜂の像は、その大きさのせいもあってか、威光のようなもの纏って見えた。人間である僕でさえも、その像を見ていると、昆虫人を崇拝しなくては思わされるような迫力があった。


「遥か遠くの昔に、この星を去った、偉大な神というわけか」

 近藤はそびえ立つ、蜂の像を見据えながら、ひとりごちるように言った。


「昆虫人の中央処理施設はこの門の後ろにあるようです」

 唐突に、マスク内にジーの音声が響いた。僕はジーの言葉を受けて、改めて蜂の像の背後にある巨大な黒い扉に意識を向けた。ジーの言葉通りだとすると、この扉をあけたところに、かつての昆虫人の中央コンピューター施設のようなものはあるのだろうか。


 僕たち三人はそそり立つ昆虫人の像の足の間をぬけて、門の前に出た。試しに手で押してみたけれど、扉には鍵かけられているようで開かなかった。そもそも、扉のサイズがムークに合わせて作られているので、仮に鍵がかかっていなかったとしても、人間の力では簡単に開けられるとは思えなかった。どうしたものだろうと僕が扉を見据えたまま戸惑っていると、僕の真横で、近藤がヘッドビームの出力を器用に押さえながら、扉に人間ひとりが通れるほどの穴を作り出した。


「近藤は頭がいいな」

 僕は真横にいる近藤の顔を見ると、感心して言った。どうしてそんな簡単なことに気がつかなかったのだろう、と、僕は我ながら自分の思考力の低さが嘆かわしくなった。近藤は僕の感想には特に意見は述べず、無言で、さきほど開けたばかりの穴のなかへと入っていった。田中唯もそのあと続き、僕も慌てて彼女の背中を追いかけてなかにはいった。


 なかに入った空間は真っ暗だった。しかし、すぐに強化服が視覚を調整してくれたのか、なかの空間を目視することができるようになった。周囲の空間は薄黄色で、扉を抜けたさきの空間が、さきほど僕たちがいた空間以上に巨大な広がりをもっていることがわかった。東京二十三区がすっぽりとそのなかに収まってしまいそうなほどの広大な空間だった。


 天井も高く、丸みを帯びていて、たとえばそれはプラネタリューム等を上映する際に使われる、空の形を模したものを彷彿とさせた。そしてその広大な空間のほとんど全てを占拠しているのが、黒い、金属質の物体の塊だった。物体のひとつひとつは六角形になっていて、それがいくつも連なり合ってできていた。更にその物質はまるで生きているかのように、ある部分が赤く光ったかと思うと消え、また他の場所に光が灯るというようなことをくり返していた。


「……これはなんだろう」

 僕は明滅をくり返す黒い、六角形の巨大な物体を見つめながら呟いた。近藤と田中唯も、初めて目にする、あまりにも巨大な黒い塊に圧倒されるように黙っていた。と、そのとき、ブウンという空気が振動するような駆動音が聞こえてきた。六角形の物体に灯る光の数と回数が圧倒的に多くなり、その現象に僕たちが注意を奪われていると、


「あなた方は何者ですか?」

 と、突然、頭上から女性の声が降ってきた。声が聞こえてきた方向に目を向けてみると、それまで天井だった箇所がディスプレイに変わっていて、そのディスプレイには巨大な昆虫人の顔が映し出されていた。それは恐らく、ジーの言っていた中央コンピューターが作り出している、人工知能のイメージ映像だと思われた。


「あなた方は昆虫人ではないようですね?見たところ、昆虫人の強化服を身につけてはいるようですが……」

 頭上から降って来る女性の声は警戒感を帯びたものになっていた。もしかすると、彼女は僕たちのことを、この施設を破壊しにきた危険な種族だと誤解しているのかもしれなかった。


「確かに、わたしたちは昆虫人ではありません。この強化服はジーから借りているものです。ですが、わたしたちは危険なものではありません」

 田中唯が頭上のディスプレイを見つめながら、弁明するように言った。ディスプレイの昆虫人は考えるように黙っていた。


 僕も田中唯に続いて、昆虫人の人口知能に対して状況を説明しようと思った。僕たちが敵対的な種族ではないこと。ポータルを再び使えるようにしてもらてここまで危険をおかしてやってきたと。でも、僕が口を開く前に、


「あなたがたの情報を今、中央のコンピューターに転送しました」

 と、ジーの声が聞こえてきた。そしてジーの声が聞こえなくなるのとほぼ同時に、何かの情報を処理しているのか、黒い六角形の物質が激しく明滅をくり返した。


「……今、データの転送を受けました。わたしはあなたがたのことを理解しました」

 中央のコンピューター施設は簡潔に述べた。


「わたしの名前はミユ。この星から昆虫人が姿を消してから約1000年程、わたしは休眠状態にありました。必要最低限のシステム維持をしながら。そしてあなたがたが、わたしを眠りから目覚めさせたのです」


「このミユというコンピューターと、俺たちが着ている強化服に内蔵されているコンピューターは何か密接な連動性があるのかもしれないな……」

 近藤が僕の隣で呟くような声で言った。僕は近藤の言葉に耳を傾けながら、だから僕たちがこの空間に入った瞬間に、この黒い六角形の固まりは急に激しく明滅を繰り返すようになったのか、と、謎が解けたように思った。


「この星に住んでいた昆虫人はどこに行ったんですか?」

 田中唯は天井に表示されているミユという名前のコンピューターに向かって問いかけた。僕もこの星に住んでいた昆虫人が一体どこへ行ってしまったのか、気になっていたので、注意を天井に向けた。


「昆虫人の中心星のある、アルデバラン星域で、異星文明と歓迎されない接触があったようです。そのために、この星に住んでいた昆虫人の大半が、中心星へと向けて旅だっていきました」

 ミユという人工知能は哀しげに目を伏せて告げた。


「それはつまり、星間戦争ということ?」

 僕は天井のディスプレイを見つめながら確認してみた。昆虫人の姿をした人口知能はそれまで閉じていた瞼を開いて僕を見ると、首肯した。


「昆虫人の中心星である、エリンから届いた最後の情報に寄れば、支配領域を巡って、他種族と意見の相違があったようです。最初は小規模な小競り合いだったものが、やがて大きな争いに発展していった模様です」


「辺境にある、一地域に過ぎなかっただろう、火星から人員を動員しなければならなかったということは、昆虫人も、その敵対している種族にかなり追いつめられていたのかもしれないな……」

 近藤が考え込んでいる口調で感想を述べた。


「最後に届いた情報によると、首都星、エリンの一歩手前まで、他種族オーブは迫ってきた模様です……その後、首都星から通信は全くなく、あるいは首都星はオーブによる進行によって壊滅してしまったのかもしれません。よって、わたしはオーブがこの領域にまで侵攻してくるのを防ぐために、一時的に転移装置を閉じることにしました」


「……そのオーブって?どんな種族なの?」

 田中唯が恐る恐るといった口調で訊ねた。


「同じ蜂から進化した種族です。ただし、オーブは我々よりも体格が大きく、攻撃性が高い種族です。女王を中心とした拡張思考のある種族と言えるでしょう」


 僕はミユの言葉に耳を傾けながら、大スズメバチのような異星人を想像した。


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