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重力制御装置

 周囲には熱帯性の植物を思わせる緑色の樹木が生い茂っていた。生息している植物の種類から推測すると、周囲の大気は湿度が高く、気温も高いことが予想されたけれど、強化服を身につけているせいか、蒸し暑さのようなものは全く感じなかった。さっきまで宇宙船内で過ごしていたときと同じように、快適な温度が保たれていた。特に暑くもないし、寒くもない。



 前方に目を向けてみると、我々の立っている箇所からいくらか離れた箇所に、昆虫人の建造した、巨大な建物がそびえ立っているのが見えた。ジーの言っていた人工知能がある場所は、今見えている建物の更に奥にあるということになるので、我々は今現在の位置から五十キロ近く移動しなければならないということになりそうだった。


 ここから五十キロも歩いて移動するのか、と、僕は内心げんなりするように思った。五十キロという距離は、ただ歩いて移動するだけでも相当キツいのに、それが密林のような、道のない場所を進んで行くとなると、その労力は想像を絶するように思われた。


 すると、僕の思考を読み取ったように、「みなさんはべつに歩いて移動する必要はありません」と、ジーの声が聞こえて来た。恐らく僕たちの頭部を覆っているマスク状のものには通信装置のようなものが内蔵されていて、それを通してジーと直接やりとりをすることができるのだろうと思った。


「みなさんが今装着している強化服には重力制御装置がついています。といっても、簡易装置のようなものなので、ある程度の高度までしか浮上することはできませんが、しかし、今みなさんの目の前に広がっている熱帯性の植物の上を飛行して、ルピの建物群があるあたりまで問題なく近づくことができるかと思います」

 ジーは僕たちが黙っていると続けて説明した。


「どうやってそれを使用すればいいんだ?」

 と、近藤の声が聞こえた。通常であれば僕たちはヘルメットを冠っているのと同じ状態なので、もっと近藤の声はくぐもって聞こえるはずなのだけれど、でも、実際にはそういった遮蔽物など何もないかのように近藤の声は明瞭に聞こえた。恐らく、ジーとやり取りをするときと原理は同じなのだろうと僕は推測した。僕の頭部をすっぽりと覆っている、この仮面ライダーのような液体金属の内部には通信装置がついていて、お互いにコンタクトを取り合うことができるようになっているのだと考えられた。


「特に使用方法のようなものはありません」

 と、ジーは近藤の問いに答えて言った。

「ただ、空に浮かびあがるところをイメージすれば良いのです。すると、液体金属に内蔵されているコンピューターがみなさんの思考を感知し、みなさんの身体を重力装置を使って空中に浮かびあがらせてくれます。進むときも、地上に降下するときも要領は同じです。ただ思えば良いのです。みなさんが腕等を動かしたりするときと同じことです」


 ジーはあたかもなんでもないことのように言ったけれど、実際そうすることは簡単ではなかった。僕は自分が空に浮かんでいるところをイメージしたのだけれど、何も変化はなく、僕は地上に留まったままだった。近藤や田中唯にしてみてもそれは同じことのようで、誰一人として空中に浮遊することができる者はいなかった。


「みなさん、もっと柔軟に考えてください」

 ジーはいくらか困ったような声を出した。

「みなさんが腕を動かすときにいちいち腕を動かすことを難しく考えますか?ただ動かそうと思うだけですよね?それと同じことなのです」


 ジーの言っていることの意味はわかるのだけれど、意味がわかるのと、実際に行動を起こすのは別問題だった。しばらくのあいだ僕たちはなんとか空中に浮かび上がろうとしては悪戦苦闘することになった。


 一番最初に空中に浮かびあがることに成功したのは田中唯だった。といっていも、その結果は結構無惨なものとなってしまったけれど。僕たちの側で田中唯は急激に百メール程浮上したかと思うと、今度は急に浮力を失ったかのように地面に落下してしまったのだ。


「大丈夫!田中さん!」

「大丈夫か!?」

 と、僕と近藤の声は綺麗に重なった。僕たちは慌てて高さ百メートルあまりの空中から地上に落下した田中唯に駆け寄った。もしかすると、彼女は死んでしまったかもしれない、と、僕は最悪の事態も想像した。


 でも、そんな僕たちの心配をよそに田中唯はすぐに立ち上がると、

「びっくりさせちゃってすいません」

 と、なんでもなさそうに言った。


「平気なのか?」

 と、近藤は田中唯に顔を向けると、信じられないというように言った。いくらか強化服を着ていると言っても、あの高度から地上に激突すればただではすまないんじゃないかと僕も怪訝に思った。


「ええ。この強化服はわたしたちが考えている以上に頑丈に作られているみたいです。あの高さから落ちたのに、ほとんど転んだのと同じくらいの衝撃しか感じませんでしたから……あと、火星の重力が低いっていうのもあると思うんですけど」

 田中唯も驚いている様子で呟くような声で言った。


「さきほど過信は禁物だと申し上げましたが、もっと強化服の性能を信頼して頂いて結構です。あの程度の落下で生命に危険が及ぶようなことはありません」

 ジーは田中唯の科白のあとに誇らしそうに言った。


「……すごいな」

 僕は改めて感心した。僕は自分の身体を覆っている、甲殻類の甲羅を彷彿とさせるような強化服を眺めてみた。まるで自分がほんとうの戦隊もののヒーローになったかのような気分だった。


「……一体どんなテクノロジーが使われているんだ」

 と、僕のとなりで近藤が理解に苦しむといった口調で言った。


 その後、我々は何度も失敗を繰り返しながら(というのは田中唯と同様、地上に浮かびあがっては落下するということの繰り返し)強化服のコントロールがある程度可能になった。といっても、それはまだまだぎこちなく、不完全なものでしかなかったけれど(油断すると、すぐに高度が下がってしまったり、要領がわからなくなって、地面すれすれにしか浮かびあがることかできなくなることがあった)。でも、なんとか我々三人とも空中に浮上して移動する(といっても、それほどスピードはでないようだった。あくまで我々の強化服に内蔵されている重力制御装置は補助的な役割を果たすものでしかないのだろう)ことは可能になった。



 我々は眼下に鬱蒼とした植物群を見下ろしながら、昆虫人がかつて火星に建設した都市を目指すことになった。それにしても、自力で空を飛んで移動することができるというのは、非常にエキサティングな体験だった。僕は子供の頃、自分の力でスーパーマンのように自由自在に空を飛ぶことができたらなと憧れたものだけれど、今まさにそれが現実のものとなったのだと嬉しくなった。


「すごいよ。今、僕、空を飛んでるよ」

「……原田、何をひとりでぶつぶつ言ってるんだ」

 いつの間にか独り言を言ってしまっていたのか、僕のすぐ側を飛行している近藤が、呆れているというよりも気味悪がっているような口調で言った。


「あっ。ごめん。つい嬉しくてさ」

 僕は苦笑して言った。

「まあ、原田の言ってることもわからないでもないけどな」

 近藤は微笑して言った。

「でも、まさかほんとにこんな体験ができると思ってみませんでしたね」

 と、田中唯も今の現状を楽しんでいるような口ぶりで言った。


 しばらくそうして空を飛行していると、トンボのような形をした生物が我々の側を横切っていった。トンボといっていもそれは地球上で我々が見知っているものとは違って、かなり大きく、優に一メートル以上の大きさはあるように思えた。


「……あれってトンボ……というか、虫だよね?」

 と、僕は驚いて言った。

「さっきジーが言っていたように、恐らく火星の重力が低いことが影響しているんだろう」

 と、近藤が僕の言葉に答えて言った。


「実際、過去の地球上で栄えていた巨大生物……たとえば恐竜等の生物があそこまで巨大化することができたのも、実は当時の地球の重力が何らかの理由で弱かったからかもしれないと言われているんだ」


「……地球の重力が弱かった?」

 僕は反芻した。そんな話は初耳だった。近藤は説明を続けた。


「もし借りに過去の地球の重力が現在の地球と同じだったなら、恐竜は自分の体重が重過ぎて立ち上がることすらできなかったはずなんだ。これは体重と最大筋力の問題で、たとえば生物の身長が二倍になると、体重はその体積に比例するために八倍になる。だが、それに対して、最大筋力は筋肉の断面積に比例するので四倍にしかならないんだ。だから、恐竜は自分の身体が重過ぎて立ち上がることすらできなかったという計算になる。でも実際には、過去の地球で、恐竜は活発に地上を動き回っていたわけで、そういった事実を吟味すると、俺たちが暮らしていた地球に比べて、過去の地球は重力が弱かった、と、考えざるをえないんだ」


「……あと、ひとつ付け加えると」

 と、それまで沈黙を守っていた田中唯が、近藤の発言のあとに、遠慮がちな声で言った。


「わたしたちが調査、研究を行っていた五十万年前の地球も、わたしたちが暮らしている地球に比べて重力が弱いんです。その関係もあり、その過去の地球で暮らしている人類はみんな一様に背が高く、平均して四メートル以上あります。最も高い部類のひとたちは七メール近くあるひともいました」


「七メートル!」

 僕はほんとうに驚いて言った。七メートルの人間といったら、それこそほんとうの巨人じゃないかと思った。そしてそう思ってから僕ははっとした。世界中の神話や言い伝えのなかに残っている巨人というのは、もしかすると、ほんとうに実在していて、彼等が特に背が高かったのは、地球の重力が弱かったせいなんじゃないのか、と。


「……ほんとうなのか、それは…」

 近藤はショックを隠しきれない様子で言った。


「信じられないのは無理ないんですけど……実際、わたしもこの目で彼等の姿を目にするまでとてもそんなことは信じられませんでしたから……そして更に付け加えて言うと……といっても、これはまだ未確認のことなんですけど……まだ確実な裏付けが取れたわけじゃないんですけど……我々が過去の地球で遭遇した、自分たちのことを火星からやってきたと称している人形の生命体も、彼等と同じで背が高いんです。やりは平均して4メートル以上の大きさがあります。もし、彼等の言っていることがほんとうなら、それはすなわち、彼等の母星、火星の重力が弱いことが関係しているんだと思うんですけど……」


「嘘だろう……」

 と、近藤は田中唯の科白に絶句した。僕も言葉がなかった。過去の地球を訪れていた背の高い、我々とほとんど同じ姿をした火星人。


「……というか、田中さんは、田中さんたちは、過去の地球で、ほんものの、火星人に会ったことがあるんだ?」

 僕は興奮してほとんど叫ぶような口調で言った。


「ええ。……といっても、さっきも言ったように、彼等がほんとうに火星からやってきた人々なのかどうかの裏付けは取れていないんですけど……彼等との接触はまだほんのはじまったばかりで、これから色んなことを調べていこうとしていた矢先に……例の、反乱が起こってしまったので……彼等についてまだ何も詳しいことはわかっていないんです……でも、わたしたちが接触した火星人は……自分たちのことを火星からやってきたと述べている人々は、とても礼儀正しく、人格的にも成熟しているひとたちのように感じられました……彼等はわたしたちのことをリトル・ヒューマンと呼び、我々がどこからやってきたのか、非常に興味を持っている様子でしたけど」


 と、田中唯がそこまで言葉を続けたところで、僕は急に自分の身体が地面に引き寄せられるのを感じた。僕はまだ地面に降下しようと思っていたわけではないのに、一体何が起こったのだろうと戸惑った。そして戸惑っているうちにも、みるみる高度は下がっていき、つい僕は緑色の植物が生い茂った地面に着地してしまった。近藤と田中唯にも同じ現象が起こっているようで、僕が降り立った地上にふたりとも続いて降下してきた。


「空中移動の強制解除が発動されているようです」

 と、ジーの声が聞こえてきた。

「恐らく、都市のエリア内にかなり近づいたので、これより先はセキュリティーの問題から、空中移動が禁止されているのだと思われます」

 と、ジーは続けて見解を述べた。


「……なるほど」

 と、僕は頷いた。見てみると、確かにさっきは遠くに見えていたルピの巨大な建物群が、もうかなりの至近距離に迫っていた。ここからであればなんとか歩いて移動することも可能そうだった。

 僕は改めて垂直に続く道のように思える、昆虫人が建設した建物を見つめた。


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