強化服
その後、我々を乗せた宇宙船は火星の大気圏を通過し、先ほど映像で確認したかつて昆虫人が火星に建設したというルピという名前の都市の上空に出た。
「ここからあなたがたをルピ近くの地上に転送しますが、それで構いませんか?」
ジーの問いかけに、近藤と田中唯のふたりは緊張した面持ちで顎を縦に動かした。
「最後の確認なりますが、地上ではどのような危険があるのか予測できません。最悪の場合は死に至る可能性もありますが、あなたがたはそれを理解していると考えてよろしいのですね?」
僕はジーが口にした死という言葉を耳にして、心が青ざめるような気がしたけれど、
「ええ。それはよく承知しているつもりよ。ジー」
と、田中唯は毅然とした口調で答えた。
「どちらにしても、中心星に行く事ができなければ、もとの世界に戻ることもできないしな」
と、近藤も言った。見たところ近藤はこれから自分が死ぬかしれないという状況にあるというのに、平然とした顔をしているように見えた。
「原田さんも、大丈夫でしょうか?」
僕が黙っていると、ジーが心配そうな声で訊ねてきた。
「も、もちろん、大丈夫だよ」
まさか今更自分だけ行きたくないと言うわけにもいかなくて、僕は強張った笑みを浮かべて言った。
「了解しました」
と、ジーが言うのと同時に、宇宙船の床が波打ち出し、それはやがてテーブルの形になった。そしてその出現したテーブルのうえには銀色の卵のような形をしたものが三つ乗っていた。卵のような形をしたものの中央部分にはボタンのようものがひとつあり、大きさはおおよそラグビーボールくらいのものだった。
僕がこれはなんだろうと思って、卵形のものをしげしげと見つめていると、
「それがさきほど説明した強化服になります」
と、ジーが言った。
「これが?」
僕は意味がわからなくて、ホログラムで出来たジーの顔を見つめた。一体こんなものをどうやって着ろというのだろうと僕は首を傾げた。
「その卵の形をしたものの中央にあるボタンを押してください」
と、ジーが僕の疑問を察したように言った。
「これを?」
僕はジーに言われるがままに、卵の形をした銀色の物体にあるボタンを指で押してみた。すると、次の瞬間、驚くべき変化が起こった。それまで卵の形をしていた銀色の物体は僕がボタンを押した瞬間、爆発するようにネバネバとした液状のものへと変化し、それは僕の身体に付着すると生き物のように増殖しながら僕の身体のあらゆる箇所を覆い尽くしていったのだ。あまりにも予想外の展開に、僕は悲鳴をあげて、そのネバネバとした液状のものをはがしとろうとしたけれど、無駄だった。そのうちに僕の身体はその銀色のネバネバとした感触のある液体で全て覆い尽くされてしまった。顔も口も目も全て。死にたくないと焦って、顔に張り付いた液体状のものを僕が必死になってはがし取ろうとしていると、
「落ち着いてください。原田さん」
と、ジーの声が聞こえてきた。
「もう強化服の着装は完了しています」
僕はそのジーの冷静な声を聞いて、顔にはりついていたものをはがしとろうする行為を止めた。すると、いつの間にか視界は透明なディスプレイ板を通して見たようなものへと変わっていた。僕が視線の位置を変えるたびに、僕が意識を向けた対象物までの距離や、あるいは対象としている物質の構成要素などが表示される。
たとえば田中唯の顔を見ると、田中唯の姿が普通に見えるのと同時に、その側に、田中唯の体温や、田中唯の体組織についての分析結果が表示(不思議なことに、それは日本語表記になっていた。ジーは僕たちの言語についての知識を詳しく知っているのだろうか?)された。たとえばそれは生物、脆い組成といったように。さらに驚いたことに、田中唯が感じている感情までも感知することができるようだった。といっても、それはおおよそのものでしかなかったけれど。たとえば今は緊張、困惑といったような表示が出ていた。恐らく、コンピューターが田中唯の目の動きや、表情を感知して、ディスプレイに結果を表示させているのだろうと思った。
「大丈夫ですか?」
と、田中唯は眉根を寄せて僕の顔を覗き込むと、心配そうな口調で訊ねてきた。
「……大丈夫だよ。予想外のことだったからちょっとびっくりしたけどね」
僕は透明なディスプレイ越しに田中唯の顔を見ると、微苦笑して言った。
「ちなみに、今、僕の姿はみんなにはどんなふうに映っているんだろう?」
と、僕は気になって訊ねてみた。すると、近藤はまるで雲散臭いものをみるように軽く目を細めると、
「まるで仮面ライダーだな」
と、呟くように言ってから、可笑しそうに口元を少し綻ばせた。田中唯も近藤の言葉に誘われるようにして口元を笑みの形に変えた。
「仮面ライダー?」
と、僕が近藤の言った言葉の意味がわからなくて反芻すると、
「ジー。原田さんに、自分の姿を見せてあげて」
と、田中唯が可笑しがっている表情で依頼した。すると、宇宙船の中央にディスプレイが現れた。見てみると、そこには仮面ライダーの着ぐるみを来たような人間が映し出さていた。目の部分が完全に昆虫人のような複眼になっていて、口の部分はロボットのような四角形になっていた。頭部にはセンサーなのか、電波の受信機なのか、二本の触覚のようなものまでついていた。身体は銀色の、甲殻類を彷彿させる頑丈そうな組織に覆われていた。僕は自分がいい歳をしてこんな格好をしていることが恥ずかしいような、でも、すごく強くなったようで嬉しいような複雑な気分になった。
「原田さん、なかなか似合ってますよ」
と、田中唯は僕の方を見ると、からかうような口調で言った。
「ヒーローショーに出たら、主役が取れそうだな」
近藤も愉快そうな笑顔で言った。
「言っておくけど、みんなも僕と同じ格好をすることになるんだよ?」
僕は仮面ライダーのような仮面の下で軽く頬を膨らませて言った。
「……そういえばそうだな」
と、近藤は僕の指摘に、今そのことに思い当たったのか、苦笑いを浮かべた。
「でも、悪くないですよ。わたし、子供の頃、ヒーローに憧れてたんですよ。真剣に。これは良い機会かも」
田中唯は楽しそうな笑顔で言った。
それから、近藤と田中唯も僕と同じ行程を経て強化服を身に纏った。他人が液体金属に身体を覆われていく光景はなんというか圧巻だった。リアルなヒーローの変身を見ているようだった。
「それではみなさん準備が整ったようですね」
近藤と田中唯のふたりも仮面ライダーのような格好になったあとで、ジーが言った。
「都市の中央部まではわたしが音声でガイドしますのでご安心ください。途中、ムークという厄介な生物がいることはいますが、強化服を着ていれば、さきほどは過信は禁物だと申し上げましたが、ほぼ問題はないでしょう。また強化服の装備を解除したい場合は、胸部にあるスイッチを押せば解除することができます」
僕たちはジーの説明に無言で頷いた。そして僕たちが頷くとのとほぼ同時に、宇宙船の天井部分から青色がかった光が照射されて我々の身体を包んだ。すると、もう次の瞬間には、我々はルピという都市の入り口付近に立っていた。




