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流刑のロト  作者: 野山日夏
日本編(春休み)
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異世界人と繁華街

 群衆達が歩いている。その空間は見慣れてしまえばどうということはないが、初めてその光景を見る者には異質に映るだろう。誰もが皆画一的にただ一方向を目指して歩いていき、そして何らかの訓練でも受けたかのように不思議なことにぶつかりあうこともない。

 そんな雑踏を形成している一人である内藤晴海は嘆息した。その原因であるロトはきょろきょろと落ち着きなく初めて見るのだろう物ばかりの周囲を見回しており、完全におのぼりさん状態だ。時々ロトの様子にくすりと忍び笑いが聞こえ、その度に晴海は憤死しそうになる。笑い声が聞こえた方向に視線を向けると、晴海と目があった少女三人は口々に何か言いながら足早にその場を去ってしまう。これではまるで晴海が喧嘩を売ったかのようで気分が悪い。

 やめろ、とそう伝えるべく晴海はロトを見た。ロトは相変わらずの無表情にも関らずどこか楽しそうに見える。その様子に晴海は口を噤まざるを得なかった。

 晴海とロトが出会ってからまだほとんど時間が経っていないが、それでも晴海はまだロトの無表情しか見たことがない。そんな中で表情こそ変わっていないが、楽しそうな様子が見られたのだ。それを辞めさせるのが惜しくなるのは当然だった。

 ロトはつい何時間か前に晴海の同居人になった青年だ。どう見ても日本人そのものの顔立ちであるが、正体は異世界の罪人。そんな人物が何故晴海の傍にいるのかといえば、なんでも島流しならぬ世界流しをされたから、としかいえない。

 果たして流刑に処されるなど一体何の罪を犯したのだかは知らないが、ロトは無表情かつ独自のペースで生きている人間のようである。だから大した罪を犯したのではなく、過失致死だとかそういうものだろうと晴海は想像している。

 嘘か本当かはっきり断じることはないが、どちらにしても現状晴海以外にロトの面倒を見ることが出来る者はいない。必然的に晴海が何から何まで用意しなければならないのである。流刑に処してくるのなら、せめてその辺りの生活必需品くらいは用意をしてほしいものを、と思うがロトを刑に処した人間達からしたら、こちらの事情など知ったことではないのだろう。

 そんな晴海とロトが今どこにいるのか、といえば繁華街だった。異世界から降ってわいたロトに合う服が、晴海の家にちょうどよく存在しているはずもない。何着か服を調達しなければならない、とそういうわけだ。

 ロトが今着ているオフホワイトのシャツも、グレーの綿のズボンも、どちらも晴海の父の服だ。ロトの服を買いに来るにあたって晴海が着替えるように言い渡したのだ。元々着ていたものはどうしても現代日本では、特に都会へ出ていくのなら尚更どこかおかしく映るからである。

 だが、年齢からしても晴海の父親の服がロトに似合うはずもなく、何とも言えない状態になっている。晴海は自分のセンスのなさは棚にあげ、父親に服を選ぶ才能がないことを嘆いた。

 幸いにして晴海の家から徒歩で行くことのできる距離にある。電車の乗り方だとかそういうものを教えるのを後回しにすることが出来るのは、かなり晴海にとってありがたかった。この世界初体験のロトには一から十まで全てを説明しなければならない。そんな彼を連れてしなければならないことは、少なければ少ないほどいい。

 何にしろ、とりあえず繁華街に来たはいいが、服を探すことよりも現代文化に触れることの方がよほどロトにとっては興味深いことらしい。その割に家電の説明をしたときにはここまでの興味も見せなかったが。

「あれはなんだ?」

 口数が多い性質ではないのは短い付き合いでも分かっている。そのロトが自ら晴海に問うてくるのだから、やはり余程ロトの関心を引いているらしい。よく分からないと思いながら、晴海はロトが指差す方向を見た。ビルの電光掲示板が忙しなく光って身勝手な情報を伝えている。

「あれは電光掲示板よ」

「なんて書いてある?」

「最近人気のある本の宣伝とか」

 トップ5として聞いたことがあるようなないような小説のタイトルが次々に表示されていく画面を見ながら晴海が答える。教室で誰かが読んでいた本もあがっており、それなりに有名な本だったのか、と思い知らされた。流行に疎い晴海にはかなり参考になる。今後この街に来るときにはその掲示板を見るのを忘れないようにしよう、と晴海は心のメモ帳にしっかり書きこんだ。

 首を傾げているロトは日本語を話せるくせに、理解は出来ないらしい。そういえばロトの出自を告げる手紙も知らない文字で書かれていた。晴海には記号にしか見えなかったくらいだ。話している言語も違うはず。

 それなのになぜロトは日本語を話せるのだろうか。

 気になったらいてもたってもいられない性分である晴海は、早速ロトに問いかけた。

「ロトさんは日本語話してるけど、言葉が違うんじゃないの?」

 晴海が言いたいことはうまく言葉にまとまらなかったが、ロトはその内容を汲みとることが出来たらしい。すぐさま返答をくれる。

「多分魔法で補正されてる。流された先で言葉が話せないと大変だから」

 最後は疑問符がついていたことから、ロトも詳しくは知らないらしい。推測だと思われることを教えてくれた。

 なるほど、と晴海は思った。あの晴海に手渡された手紙からして現代の文明では出来ないようなハイテクノロジーだと思ったが、魔法のある世界らしい。高度に発展した科学は最早魔法と区別がつかないというが、まさにその通りといっていいのか何なのか。晴海は魔法を科学だと思ってしまっていた訳である。

 未だにどこかに、でもまさか、と思う気持ちがないでもなかったが、とりあえず全て話される内容は受け入れておくことにする。逆に異世界から来た、というそれを疑うべき情報を得て初めて疑えばいい。それからでも遅くはない。見る限り人畜無害なこの青年を置いておいて、特に取り返しのつかないような何かがあるわけでもあるまい。

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