明日の約束
そして他人にそんな恋愛ネタの無茶ぶりをする割に、夏帆は一向に恋人を作らない。恋愛漫画で満足してしまって自分の恋愛まで手が回らないのだろう、というのが晴海達三人の共通見解だった。
「だってそういうのって胸がきゅんきゅんするじゃん! ないの?」
「ないよ。っていうか、そんなことそもそもにして起こるの? 風呂電気つけるんだから入ってるかどうか分かるじゃん」
冷静に突っ込みを入れれば、夏帆は二人とも酷いよぉ、と拗ねた。しかし、酷いと言われても事実そんな漫画みたいなことなど普通は起こるまい。精々晴海が経験したのは異世界人が家にやってきたくらいだ。漫画のネタくらいにはなろうが、どう見てもこれは恋愛路線ではなくファンタジー路線だ。
「うわぁん真由ぅ、二人が虐めるぅ」
晴海も杏奈も意見を変えるつもりがないであろうことに気がついたか、夏帆はそこでいささか大袈裟な動作で自分の隣に座る真由へと泣きついた。真由も真由で、抱きついてきた夏帆の頭をぽんぽんと撫でて慰めている。夏帆の容姿が幼く真由が大人びた外見をしているせいか、そこにはまんましっかり者の姉と泣き虫な妹の図が出来あがっていた。そういうのが好きな男性が見たら喜びそうな構図だ。
「まぁまぁほら、二人とも夏帆をいじめないでよ」
そうフォローしてから、にやり、と真由は笑みを浮かべ、晴海はその表情に非常に嫌な予感がした。そしてその予感は当然外れてはいなかったのである。
「じゃあ、晴海と何でもないのなら、会いに行ってもいいよね? そんな面白いことになってるんだもの、晴海の家行って二人の会話するとことか見たい」
「あ、面白そう! もしかしたら二人が当たり前に思っているだけでなんかきゅんきゅんする会話とかあるかもしれないし!」
真由の言葉に果たして何を妄想したのやら、元気いっぱいに復活して夏帆がぱぁと顔を輝かせる。そんな事態を一体誰が容認できるのか、と晴海は突っ込みを入れたかったが、それよりも先に杏奈が、
「最近ないちゃんの家行ってないしね。楽しそう」
などと言ってしまったせいで、どうやら晴海が三人を家に招くのは確定してしまいそうだった。三対一ではどう見ても晴海の側に勝ち目はないのだ。抗ったところで何だかんだ、うまいこと言いくるめられてしまうだろう。
「今から行きたいなー」
楽しげな光を目に宿らせて首を傾げてくる真由に、晴海は視線を右下にやる。今から家に来られて、もしロトが何かやらかしていたりしたら。念を押したはずだが、だからといって安心できるはずもない。
つまり、到底今すぐ家に来られては敵わない。だが、数日待てと言おうものなら晴海の制止も聞かずに今すぐに押しかけてきそうな雰囲気を三人娘は孕んでいる。
仕方がなしに、晴海は此方から日にちを指定することで三人の手綱を取った。
「……明日」
その言葉にやったー、と満足そうに交渉が成功したことを喜ぶ友人達。友人達が楽しそうなところを見るのはいいが、今からロトにおかしなことをしでかさないように言い聞かせなければならない苦労を思うと、とてもではないが押しかけられる晴海は喜べるような心境ではなかった。
とはいえ、一度口にして約束してしまった以上、彼女らが押しかけてくるのは決定事項。こうなったら何が何でもロトに普通にしていてもらわなければならない。――不可能のような気しかしないが。
自棄になって晴海はせめてもの腹いせに、夏帆の目の前に置いてあったショートケーキに思い切りフォークを突き立て、随分大きな一口分を奪い取った。タイムサービスで先程出たばかりのそれを、夏帆が目ざとく取ってきたものだ。大きく欠けたケーキに、夏帆が絶望も顕わな表情を見える。
「あ、ちょっと酷い!」
「早く食べないのが悪いの」
つん、と言い捨ててフォークを置く。そして、いかにもおいしそうに見えるように心がけながら咀嚼すれば、果汁が晴海の口内にじわりと広がる。
「私のいちごぉぉ……」
そうして奪い取ったいちごは、酸味が強いながらもみずみずしく、晴海はんー、とそのおいしさに声をあげた。
「ただいまー」
言って帰宅した晴海は、しかし返事が返ってこないことに疑問符を浮かべた。声をかければ一応ロトから何かしらの反応が返ってくるはずなのだが、その気配がない。この家を出てどこかに行くにしても、ロトの知っている場所など初日に行った繁華街と、後は近所のスーパーくらいしかないはずなのだが、ロトが一人でそんなところに行くだろうか。
疑問符を浮かべながら、ひとまず上着を脱ごうと家に上がったところで、晴海はソファの上にロトの姿を見つける。ソファの上で横になっているようだ。
「あ、いるんじゃない。ただい、」
声をかけて返事がないことに文句を言おうとした晴海は、しかしロトの顔を見て言葉を最後まで発しきることはせずに飲み込んだ。ロトが酷く穏やかな表情で眠りの中にいたからだ。起きていれば天然なのかわざとなのか分からない揚げ足を取ったり、魔法を行使したりするロトも、寝ている分には静かであるのだと知る。
「……」
何も言えなくなって晴海はソファの足元に腰を下ろした。
「帰ってたのか」
すると、横から声をかけられ、晴海は振り返る。ロトが目を開いていた。晴海の気配にでも目を覚ましたのかもしれない。だとしたら昼寝の邪魔だっただろうか。少し思った晴海だったが、だからといってもう一度寝ていいだとかそういうことを言える訳もない。代わりに、帰宅の挨拶を音にすることとなった。
「うん、ただいま」
言われたロトはきょとんとしてから、酷く小さな聞き取りにくい声でおかえり、と口にした。
晴海が戻ってくるだけで――中にいるのが二人になっただけで空虚さがかき消えた屋敷に、ロトは果たして何を思ったのだろうか。




