最終話「王宮大喜劇、これにて一件落着!」
婚約破棄から一か月。
王太子アルフレッドは書類を読んでいた。
「北部街道、王家負担率はこの案でいいと思う」
「理由は?」
「沿線領主の負担をこれ以上増やすと反発が出る。王家が多めに持ったほうが早く着工できる」
レオナードが頷いた。
「よろしいかと」
「よし!」
アルフレッドは嬉しそうに書類へ署名した。
「俺、成長しただろ?」
「一か月前は『北部に街道を作る』でしたからね」
「忘れてくれ!」
次の書類。
「南部水害対策基金……クラリスは?」
「もう関係ありません」
「そうだった」
アルフレッドはため息をついた。
机の端に、一通の手紙があった。
ミレーユからだ。
『愛するアルフレッド様へ。
昨日も今日も大好きです。
結婚はまだ嫌です。
ミレーユ』
「愛があるのに結婚できない!」
「珍しいですね」
「他人事だな!」
「他人ですので」
アルフレッドは手紙を大切にしまった。
「でもミレーユ、最近ちゃんと勉強してるぞ」
「殿下もですね」
「二人で頑張るって決めたからな!」
「婚約は?」
「してない」
「王太子妃になる予定は?」
「保留」
「では何のために?」
「二人で人生を考えるため!」
レオナードは少しだけ笑った。
「それは結構なことです」
「だろ?」
「では午後の外国語講義も頑張ってください」
「人生を考える時間は!?」
「講義のあとで」
「王太子が邪魔をする!!」
◇
その日の午後。
アルフレッドは国王の執務室へ飛び込んだ。
「父上!」
「うるさい」
「王太子って忙しすぎませんか!?」
国王は書類から顔も上げなかった。
「十八年目で気づいたか」
「前はこんなに忙しくなかった!」
「クラリス嬢がいたからな」
「…………」
アルフレッドは椅子に座った。
「俺、クラリスに頼りすぎてたんだな」
「そうだな」
「悪かったな」
「本人に言え」
「今度言う」
国王がようやく顔を上げた。
「それで?」
「ミレーユに聞かれたんだ」
「何を」
「俺は王太子になりたいのかって」
「お前はもう王太子だ」
「そこなんだよ!」
「どこだ」
「俺、生まれたときから王様になるものだと思ってた」
「そう教育した」
「だから考えたことなかった」
「何を」
「俺、王様になりたいのかなって」
国王の手が止まった。
「一か月考えた」
「ほう」
アルフレッドは真剣な顔をした。
「俺、王様になりたくない」
「十七年間教育してきただろう!!」
「向いてない!」
「知っている!!」
「知ってたの!?」
「だからクラリス嬢を婚約者にしたんだ!!」
「ひどい理由が出た!!」
「家柄も申し分ない!」
「今、付け足しただろ!!」
国王は額を押さえた。
「ではどうするつもりだ」
「セドリックがいる」
扉が開いた。
「嫌です」
「早い!!」
第二王子セドリックが入ってきた。
「なんでいる!?」
「父上に呼ばれました」
国王が答えた。
「お前がこう言い出す気がした」
「父上、俺のこと分かりすぎでは?」
「十八年育てた」
アルフレッドは弟を指した。
「お前、王太子やらない?」
「嫌です」
「即答!?」
「忙しくなるので」
「俺と同じ理由じゃないか!」
「違います」
「何が?」
「クラリスに会う時間が減ります」
「国より恋を取るな!」
「兄上が言います?」
「ぐっ!」
国王が頭を抱えた。
「なぜ息子が二人とも王位を嫌がる……」
アルフレッドはふと思った。
「父上は?」
「何だ」
「王様になりたかった?」
国王が黙った。
「…………」
「父上?」
国王は窓を見た。
「私は長男だった!!」
「同じじゃないか!!」
国王は咳払いした。
「ともかくだ。王位継承を今日決めるつもりはない」
「じゃあ俺、王太子辞めていい?」
「今日決めないと言っただろう!」
「残念」
「残念と言うな!」
国王はアルフレッドを見た。
「だが、お前が初めて自分の将来を考えたこと自体は悪くない」
「父上……」
「王太子だから王になる。婚約者だから結婚する。そうやって何も考えず進んだ結果が、今回の騒ぎだ」
「……うん」
「考えろ。お前が何をしたいのか」
アルフレッドは頷いた。
「分かった」
国王は一枚の書類を差し出した。
「ついでにこれも考えろ」
「何?」
「来年度予算」
「急に重い!!」
「王太子だからな」
人生を考える前に、国の一年を考えることになった。
◇
数日後。
王宮の庭で五人がお茶を飲んでいた。
アルフレッドがクラリスを見た。
「クラリス、元気?」
「とても」
セドリックが割り込んだ。
「私も幸せだ」
「あなたには聞いてません」
「三日に一度会える」
「聞いてません」
クラリスが笑った。
「最近は二日に一度来ようとしますけど」
「交渉は自由だ」
「却下も自由です」
「明日は?」
「三日後です」
「厳しい!」
ミレーユも笑った。
「私も今、とても幸せです」
「俺も!」
「アルフレッド様、最近ちゃんとお勉強なさっていますものね」
「北部街道は分かるようになった!」
「題名以外も?」
「もちろん!」
「成長しましたね!」
「最初を知ってるから褒め方が低い!」
アルフレッドはレオナードを見た。
「レオナードは?」
「異動が決まりました」
「え!?」
「業務改革担当です」
「なんで!?」
「今回の件で、王宮の業務分担が異常だったと報告しました」
「何て?」
「公爵令嬢を無給で国家事業に投入するのはやめましょう、と」
「正論!」
「陛下もそうおっしゃいました」
アルフレッドは四人を見回した。
クラリスは自由になった。
ミレーユとは、結婚を急がず一緒に将来を考えている。
セドリックは六年越しにクラリスとお茶を飲めるようになった。
レオナードは王宮そのものを変えようとしている。
そして自分も。
初めて、自分の人生を考え始めた。
「なあ」
「はい?」
アルフレッドは胸を張った。
「みんなが幸せになったのって」
四人がアルフレッドを見た。
「俺が婚約破棄したおかげでは?」
「「「「それは違う」」」」
「早い!!」
レオナードが紅茶を置いた。
「殿下は原因です」
ミレーユが頷いた。
「功績ではありません」
セドリックも頷いた。
「きっかけだな」
クラリスが微笑んだ。
「事故みたいなものです」
「評価がひどい!!」
アルフレッドはクラリスを見た。
「でもクラリス、ちょっとくらい感謝してるだろ?」
「もちろんです」
「ほら!」
「婚約破棄してくださったことには」
「そこじゃない!!」
レオナードが思い出したように顔を上げた。
「殿下」
「なんだ?」
「ポメリアーノ二世の誕生日、来週です」
「知ってる。十一月三日だ」
クラリスが固まった。
「……覚えていらっしゃるのですか?」
「俺だって成長する!」
「贈り物は?」
「もう手配した」
「何を?」
「第三王女に聞いたら、最近太ったらしい」
「はい」
「だから散歩用の首輪にした」
「完璧です……」
「だろ?」
「では、北部侯爵の誕生日は?」
「レオナード?」
「犬しか覚えてない!!」




