婚約破棄された令嬢、大歓喜
「クラリス・エルディア! 君との婚約を破棄する!」
卒業記念パーティーの音楽が止まった。
踊っていた者も止まった。
給仕も止まった。
一人だけ止まらなかった。
グラスからシャンパンがあふれている。
誰か止めてあげてほしい。
「聞いているのか、クラリス!」
「はい」
クラリスは王太子アルフレッドを見た。
その隣には伯爵令嬢ミレーユ。
二人は手を取り合っている。
「理由を伺っても?」
「俺は真実の愛を見つけた!」
「ミレーユ様と?」
「そうだ!」
「婚約破棄は撤回なさいません?」
「しない!」
「勢いでおっしゃったわけでも?」
「違う!」
「お酒のせいでも?」
「一滴も飲んでない!」
「明日になって私のせいになさったりは?」
「しない!」
「本当に?」
「本当だ!」
「絶対に?」
「絶対だ!」
クラリスは両手を組んだ。
「神よ」
「クラリス……」
「ありがとうございます」
「え?」
「やったあああああああああああああ!!」
「!?」
「終わったあああああああああ!!」
「何が!?」
「王太子妃教育が!!」
クラリスは両手を上げた。
「朝五時起き!」
「そこから!?」
「四か国語!」
「待て!」
「外交史! 国内法! 税制!」
「クラリス!?」
「三百八十二家の紋章!」
「そんなに覚えたの!?」
「近隣王族の誕生日!」
「それは必要そうだな!」
「犬の誕生日まで!」
「犬!?」
「第三王女の愛犬ポメリアーノ二世!」
「誰だよ!」
「犬です!」
「名前でわかる!」
「去年は殿下のお名前で贈り物もしました!」
「俺の名前で!?」
「『心のこもったものを贈っておけ』と!」
「俺が?」
「殿下が!」
「覚えてない!」
「殿下が忘れた発言を、私は全部覚えています!!」
「怖い!」
「仕事です!!」
ミレーユが恐る恐る手を上げた。
「あの……」
「はい?」
「王太子妃になると、犬の誕生日まで覚えるのですか?」
「場合によります」
「場合があるんですか!?」
クラリスは左手の指輪を外した。
「では、こちらを」
アルフレッドが受け取る。
「……本当にいいのか?」
「何がでしょう?」
「婚約破棄だぞ?」
「はい」
「七年だぞ?」
「はい」
「悲しくないのか?」
「七年間が無駄になったことは悲しいです」
「だろう!」
「でも明日は五時に起きなくていいんです」
「喜びが圧勝してる!」
「では失礼いたします」
「待て!」
「はい?」
「本当に帰るのか?」
「はい」
「これからどうするんだ?」
クラリスは止まった。
「…………」
「クラリス?」
「私、明日の予定がないんです」
「それがどうした!」
「五時に起きなくていい」
「ああ」
「講義もない」
「ああ」
「王宮にも来なくていい」
「そうだな」
「犬の誕生日も覚えなくていい」
「犬はもういい!」
クラリスは考えた。
「……何をすれば?」
「知らん!」
「ですよね!」
「では帰ってから考えます!」
「それくらい自分で考えろ!」
「今から練習します!」
「何の!?」
「自由の!!」
クラリスは扉へ向かった。
「朝寝坊します!!」
「宣言して帰るな!!」
扉が閉じた。




