パンだけじゃなかった
次の日。
ゲインは朝から井戸で水を汲んでいた。
桶を引き上げ、運び、また戻る。
単純で、退屈な仕事だ。
だが今日は、少しだけ違う。
「……試すか」
誰にも聞こえない声で呟く。
頭の奥にある言葉。
《窃取》
あれが本当にスキルなら、もう一度できるはずだ。
近くに置かれていたのは、工具のハンマー。
鍛冶屋の親父のものだ。
少し離れている。
手を伸ばしても届かない。
だが昨日も、届かなかった。
ゲインはハンマーを見る。
意識を向ける。
欲しいと思う。
そして。
「……盗む」
次の瞬間。
ハンマーが消えた。
そして手の中に、重みが現れる。
「……やっぱりか」
驚きは、昨日ほどじゃない。
だが確信に変わる。
これは偶然じゃない。
本当に盗める。
すぐに戻す。
――戻れ、と思う。
するとハンマーは消え、元の場所に戻っていた。
「……戻せるのか」
思ったより便利だ。
盗むだけじゃない。
返すこともできる。
その日、ゲインはいろいろ試した。
石
バケツ
リンゴ
ナイフ
袋
コップ
全部盗めた。
距離は関係ない。
触る必要もない。
視界に入っていればいい。
「……これ、かなり便利じゃねぇか?」
昼休みにパンを食いながら呟く。
金がなくても食える。
道具がなくても使える。
仕事も楽になる。
いいことしかない。
ただ、一つだけ分からないことがあった。
「……重さ、関係ねぇのか?」
試しに、大きな木箱を見てみる。
さすがにこれは無理だろうと思った。
だが。
――盗む。
木箱が消えた。
「……おい」
思わず声が出る。
慌てて戻す。
木箱は元の場所に戻る。
誰も気づいていない。
「……なんでもいけるのか?」
少し怖くなる。
制限が分からない。
できすぎている。
だが。
怖いよりも先に、思った。
「……働かなくてもいいんじゃねぇか?」
その結論に至るまで、時間はかからなかった。




