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おかしな訪問者


渡された時計は、時計というより、宝飾品と形容した方が正しそうな、金細工でできた豪華で精巧なものだった。

母が安堵に満ちた笑顔で、私を見詰めている。

何かを言おうとしたその時、唐突にリビングのガラス戸が押し開かれ、見知らぬ誰かがたっていた。

まるで、おじいさまの再来のような登場に目眩がする。

そこに立っていた人物は、おじいさまよりはだいぶ若い、おじいさまより控えめな美形だった。

・・・たぶん。

何故たぶんかというと、その十分な長身に似合いの、バランスの良い体躯に、なぜその色?!と突っ込まずにはいられないショッキングピンクのタキシードを着て、もじゃもじゃの見るからに偽物臭が拭えない、黒毛のアフロヘアを胡散臭く頭に被っていたので、本当に美形なのか判別できないのだ。

たぶんオマケなのだろう、カツラの上にはご丁寧にも、スーツと同じ目に毒な、ピンクのシルクハットを乗せている。

 困惑に空気が冷えた。

だがそれすらまったく意に介さないその人は、ハットを持ち上げ、以外にも優雅な所作で挨拶した。

「ごきげんよう、皆様」

楽しそうに含み笑いを浮かべている。だがその表情は定かではない。

何故なら真っ黒の丸渕サングラスを掛けており、かろうじて本人のものと確認できるのは、すっと伸びた綺麗な線の鼻梁と、おかしそうに上がった唇の端だけだった。

何を思ったかおもむろに、右手に握った家紋が彫り込まれているらしい、黒くて豪華なステッキを振り回し始める。はっきり言って端から見るかぎり、誰だか全然わからない。

どう控えめにみても、おかしな人だ。

だが、そのおかしな行動でわかってしまった。おじいさまとは少し趣が違うが、同じにおいがする。

「頭でも打ったのか、跡継ぎがこれでは我が家は滅亡だな」

自分のことはすでに忘却の彼方に追いやっていたらしい祖父が、大層な嘆きっぷりで眉をよせた。

だがそんな祖父の言葉に動揺するほど、柔な神経を持ち合わせていないらしいその人は、祖父の中傷にもまったく動じる様子がない。まったく祖父を無視したまま、私の目の前までやってくると、見惚れるほど美しい所作で、私の顔を覗き込んで

「ジェニファー、今日が誕生日だったよね?たしか。・・おめでとう」

と、私の頬に当然の権利を主張するように、キスをした。


「ひさしぶりだね、我が愛しの君」

胡散臭いアフロヘアーを、シルクハットごと頭からはぎ取りながら、母の頬にキスをする。

キスされた母は、特段嫌がる雰囲気でもなく、いつもと同じに微笑んでいる。

「貴方も、わざわざ会いに来てくれたの、ユーリー」

「たまたまだよ、金曜日の彼女に振られちゃったから、急に暇になったんだ」

にこにこと、とんでもないことを言う。

この少し変な人の名前は、ユーリー=ド=ヴィコルトといい、なんと私とかなり年の離れたいとこの君、だったりする。

ヨーロッパ社交界でも一、二位を争う花形で、おじいさまの後を継いで伯爵を名乗っている人物なのである。つまり、現ヴィコルト家の当主だった。おまけに、ここアメリカでも、伯爵様で通っているらしいのだ。私が入国審査を空港で受けたときに、審査官がいとこの君について呟いていたのを覚えている。

「変わらず、美しいね。どうして、君は僕の父の妹なんだろう」

つまり、二人の関係は、血の繋がった叔母と甥だ。

だというのに、二人の年齢がほとんど変わらないのはどうしてだろうか。下世話なうわさ話では、ユーリーはホントは愛人に産ませた、前伯爵様の隠し子ではないかと、真しやかに語りつがれている。子供の私ですら、耳にしたことのある都市伝説のような話だった。

「叔母上以上の女性に出会わない僕は、本当に不幸だ」

月曜から金曜まで、国も違えば人種も違う、美人ばかりの恋人達に日々囲まれているくせに、どうやら本気で嘆いているらしい。この人も、かなり変わっている。

「ねぇ、フランソワーズ、いっそダメもとで僕と恋愛しないかい?」

真っ黒の丸渕サングラスで表情を隠したまま、冗談とも本気ともとれる声音で母に囁く。

どこまで本気で言っているのか判断が難しいが、まったくの嘘ではないらしいニュアンスで、娘の目の前で母を口説いている。呆れてしまうが、母はまるでいつものこととまったく気に留める様子がない。

ユーリーにしてもそんな母の反応は想定内だったのか、残念そうに少しだけ肩を竦めて見せただけだった。

「たしか、恋人だけは山ほどいたんじゃないのか?」

跡取りの一人ぐらい、いい加減連れてきたらどうだと、祖父が突然爆弾発言を投げ込んでくる。

 確かに私はだいぶ耳聡い子供だと自覚があったが、とりあえず、まだ13歳になったばかりの小娘で、あまりの露骨な表現に軽く目眩を覚える。恥ずかしくて、顔を背けたのに、二人はこの話題を止めるつもりがないらしい。

 ユーリーが、胡散臭い真っ黒眼鏡を外しながら、何故か厭味たっぷりに目を細め、面倒くさそうに祖父に切り返す。

「いっそおじいさまが、本当に外に子供を作ってください。女性は美しい物が何より好きですから、貴方の精子に群がってくるでしょう?」

 子供の前でなんて発言を!!と、誰か本気で叱って欲しいところだが、どうしてだか誰も咎めない。

 ブラックジョークはお手のものなのか、はたまた自他共に認める公然の事実なのか、いきなり自分に振って湧いた無理難題にも、祖父はただ楽しそうに笑っただけで、流してしまう。

「だいたい僕に伯爵家を押しつけておいて、ご自分は身分を隠して世界中で大活躍中だなんて・・卑怯ですよ、おじいさま」

そっちのほうが、楽しいに決まっている。

人間離れした若さを未だに発揮中のこの人こそ、いっそ、今から真面目に子作りに勤しめばいい。ほっておいても、女のほうから大挙してきてくれるだろうからと、以前から本気で考えていたので、この際だから提案してしまうことにした。だが、敵もさるもの、一筋縄ではいかない。

「何をバカな。私はもう、隠居の身だぞ?子供などできたら、面倒だろう」

なぁと、何故か部屋の隅に控えていた執事に同意を求める。いきなりの矛先に、さすがの執事もなんと応えたら正解なのかわからなかったらしい。動揺が隠しきれていない。そんな様子がいたく気に入った様子で、祖父が楽しそうに微笑む。

ユーリーはさらに嫌そうに、愉快そうに微笑む祖父に溜息をつく。

「恋人が何人いても、愛しい人がいないんですよ。残念ながら」

 とある事情で、存在そのものを隠されたままだが、我が両親は大変に愛し合っている。

 今も、過去も、たぶん未来も。

そんな両親に、特に母親には十分愛され育ててもらった。だから愛のなんたるかは、十分に理解しているつもりだ。だからこそ探しているのだ、本気で愛を捧げることのできる誰かを。

 十数年前、その相手に出会えたと確信したその直後、血の繋がった実の叔母と知り、いきなり玉砕した。あまりにも衝撃的な初恋の幕引きに、立ち直れずつい反動で、来る物拒まずに宗旨替えしてしまった。

 どうやら、それが間違えの元だったらしい。

 容姿がよくて、もちろん家柄もいい沢山の女性達と、いろいろな関係を築いてみては、初恋の君に戻ってきてしまうのだ。そのつど自分の純情さにある意味驚かされる。

 僕のバックグラウンドに惹かれない、僕だけを見詰めて好感を感じてくれる誰かが欲しいのに、実際はかなりの難問だ。なにしろ、僕はド=ヴィコルト家の跡継ぎで、おじいさまほど完璧な美貌は持ち合わせてはいないが、世間一般でいうところの、美形であるのは誰の目から見ても明らかという、天は二物を与えたの代表例なのだ。

 本能的に、美しい物と利用価値の高い物を見分けるスキルが高い美女達が、僕を放って置いてくれるわけがなかった。様々な誘いと、駆け引きが日々繰り広げられる社交界で、僕だけの誰かを追い求めるのがそもそも無理があるのかもしれないが、とにかくそんな誰かを真面目に捜していたのだった。その結果が、曜日ごとに変わる恋人達で、何故か誘いを掛けてくるのは彼女達なのに、振られるのは僕、という相関図が定着していた。

「情けない、それで跡継ぎとしての責務が果たせるのか」

 お前にも、事前に許嫁を決めておくべきだったなと、祖父が肩を竦める。

初めから決まった誰かがいたら、この恋は日の目を見ることなく終われたのだろうか。祖父の言葉でつい想像したが、答えはNOだった。叔母であり同時に初恋の君である彼女の存在が、僕の人生に大いに彩りを与えてくれたのは間違いないのだ。

 それに、僕の両親のように、お互いだけが存在すれば、世間的に抹殺に近い形に追いやられようとも、まったく気にしないで相思相愛を貫けるカップルもいるのだ。

 それほどまでに強い絆で、愛し合える誰かが欲しい。ただそれだけのことなのに、初めのスタートが高すぎたため、手すら届かないというこの現状。終わらせるためにも、フランソワーズと付き合いたかった。

「努力はしてますよ、おじいさま」

溜息で返事を返しても、この人は許してくれるタイプじゃない。

第一、この人に必要なのは僕の後継者で、僕の妻なわけじゃない。もし、誰か一人に絞れないなら、せめて子供だけでも作ってこい!と暗に示唆しているのだ。我が祖父ながら、あまりに最低な発言に頭が痛い。その上、僕より人間離れした美貌を誇っているくせに、恋愛ごとに飽き飽きしているのか、ソニアおばあさま以外の誰ともそういう関係になるつもりがないと、以前から公言していた。

「お前が不甲斐ないと、ジェニファー・アンティエーヌに婚約者を探さないとならなくなるな」

唐突に投げ込まれた私の名前に、事の成り行きを半分ぐらい面白がって聞いていた私が驚く。

どこまで本気で語らっているのかまったく読めない、やっかいな二人の顔を見比べてしまう。私まで、伯爵家の跡取り問題に巻き込まれるのは、有難迷惑だ。ありありと顔に書いてあったのだろう、やっかいな二人がほぼ同時に、私の顔を見て笑い出す。

「大丈夫だよ、君にまで迷惑かけないよ?」

くすくす笑いを噛み殺しながら、いとこの君が呟く。祖父はまんざらでもなさそうな表情のまま、とくに先ほどの発言を訂正したりはしなかった。




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