1
僕は物心がついた頃には、すでに山の洞穴に住んでいた。
入口は一か所だけど、変な人が来ないように、誰も出入りをしない時はふさぐようにって、じいちゃんに言われて育った。
両親は知らないうちにいなくなっちゃったから、僕は物心ついた時からじいちゃんと二人、ここで暮らしている。
町の人から見ると、かわいそうな子らしいけど、それは両親というものを知っているからそう思うだけで、知らなければ別に何とも思わない。
ついでにうらやましいと思ったこともなかった。
あと、別に町の人と仲が悪いからここに住んでいるとか、そういうことはない。
むしろ皆は、僕とじいちゃんを心配してくれるし、買い物に行くと無事を喜んでくれる。
そんな感じで人間関係は良好だけど、じゃあ町に住みたいかと言われると、そういう気分にはなれない。
じいちゃんも洞穴を離れるつもりはないらしく、不便はあってもここがいいという。
だから僕はじいちゃんと町ではなく、ここに住んでいるのだ。
「じいちゃん、今日もどっか掘る?」
「そうじゃなぁ。今日はあっちがいいじゃろ」
「わかった」
僕にはよくわからないけど、じいちゃんには掘ってはいけない場所が分かるらしい。
長年の勘って言ってるけど、前に言われたのと違うところを掘ったら、水が出て来たり壁が崩れかけたり結構危険な目にあったから、じいちゃんの言うことは守るようにしてる。
「今日は何が出てくるかな」
「何も出てこんよ。広げるだけじゃ」
「わかった」
僕の日課はこの穴掘りだ。
別に炭鉱夫というわけではないし、掘っても掘らなくても自由だ。
掘っちゃいけないところを掘るのはダメだけど、撮ってもいいところを掘らないことで怒られたりすることはない。
ここは山の裾野で、歩いて行ける距離に小さな集落はあるけど、周辺は山の恩恵の方が大きくて森になっている。
だから洞穴から外に出ると木々が茂っているし、人は滅多に来ない。
ちなみに穴を掘る以外は、掘っている時に見つけた鉱石を町に売ってお金に換えたり、外に出て森の恵みを日々の食材としていただいている。
そうだ、なんでじいちゃんと僕しかいないのに住まいを拡張しているかって言うと、僕たち二人以外にも住人がいるからだ。
でも僕は残念ながらその住人と話したことはおろか、見かけたこともない。
一人前になったら会えるって言うから、僕はそれを楽しみに、じいちゃんの指示通り穴を掘って今日も過ごす。
僕と同年代くらいの子が、町で買い物をしている僕を見かけて声をかけてきた。
しばらく道を並んで歩いていると、彼が僕に尋ねた。
「なあ、あそこって、お前のじいちゃんの時代からずっと掘ってるんだよな」
「そうみたいだね」
僕は曖昧にそう返事をした。
もっと昔からかもしれないし、じいちゃんが掘り始めただけなのかもしれないが、それをいちいち確認することはない。
洞穴にいて僕がすることは、じいちゃんに教えを乞うたり、一緒にご飯を食べたり、指示された通りに穴を掘ることくらいだ。
特に語らう時間などは設けていない。
強いて言うなら教えを乞う時間がそれに該当するかもしれないが、どちらかというとじいちゃん主導なので、僕から話題を振ることはないのだ。
「あの中は迷路みたいって噂だけど……」
誰も入れたことがないので彼らは入口の穴から先のことを当然知らない。
ただ毎日掘っているようなので、そこかしこが穴だらけで、中は迷路のようになっていると噂になっている。
噂には尾びれとか背びれがついて、迷い込んだら二度と外に出ることができない洞穴という話も広がっている。
僕たちがこれらの話を否定しないのは、その方が侵入者は少なくなるし、入ってきた人を追い出す手間が省けるからに他ならない。
でも僕たちはそこに住んでいるのだ。
「細い通路はたくさんあるよ?ぶち抜いたら崩落しちゃうからさ。でも迷うことはないな」
僕が言うと、彼は少し真剣な顔をして顎に手を当てて考え込む仕草をした。
「そっか……」
「どうかした?」
僕が聞くと、彼は大真面目な顔で言った。
「いや、ずっと掘っているってことは、いずれ掘るところが無くなるってことじゃないかって思ってさ。それこそ掘りすぎたら崩落しちゃうんじゃないの?」
僕たちからすれば何も問題ないけれど、一般的な意見で言うなら彼の心配はごもっともだ。
もっと小さい頃がこんなことを言われたらそんなことないと否定しただろうが、じいちゃんからは一般常識と自分たちの生活がかけ離れたものだと教わっている。
この話もその一つだとすでに理解できている僕は、角が立たないよう受け流すことにした。
「そうかもしれないね」
僕が同意したと受け取ったのか彼は続けた。
「危険じゃない?」
「今のところ大丈夫だよ。じいちゃんの言ったところしか掘ってないし」
じいちゃんは洞穴の中、というか、山のことなら何でも知っている。
だからじいちゃんが大丈夫だと言っている間は何も心配していない。
僕が言うと、彼はまた顎に手を当てる。
「うーん……。そっか。じゃあ、じいちゃんがいなくなったらどうするの?どこを掘るかわからないってこと?掘るの止めるの?」
彼に言われて僕ははっとする。
「言われてみればそうかも。今度、どうやって決めてるのか、聞いてみようかな。ありがとう」
じいちゃんに言われたところしか掘れないということは、いなくなったらわからないということだ。
教えてもらうのが当たり前すぎて、そんなことは全く気にも留めなかった。
気付かせてくれたことに、僕が感謝の気持ちを伝えると、彼は目を泳がせる。
「いや、そうじゃなくてさ……」
「アドバイスしてくれて助かったよ。ありがとう」
「あー、うん。じゃあ……」
会話が途切れたところで、ちょうど分かれ道になった。
彼と僕の行く道が違うので、そこで別れる。
ちょっと話をしていて、歩く速度が落ちてしまっていたので、僕は一人になったところで、少し小走りをして目的地を目指すことにした。




