3章 41話 銀貨三枚と、値札の重さ
翌朝、帳面を開くと、昨日より文字が重く見えた。
思想は軽い。
だが実行は重い。
肉を煮詰めるということは、肉を減らすということだ。
濃くするためには、最初に多くを使う。
私は計算を始める。
鹿肉を一定量煮る。煮汁は三分の一、いやそれ以下になるだろう。
さらに乾かせば、手のひらに収まる程度の塊にしかならない。
つまり――
大量の肉から、少量の粉。
贅沢だ。
薪もいる。弱火で長時間。
塩もいる。保存のため、少し強めに。
私は銀貨を思い浮かべる。
肉代、薪代、塩代。
試作三回で銀貨三枚。
成功する保証はない。
そして、仮に成功したとして。
私は新たな頁に数字を書き始めた。
乾燥麺一束を銀貨一枚で売るとして――いや、高い。
平時の麦袋一つが銀貨数枚だ。麺一束で一枚は暴利だ。
では銅貨換算か。
銅貨五枚。
そこに粉末出汁を添える。
銅貨七枚。
いや、八枚か。
私は筆を止める。
「高いな……」
塩だけなら銅貨一枚にも満たない。
それを超える価格を付ける。
果たして買うか。
商都で見た相場を思い出す。穀物は一・四倍に跳ね上がっていた。
塩も上がっている。肉はさらに高い。
戦時だ。
価格は上がる。
だが、生活は上がらない。
私は別の角度から考える。
乾燥麺と粉末出汁が一食分として成立すれば、それは“時間”を売ることになる。
煮込み時間の短縮。
調理の手間の削減。
味の安定。
それに値は付く。
だが、どれだけ付く。
私は試算を重ねる。
肉一頭から取れる出汁粉は何食分か。
薪の消費量。
塩の使用量。
乾燥失敗率。
計算は粗い。だが、現実を突きつけるには十分だった。
量産前提なら、価格はどうしても高くなる。
「……庶民の毎日食にはならないな」
これは常備食ではない。
非常食か、旅食か、兵食か。
あるいは、少し余裕のある者のための品。
私は深く息を吐く。
完璧な解ではない。
町を救う魔法でもない。
だが、金を生む芽にはなり得る。
売れる場所を選べばいい。
商都の宿。
遠征兵の補給商。
長旅の商隊。
まずはそこだ。
町の台所ではない。
私は最後に、帳面の端に書く。
高い。だが、理由がある。
値段が高いことは罪ではない。
価値が伴えばいい。
銀貨三枚の試作費用は、安くない。
だが、ここで止まる理由にはならない。
私は帳面を閉じる。
鍋に火を入れる前に、値札が見えた。
それは重い。
だが、現実だ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、派手な奇跡ではなく、小さな選択と積み重ねを
大切にして書いています。
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