火事場の馬鹿力
子供のような無邪気な笑顔でこちらに走ってくるのは、鬼のような風貌をした兄弟の霊2つ。ドシン、ドシン、と巨体を揺らし、地面を鳴らしながら近付いてくる。そしてその後ろでは、目隠しさんとキョンシーくんが姿を消していた。一瞬の速さで私が繋がれている機械の元までやって来ると、キョンシーくんがまさかの力技で、操作盤を蹴っ飛ばした。その瞬間、ビリビリ、と嫌な音を立て始める機械。その次には、やってきた目隠しさんが私の手に繋がれたチューブを鎌で切り落とし、あれよあれよと言う間に私の体を姫抱きにしてその場から飛び去った。
「あれ」
「兄者、これやばいんじゃ…………」
風神雷神が気付いた時には既に遅く。嫌な音を立てていた機械は煙を上げ始め、大きな爆発をして木っ端微塵になった。巻き上がる粉塵に目を瞑り、目隠しさんとキョンシーくんも同じく、粉塵が顔にかからぬよう、腕を前に構えた。モクモクと立ち込める黒い煙が晴れる頃、そこにいたのは真っ黒になった風神雷神。ぷすぷす、と体から煙を上げて、呆然と突っ立っている。流石に機械の爆発程度では倒せなかったか。
やがて、立ち尽くしていた風神雷神は、のそのそと動き出し、俯いたままこちらを向いた。
「騙したな女ァ!!」
「殺してやる!!」
その迫力や、泣く子も黙る恐ろしさだ。私の口車に乗せられていたことに気付いた風神と雷神は、その怒りを私にぶつけた。激昂する彼らは、再び雷太鼓と団扇を取り出す。何かするつもりなのだろう。身構える目隠しさんたちを他所に、雷神がドンドンドンと先程より激しく太鼓を叩いた。
すると、またしても雷神による磁場の能力が発生し、目隠しさんに抱えられていた私の体がふわりと浮いた。逆に目隠しさんとキョンシーくんの足は、再び地面に強力な磁石のように引っ付いて動けなくなる。
「目隠しさん!キョンシーくん!」
「恋白!!」
「クソッ………!」
手を伸ばしても届かない距離まで浮いた私の体は、雷神が手を動かした方向に動いた。そして雷神はそのまま、校舎の壁目掛けて思い切り投げつけたのだ。このままでは、壁に激突して、生身の人間である私は大怪我………どころじゃ済まないかもしれない。物凄いスピードで飛んでいく私を見て、キョンシーくんが焦ったように舌打ちをすると、体を稲妻のような光に変化させる。そのシルエットは、まるで龍のような………。
雷神の目の前を、一瞬だけ光が走る。本当に一瞬だ。瞬きをしている間に、キョンシーくんは飛ばされる私のところまでやってきて、体を抱き抱え、自分が壁にぶつかるようにくるりと回転した。身代わりとなったキョンシーくんと共に、私は校舎へ突っ込む。けたたましい破壊音。その勢いとパワーは、壁一枚じゃ収まらず、2枚、3枚と貫通してようやく止まったのだった。
目を開けた時、私の体は無傷だった。あんな衝撃だったのに生きていられたのは、間違いなくキョンシーくんが壁との間に入って守ってくれたからだ。私の下で倒れているキョンシーくんから慌てて降りる。大丈夫かと安否を確認しようとしたところで、私はその姿に目を見開いた。
所々、皮膚が青白く輝く鱗のようになっていて、手は獣のように鋭く、耳元には角。まるで、龍になったかのような美しさだった。
(もしかして………これが化怪…………?)
キョンシーくんは私を救う為、一瞬だけ化怪の力を解放してくれたようだった。今はそれが解除されて、変身が解けかけている、中途半端な姿である。初めて見るキョンシーくんの美しいその姿に言葉を失っていたが、キョンシーくんが苦しそうに呻く声を聞いて我に返る。肩に手を添えながら声を掛けるが、元々傷を負っていたこともあってかなり重傷のようで、その反応は薄い。
「キョンシーくん!!!」
「………肋骨………、何本かいった…………」
「嘘………っ、幽霊にも骨あるの………!?」
って、そんな事を言っている場合ではないか。キョンシーくんはそのまま気絶してしまったようで、返答が無くなってしまった。しかし、そんなキョンシーくんを心配している暇すら、風神雷神たちは与えてくれない。再び雷神の磁力によって持ち上がった私は、校庭へと引き戻される。そこには、相変わらず磁力で動けないまま、風神の突風に切り刻まれて、ボタボタとあり得ない量の血を流す目隠しさんの姿がある。
「目隠しさん!!やだ………っ、そんな………!」
雷神の手に掴まれて身動きが取れない中、目隠しさんを見下ろすと、それでもまだ立ちあがろうと、ぐっと力を込めてよろよろと動き出す。動く度に傷口からあり得ない出血量が確認できて、私の方が顔が真っ青になる。
「もうやめて目隠しさん!!死んじゃうよ!!」
「もう死んでるのに、この女は面白い事を言うね兄者」
「全くだ弟者。自分の身より幽霊の心配とは」
そして雷神は、手の中にいる私を握り潰すように、徐々に力を込め始めた。圧迫されていく体。息が出来ない苦しさ。その力はどんどん強くなっていき、内臓すら吐き出しそうである。
「やめろ…………っ!!」
苦しむ私を見て、目隠しさんが体を引き摺る。しかし、痛む体が言う事を聞かない。磁力によって思うように体も動かない。仮面の奥の瞳には、今にも殺されかけている私の姿だけが映し出されていた。ぴき、ぴき、と血管が浮き出て、体中が沸騰しそうな程に熱くなっていた。
「やめろ…………」
「うぅ………っ、ぐ…………!」
「やめろ…………!」
「兄者見てよ!この苦しそうな顔!」
「ああ、興奮するな弟者よ」
「やめろ…………っ!!」
ずる、ずる、と血の痕を残しながら一歩一歩歩み寄ってくる目隠しさんなど、最早虫の息だろうと、風神雷神は気にも留めていなかった。私の体はとっくに悲鳴を上げ、腹の底から何かが込み上げてくる。思わず雷神の手の上に吐き出したら、それが真っ赤な血であったことに自分で驚いた。私、死ぬんだ、とそこで、ぼんやり死を悟る。こんな事なら、最期に目隠しさんに言いたい事、言えば良かった。
そうして意識を手放しかけた時の出来事だった。私を握っていた筈の雷神の手が、手首からスパンと綺麗に切り落とされたのだ。宙に放り出される私にも何が起こったのか分からなかったが、それはどうやら風神雷神も同じようで、2人して同じ顔でポカンとしている。
そして、私の体は何かによってキャッチされ、抱き抱えられたまま無事に地面に着地した。
この抱かれる感触、匂い、雰囲気。それらは全て、覚えのある慣れた感覚。でも、違うのは………。
「目隠し………さん…………?」
闇のように黒く、恐ろしい形相をした、まるで悪魔のようだった。




