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異形の呪いの真価

 自分たちの何倍もある阿吽のコンビと、空を飛びながらこちらを見下ろす烏天狗を前に、私たちは呆然と立ち尽くしていた。こんなの、生身の人間である私たちにどう戦えというのだ。相手は石像であり、神様である。和水が試しに残り少ない矢を烏天狗に放ってみたが、コツンと石の肌に当たって弱々しく地面に落ちた。痛くも痒くもなさそうである。となれば、後は頼れるのは吉光とパピヨンちゃんだけだ。


 しばらく無言でこちらを見下ろしていた阿吽像が、それぞれ一斉にこちらに向かって踏みつけようとしてきた。降ってくる足を、吉光が慌てて結界を張って受け止める。同時にパピヨンちゃんも勇敢に烏天狗に飛び付き、口から炎を吐き出して攻撃するも、空を自由に飛び回る烏天狗は軽々とそれらを避け、羽ばたく翼から羽が無数に降り注いだ。地面に鋭く突き刺さる羽の何本かは、駆け回るパピヨンちゃんの体や顔を掠めていた。


「この間にさっさと儀式を済ませてしまおう」


 苦戦を強いられる私たちを後目に、和尚は目隠しさんと人形ちゃんに歩み寄った。再び手を掲げ、お経を唱え始める。すると、檻の中にいた目隠しさんたちは苦しそうに膝を付くのだった。


「目隠しさん!!人形ちゃん!!」

「お前たち2人は少し厄介そうだからな。肉体から魂を引きずり出して、儀式に持っていくとしよう」


 和尚が言うその儀式とは何なのか。私にはさっぱり分からないが、唯一分かることは目隠しさんと人形ちゃんが和尚の手によって苦しんでいるということ。そして、その和尚が召喚した像により、私たちもかなり危険な状態だということだ。


「どうしたらいいんですの………!?こんなの私たちには………!!」


 私たちをも覆う吉光の結界は、次第にぴきぴきとヒビが入り始め、時間の問題であることは手に取るように分かった。必死に念を込めて結界を張り続ける吉光の鼻から、ツーと静かに血が滴り落ちていて、額には血管が浮き出ている。必死にありったけの力を込めて抵抗してくれているのだ。しかし、阿吽像の足に込められた力はどんどん強くなっていく一方で、私たちと像の足の間の距離は少しずつ確実に縮まっていく。一方で烏天狗の相手をしているパピヨンちゃんも、空を飛ぶ機動力のある烏天狗を相手に苦戦していた。飛んでくる羽を避けるばかりで、なかなか攻撃に転じることができない。


 目の前には、到底敵いそうもない像。後ろを振り返れば、和尚によって苦しめられている目隠しさんたち。


(どうすればいい………、どうすれば………!)


 大切な人たちが傷つけられていくのを、黙って見ているしかないのか。隣では怯えたように私の腕を掴む和水の姿がある。呼吸はどんどん荒くなり、頭に血が上っていくのを感じる。ぐつぐつと、全身が沸騰するかのように熱く、徐々に視界がグラグラと歪んでいく。この感覚………、似ている。呪いが発症するあの時と、似た症状だ。こんな時に呪いが、と考える間もなく、私はその場に力なく座り込んで、そのままの姿勢で意識を失った。隣の和水が慌てて私の体を揺さぶるものの、その呼びかける声すら意識の遥か遠くに聞こえて、何も返事ができない。体も、動かせない。


(こんな………ときに…………わたしは…………)


 そして結局必死の抵抗も空しく、私はそのまま意識を手放したのだ。それとほぼ同時のことだった。吉光の結界諸共踏み潰そうとしていた阿吽の像の足が、突然、粉々に砕け散ったのだ。それに驚いたのは、阿吽自身だけではなく、吉光も、和水も、そして和尚や目隠しさんたちもまた、目を見開いて固まった。そして、片足を無くしたことでバランスを失った阿吽像は、そのままぐらりと後ろに傾いて地面に倒れ込む。一体何が起こったのかと、吉光は結界を張る手を止めて後ろを振り返る。


「………恋白………?」


 そこには、気を失った筈の恋白の体が独りでに立ち上がって、ただ静かに像に向かって手を翳していた。その隣には、吉光と同じように茫然と恋白を見上げる和水がいる。穏やかな光のベールに包まれた恋白の体は、まるで何かに操られるように、持ち主である恋白の意思関係なく動いている。その不思議な現象に、吉光はただならぬ何かを感じ取っていた。


(いや………、恋白………じゃない………?)


 確かにそこに立っているのは恋白の体だが、どこか雰囲気や顔つきが別人のようで、吉光は違和感を感じ取っていた。それにそもそも、恋白には石像を粉砕するような力はない。明らかに恋白ではない何かの力が働いていることは明白だった。しかし、肝心の恋白(?)は一向に口を開く様子はなく、ただ無言で淡々と、和水の弓と矢を取り上げ、パピヨンちゃんと交戦している烏天狗に向かって放つ。その矢は眩い光を帯びながら、ホーミングのように飛び回る烏天狗を追い、やがて木っ端微塵に粉砕してしまうのだった。


「何がどうなっている………!この娘、ただの人間じゃないのか!」


 動揺しているのは和尚も同じで、目の前で易々と壊されていく像を前に狼狽えていた。そしてその隣で一部始終を見ていた目隠しさんと人形ちゃんもまた、一体何事かと息を飲む。


「この匂い………、異形の呪いの力か………?恋白は意識を失っているようじゃが………」


 お前はどう思う、と目隠しさんの方を振り返った人形ちゃんが、思わず言葉を飲み込んだ。いつもは割と冷静で落ち着いている目隠しさんが、恋白の方を見て明らかに困惑しているのだ。その様子はまるで、いる筈のない人物を目の前にしている時のような、何かを知っているような素振りだった。


「………目隠し………?」

「………師匠…………!」


 そして目隠しさんから出た『師匠』という呟きに、人形ちゃんは再び恋白に視線を戻した。師匠?恋白が?いや、今は恋白と呼ぶべきではないのかもしれない。恋白の中に巣食う呪いが恋白の体を乗っ取っている。それがまさかの、目隠しさんの師匠というのか。


 呆気にとられる一同の前で、恋白らしきその人物は倒れた阿吽像の前に立ちはだかった。大きな杖のようなものを出現させると、その杖でこつんと軽く像を叩く。ただそれだけで、像はそのまま跡形もなくそこから消え去り、寺にはあっという間に静寂が戻って来たのである。そして恋白はゆっくりと、今度は和尚を振り返り、じっと見据える。まるで次はお前だと言っているかのようだ。


「………只者ではない霊力者がこの小娘の体の中に宿っているのか」


 和尚にも、何十年と培ってきた経験とプライドがあるのか。恋白の睨みに臆することなく、そこに立ち塞がった。まだ理解が追い付いていないみんなを置いてけぼりにして、恋白………基何者かと和尚は、静かに対峙していたのだった。

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