141 戦術合同演習 決着
勝負を決めたのは、突如現れた〈障壁〉だった。
ケイランとサントスは、その〈障壁〉の意図を考えた。
どうしていまここに、何を狙いとしたのか。
対してダリオは考えなかった。
クラウスの考えを推しはかるだけ無駄だ。
どうせわかるはずがない。
ならばその壁を利用するのみだ。
〈障壁〉にレオナルドの〈氷槍〉が着弾するよりも早く、ダリオは詠唱を始めた。
ケイランたちは、意識をダリオへと戻した。
自分たちの戦場は、こちらだ。
「燃え盛る炎よ」
二対二なら、サントスたちに分があったかもしれない。
剣の腕や咄嗟の判断、発想の柔軟性という意味で、ダリオは自分たちが劣っていると認識していた。
だからこそダリオはその〈障壁〉を利用した。
三対二という状況を作り出したのだ。
“数”と“魔力”で、勝機をもぎ取る。
〈障壁〉のおかげで、サントスやケイランたちの逃げる方向は限られる。
ダリオが魔術の準備をし、もう一人が彼らを追い込めば当てられる。
ダリオたちの動きで、ケイランとサントスもダリオの狙いを理解した。
ひとつ遅れてしまった分、そして〈障壁〉という障害物がある分、取れる選択肢は限られる。
故に、下手に走り回らずその場で魔術を避けるという選択をした。
あえて発現の邪魔をせず魔術を撃たせ、避け、消耗したダリオを狩るのだ。
本来ならもう少し距離が欲しいが、仕方ない。
放たれるタイミングはわかる。いつも聞く詠唱をなぞればいい。
『燃え盛る炎よ。我が意に応え、鋭き刃となれ。熱を解き、軌跡を灼き、敵を断て――〈炎刃〉』
ダリオならおよそ四秒だ。
発出を視認後飛ぶか伏せるかして避ける。
ケイランとサントスはそう考え、すぐに反応できるよう体勢を整えた。
その様子に、ダリオは舌打ちをしたくなった。
――舐められている。
魔術の恐ろしさを、貴族の“血”の意味を。
ここで、改めて刻んでやる。
怒りが、彼に冷静な熱を与えた。
「我が意に応え、鋭き刃となり、『一線を奔れ』」
常時と違う。知らない節だ。
サントスは危機を察知し、咄嗟にケイランを強く突き飛ばす。
ザン、と硬質な音がした。足裏にわずかな振動が走る。
しかし、意識はダリオから逸せない。
「熱を解き、軌跡を灼き、『瞬きの間に』敵を断て――〈炎刃〉」
サントスの考えは正しい。
詠唱とは、意志を世界に接続するためのものだ。
つまり、詠唱を変えれば魔術は性質を変える。
皆が普段使っている汎用的な詠唱は、貴族が初めに習う完全詠唱を短縮したものだ。
ダリオはその短縮した語の一部を、足した。
魔術自体の速度を上げるための言葉だった。
唱える語が増える分、詠唱開始から発動までは遅くなる。
また、基本的に魔術の使用には「短く唱えられること」や「高い威力を誇ること」が求められる。
そのため習いはしても、実戦ではほとんど使われない。
「サントス、脱落だ!」
放たれたと思ったら、当たった。
そんな感覚だった。
飛ぶ間など、与えられなかった。
脱落を言い渡されたサントスは、戦域を隔てていた〈障壁〉がすでに解かれていたことに気付いた。
〈障壁〉の消失。つまり、クラウスの脱落。
思考をダリオの詠唱に固定していた、わずか数秒。
その空白の間に、あちら側の勝負は終わっていたのだ。
目をやると、クラウスが覆い被さる形でレオナルドに乗っている。
氷の破片に塗れた二人は、対照的な表情をしていた。
――情報を処理し切れていなかったのは、こちらか。
環境の変化に気が付いていたら、逃げていたものを。
らしくないな。熱くなっていた。
自身でそう感じながら、サントスは戦場から降りた。
サントスに逃がされたケイランは、急いで体勢を立て直す。
目の前には、もう前衛がやってきていた。
振り下される木剣になんとか反応する。
木剣がかち合う。ケイランが押される。
「俺はお前よか弱いけど――疲れ切ったお前とならそれなりにヤれるよ」
ダリオと組んでいた彼は、ここまで目立った戦闘をしていない。
ケイランよりも、力も体力も残っている。
「『それなりに』だろ?」
煽りながら、ぶつかった木剣を打ち上げる。
足りないものを技術で補いながら、心理的にも圧をかけた。
同じ上位クラスだ。それも、魔術の使えぬ――武術と座学で評価され振り分けられた平民同士。
剣の腕でも、言うほど大きな差はない。
それでも、勝つのだ。
ケイランはそう決めて剣を奮った。
集中し、ひとつ、ふたつと攻める。
今度は敵が防戦一方となった。
勝てる。――そう確信し、剣を振り抜こうとした瞬間。
背後から首元に、木剣を当てられた。
「ケイラン脱落! よって、五班の勝ち!」
ケイランが背後を向くと、肩で息をするダリオが居た。
魔術を撃ち、ケイランの死角に回り込み、静かに駆けていたのだった。
「フン、勝ちを確信した瞬間なら、緩むだろう」
「演技だったのか」
ダリオの台詞に、先ほどまで打ち合っていた級友を見る。
『疲れ切ったお前とならそれなりにヤれる』という台詞は、「自分しか居ない」と思わせるための罠だった。そう気付いた。
「演技半分だな。正直、俺が落ちるまでにダリオが間に合わなかったら、どうしようかと思った」
その返答にケイランは苦笑した。
学生たちの待機場所を見やる。仲間の顔が見えた。
負けた実感が浮かぶ。――悔しい。
奥歯を強く噛み締めながら、整列する。
負けを受け入れ、進まねばならない。
ケイランはそう、落ちかけていた視線を上げ、真っ直ぐと前を見た。
オスヴァンの顔が目に入る。
「総評を行う前に、危険行為について言及する」
彼は非常に厳しい表情で、そう言った。
次回のタイトルは、「噛み合わない評価」です。




