神官の忠告
「お前、まさかルーベンか?」
「久しぶりだなペトロ。しかし、まさかと言いたいのは私の方だ。その目はどうした」
ルーベン・アーチャー。かつて勇者一行に同行したエリート神官だ。
彼らヴァン教の神官たちは邪悪を払い、光を導く者として大楯で民衆の盾となり、メイスで悪を打ち倒すのだ。
その中でもルーベンは特に優秀な神官であり、品行方正で非の打ち所がない男だった。
そしてとんでもなく堅物だったように思う。
俺の記憶では、身だしなみも完璧で、服に皺を見かけたことが無いくらいだ。
それが、今目の前にいる男はどうか。
よれよれの神官服をだらしなく着込み、無精髭は少なくとも数日は手入れをしていない事がわかる。
髪もぼさぼさで、最低限の手櫛くらいはしているのだろうが、手入れをしているとはとても言い難い様相だった。
顔はまさにルーベンそのものだが、それ以外にルーベンらしさが欠片も見つからないのだ。
まあ、俺の方も多少風変りしたとは思うので、なんとも言えないが。
「とにかく、立ち話もなんだ、中に入ってくれ」
「うむ、チェルシー嬢には劣るが、ペトロ殿の茶もまあまあいけるからな、頂こう」
「……なぜ村長が茶を飲むことになってるんだ?」
「友人だからだ」
「そうか、わかった。もう何も言わないからとりあえず上がってくれ……」
俺と村長のやりとりに苦笑いとなったルーベンだが、そういう表情も以前はしなかったように思う。
どんな経験が彼を変えたのか興味があるが、それは彼が話す気になれば聞ける事もあるだろう。
思いがけない勇者一行時代の知り合いとの再会。どんな話がきけるのか楽しみだ。
俺はそんな事を思いながら二人を招き入れた。
○○〇
全員でテーブルを囲み、茶が行き渡った頃、ルーベンが問いかける目をこちらに向けてくる。
何を問うているのかは明白だった。
リリィの事だろう。彼は玄関をくぐった後に視界に入ったリリィの姿を見て、一瞬剣呑に目を光らせていた。
以前、ケティルや子供達がリリィの魔力を感じて異様に警戒していた事があったから、鎧に魔法を足して、魔力を隠蔽できる仕様に改造を施したのだが、それでもルーベンには何か感じるものがあったのだろう。
さすがは神官、といったところか。
ギヨーム村長がお茶を啜る姿を横目に、俺はリリィの事、そして俺の体に起こった事をぽつりぽつりと話し始めた。
もちろん、外科手術の事は伏せてある。致命傷を負ったがみんなの治療で回復した、そうしたら何故か目がこうなっていた。髪は単なる老化によるものだと説明しておく。
ルーベンは時折考える目をして指先でテーブルをとんとんと叩いたりしながら真剣に聞いている様子だった。
そういえば、ルーベンは若い頃も、深く考えるときに指先で何かをとんとんと叩いていたっけ、などと郷愁にも似た感慨が胸に広がりつつも、俺は説明を終えた。
「なんというか、あんたは勇者一行を離れても、相変わらずなんだな」
そんな事を言うルーベン。いまいち意味はわからないから、曖昧な表情になってしまう俺。
そんな俺の様子に苦笑いをしたルーベンは、その目にわずかな鋭さを忍ばせて言う。
「お前に忠告したいことがあってな」
「ほう、神官様が忠告っていう事は、何か悪い存在が現れるとか、かな?」
俺が冗談っぽく言うと、ルーベンは視線をやや下に向け、言い訳のように苦笑いとなって言う。
「本当はもっと早く伝えたかった。けど、お前の足取りが中々つかめなかったし、俺自身、いろいろあってな」
「なんだ、勿体つけないで教えてくれ。俺に何を忠告しにきたんだ?」
「お前は……」
ルーベンは、あの頃の。勇者一行時代、様々な苦難に立ち向かう時に見せた力強い目をして続けた。
「ペトロ、お前はヴァン教のアークエネミー(大敵)に認定されている。国も極秘裏にペトロ・トリスメギストス討伐を計画している様子だ。だから、今すぐ国から逃げろ」
俺の頭は、思い出の全てがどこかに飛んで行ったように、真っ白になった。




