#38 新たなる冒険(?)
今回の中心人物→旋一、謙司、貫太、真
二学期が始まった。
何人かの生徒は夏休みが終わってもそのまま学校に戻って来ず、 男子たちは夏休みを経てどの女子がエロくなっただのの話に花を咲かせていた。
もっとも、 大部分の共学校の夏休み明けの光景もこんな物であろうが。
そんな声が響く放課後、 旋一が謙司に、
「なあ、 ラップやらへん? ラップしてクールに決めて、 二学期こそはモテモテになろうや 」
と言いながらスマホを見せた。
スマホには、「土曜日の夜に大京市の◯◯公園でラッパーたちの集まりが開かれる……」と言った事が書かれていた。 いわゆるサイファーと言う物である。
「ラップ……って言うか、 何か久しぶりやなこのノリ」
「二年ぶりくらいやっけ?」
「何言うてんねん、 五ヶ月ぶりくらいやろ……って言うか、 あの頃お前モテたいとか何とか言って、 結局空回ってばかりやったのに大丈夫なんか? 土曜日は俺も塾ないから行ってもええけど、 ラップとかは全然分からんしな」
そう言う謙司に、 旋一はスマホのアドレス帳を見せながら、
「確かにあの頃はそうやったけど、 今は心強い味方も居るやろ」
と言った。
それを見た謙司は、
「……やな」
と頷いた。
旋一は他の蓬ヶ丘同盟の三人にメールを送り、 「拠点」へと呼んだ。
集まった貫太たち三人を前に旋一は、
「なあ、 俺ら五人でラップやらへん? クールに決めたらきっとモテまくんぞ?」
と言った。
当然のように三人は戸惑った顔をした。
やがて、 貫太は三人を代表するかのように、
「思い付きでモノを言うんも大概にせえや。 ラップなんて俺らに出来るわけないやろ。 俺はもう帰んぞ」
と言った。
だが、 帰ろうとした貫太の肩を叩きながら旋一が、
「まあまあ兄さん。 格好よくラップを決めたら、 はるかもますます兄さんにホレる事間違い無しやで」
と言った。
結局、 貫太はストレートにはるかと再び付き合い出した事を皆に伝えたのだった。
その結果、 案の定今のように旋一にイジられる羽目になったのだが。
その旋一の言葉に「お……おう……」と納得させられつつある貫太を見て謙司は、
(こいつもチョロいな……)
としみじみと思った。
「次に真」
と旋一は真を指差すと、
「音楽言うたらお前やろ。 協力してくれるやろ? な?」
と言った。
「確かにラップも全く聞かへん事はないけど……言うとくけど、 そんな簡単に出来るモンちゃうぞ? どうせ旋一の事やから、 YOとかチェケラとか言っとけばラップになると思ってるんやろけど。 そんな事に付きあってる暇があったら、 帰って文化祭のために練習するわ」
図星を突かれた旋一は一瞬「う……」とたじろいだが、 すぐに立ち直ると、
「でも、 お前文化祭で演奏するんなら尚更やん? 舞台度胸付けられるで? な?」
と言った。
それを聞いた真が「そう言うなら、 まあ付きあってもええけど……」
と言うのを聞いた謙司は、
(真も陥落たか……)
と思った。
この旋一の人を乗せる上手さには、 謙司も感心する所があるのだった。
「最後に淳太朗」
と、 旋一は淳太朗がいた方向を指差した。
が、 貫太が、
「とっくに逃げよったぞ、 あいつ」
と言った。
「ああ、 あいつの大喜利力はラップでも活かせると思ったのに……」
と旋一は頭を抱えた。
「大喜利とラップって何か関係あんのか……」
と言いながら、 謙司はもう自分たちのラップの失敗を確信していた。
だが今の謙司には、 成功にしろ失敗にしろ、 このメンバーで何かやるという事自体が楽しく思えてもいたのだった。
「そんなら、 早速俺ら四人でラップやってみよっか」
旋一がそう言うと、 しばらくして真はスマホで動画サイトから探してきたビートを流し始めた。
「…………」
リズミカルな音楽が流れてくる……だけで、 誰の声も聞こえてはこない。
「……何で誰もラップせえへんねん」
真が音楽を止めると旋一が言った。
「しゃあないやろ。 俺らの中の誰もラップなんてやった事ないやろし」
貫太がそう言うと、 真が、
「まあ、 いきなり即興でやろうとしても無理あったな。 とりあえず皆で紙に詞を書いてみたら?」
と提案した。
ノートを破ると旋一は、
「なかなか思い付かんな……。 ええと……蓬ヶ丘生まれHIPHOP育ち……」などと書き始めたが、 「パクリはあかんぞ」と、 真がノートで旋一の頭を叩いた。
続いて謙司が「ラップの作り方から調べるか……」とスマホを手に取ったが真は、
「別に、 そんな難しく考えんでええと思うぞ?
普段の生活とか考えてる事をそのまま書いたら」
と言った。
「うーん……て言うかこのまま考えててもラチが開かん事ないか? 教室の利用時間も終わりそうやし」
と謙司が提案すると真も、
「そうやな、 それやったら家で詞を書いて来てまた明日ここに来るか?」
と同意した。
「何か、 デジャヴを感じんなこの流れ……」
と帰る支度をしながら貫太は謙司に言った。
「あのラジオドラマの時か……」
と謙司は思い出した。
そんな謙司に向かって、
「まあ、 そんな心配すんなや。 あの時も上手く行ったんやから、 今回もきっと上手く行くで」
と旋一は言った。
翌日。 各々が詞を書いてきた紙を見て、 真が言った。
「……うん。 まあ、 何とか形にはなってるんと違うか? 謙司は韻とか意識しすぎて堅くなってるし、 貫太はちょっとボキャブラリーが詩的すぎる気はするけど……」
「じゃあ、 俺は俺はー?」
と、 旋一が身を乗り出すようにして聞いた。
「お前が書いたんは……やたらYOとかバイブスとか使ってるだけで、 何言ってるんかよう分からんけど……まあ、 お前らしいんとちゃう? 」
旋一はその言葉に満足したように、
「よし、 そうと決まったんなら土曜日の本番に向けて、 バイブス上げて練習すんぞ」
と声を上げた。
そんな旋一をよそに、 真と謙司は、
「何かあいつ、 やたらバイブスばっか連呼してんな」
「たぶん、 新しく覚えたばっかの言葉使いたくて仕方ないんやろ……」
と言い合った……
とは言うものの、 いざ練習が始まると、 旋一の熱に煽られて三人は競い合うようにのめり込んでいった。
貫太と真だけではなく、 謙司も剣道を続けていただけあって根は負けず嫌いな所があるのである。
そして、 放課後「拠点」に集まって練習を繰り返しながらいよいよ土曜日を迎えたのだった。
旋一たち四人は、 彼らなりに考えた「お洒落な服装」をして件の公園に向かった。
旋一は「よっしゃ、 バイブス上げて行くぞ」などと言って他の三人を煽ったが、 そんな彼の目に飛び込んできたのはガタイの良い強面の男たち、 いかにもBボーイ風の黒人男性、 流暢にラップをするヒップホップファッションに身を包んだ若者たちだった。
そのレベルの高さに、 旋一以外の三人は「やっぱ、 ちょっと練習しただけの俺らが入っていけるモンちゃうかったわ……」と我に帰った。
それでも唯一、 「ええと……ええと……」と輪に入る機会を伺っていた旋一に、 主催者らしい男性が「君ら、高校生? 良かったら見学してく?」と明るく声を掛けた。
当然の流れのごとく、 「はい……」と従った旋一を見て、
「バイブス上げてクールに決めるんはどないなったんや……」
と小声で突っ込みながらも、 謙司は二学期もこの面々とこんな事を続けていけたら……いや、 こんな日々がずっと続いて行けばいいなと思っていた。
本当にこんな日々を永遠に続けて行けるはずなど無いことは、 彼自身にも分かっていたけれど。
(つづく)
「あのラジオドラマの時」→#14「僕らの声が繋がる時②」