079 プロローグ
第三章の始まりです。
よろしくお願いします。
俺は女神から「モテモテの人生が送れる」と言われて、この世界の男性と身体を交換した。
女神は嘘は言っていなかった。
ただ俺に伝えていなかっただけだ。
ここは男女比がぶっ壊れた世界だということを!
というわけで、俺は日本の東京特区に住んでいる。
特区は男性が安心して暮らせる場所ということで、国内に四つ存在している。
そこに日本中の男性が集まっている。
男女同数だった日本から来た俺からしたら、この社会はいびつだ。
特区に押し込められている男性も、特区に住めない大多数の女性も「それでいいのか?」と言いたくなってしまう。
たとえば特区は、その関係上、大小様々な規制が存在する。
とくに女性が多く集まるような場所は、ことのほか規制が厳しい。
スポーツ施設は多々あれど、スタジアムといった多くの観客を収容できるような建物は、特区に建築することができない。
そこへ男性が足を運べるはずがないからである。
そんな施設を特区に建てて、女性だけで楽しむのかということだ。
また、国を動かす施設――政治的な建物もまた、特区内につくることができない。
政治は一種の人気商売。特区に事務所を持つだけで、政治的アドバンテージを持ってしまう。
政治家の事務所が特区に乱立するのを防ぐため、一様に規制されている。
国会議事堂もギリギリ特区の外にあり、議員もみな特区外に住んでいる。
日本の政治を行う者は清廉潔白でなければならず、自ら進んで特区の外に住んでいるのである。
建前上は……。
「センセ、お久しゅうございます」
「おお、千尋くんか」
赤坂のとある料亭。
美しい庭園に囲まれた東屋の一室で、篠千尋は、代議士である榎早由と密会していた。
「センセもお変わりないようで、安心しましたわ。これでしたら、来年の総選挙も安泰ですわね」
「まあ、わたしはいつでも絶好調だよ。それより、随分と羽振りがよいと聞いたが」
「あら、センセ。どこでそんな噂を?」
「地元に帰ったときにな……いろいろと聞いたぞ」
榎衆議院議員の地元は京都である。
京都に住まう華族との繋がりはない。世間でも華族系議員とは目されていない。
だからといって、華族の影響を一切受けていないかといえば、そんなことはない。
たとえ華族系議員と敵対することはあろうとも……である。
「いやですわ、センセ。ちょっとした時候の挨拶ですよ」
「そうかね。中央府はよほど金がうなっていると見えるな」
特区は半ば自治領。独自の条例が多いため、通常の政治と区別されて考えられることが多い。
そのため、特区の政治や治安を担っている中央府は、国政や国家権力との結びつきが強い。
それでも、中央府中央局の職員が、京都の華族や地方議員とのつながりを求めるのはおかしい。
榎議員が当てこすったのは、篠が金をバラまいた件に対してだろう。
「おかげさまで、ネオ特区の用地使用や認可件に関しては、すべてうまくいきましたわ」
「そうかね。それは重畳」
「あとは、国政の方だけなのですけど」
「仮許可……だったな」
「はい。いまのままでしたら、ただのリゾート地。特例に特例を重ねても、第三者の侵入を排除できません」
「しかし、すぐ近くに大阪特区があり、ネオ特区はフェンスも一重、地下流通網もないのだよ」
「それは追い追い。まずは、政府より『仮』として認めてさえいただければ、十年以内に完璧に仕上げてみせますわ」
篠が中央府中央局で主任の地位に就いてから、密かに進めてきた用地選定。
「ここだ!」と睨んだ場所は、すでに他のリゾート会社が、大規模別荘地として半ば確保してしまっていた。
篠はあの手この手で相手を懐柔し、別荘地計画をネオ特区計画へと変貌させることに成功した。
ただし、政府肝いりで行われた特区計画と比べれば、規模ははるかに小さい。
本来、二重フェンスで守られるはずの出入りも、いまは一重のフェンスが敷いてあるのみ。
山林の用地買収は比較的容易に行われたが、それ以外はまだ半分以上手つかず。
ただしこれは仕方のないこと。行政主導の都市計画でもなければ、立ち退きなどできるはずもない。
それゆえ懸案もあった。
ネオ特区計画がスタートしたあとで、金を持った企業、団体、個人が土地を買い漁り、高額の退去費用を請求したり、『相応しくない』建物を建てたりする可能性があった。
それを事前に牽制するため、ネオ特区計画が公になった瞬間に、土地売買の禁止、建築許可制限を設けるつもりでいた。
その頼みの綱となるのが、国会議員である。
「あの場所は、地元住民の関心を呼んでいるらしいな。たびたび取材の者が入り込んでいるとか」
「記事はなんとか止めさせています。発表はもうすぐですから、その時にセンセのお力をお借りしたいと思います」
「発表は八月だったな」
「はい。地元の協力は得られました。障害はもう、ないものと思います」
「本当にそうかな?」
「……といいますと?」
「特区に住む者たちの力を甘く見てはならん。ネオ特区計画は、既存の特区構想に喧嘩を売るものだからな」
どのようにして国民にネオ特区計画を理解させるのか。
それは、既存の特区がすでに限界に来ているからと主張するつもりである。
「いまの特区は駄目だ。だから新しいのを!」となったとき、「自分たちのは古いのか!」と反発されるのは必至。
遅かれ早かれ、新特区と旧特区での対立が起こるはずである。
「そのご懸念、もっともですわ。そのため、ひとつだけ策を打っておきました」
「ほう?」
「特区の基礎部分に打撃を与える方法です」
「ふむ……公然と特区を敵に回すのは、頭の良いことではないぞ」
「いえ、狙うは外とのパイプです。外と中をつなぐパイプに切り込みを入れようと思います」
「大げさにならぬならよいが」
「大丈夫だと思いますわ。特区に住む者が被害を受けることになりますが、その不満は特区そのものに向かうことでしょう。センセ方には一切、そのようなことは」
「ふむ。それならば安心かな」
「はい。世間は関係ない話ですから」
「特区と世間は違うか。そりゃそうだ。ワッハッハッハ」
「ほほほほほ」
料亭の離れから、そんな笑い声が響いていた。
いつまでも、いつまでも。
「……帰ったか」
「はい。タクシーが出発するところまで見送りしました」
榎はひとつ頷くと、杯の中身を料理の中にぶちまけ、立ち上がった。
「我々も帰るか。表にタクシーを回してくれ」
「すでに呼んであります。それよりも、よろしかったのですか?」
秘書が探るような目を向けてくる。
「言質は取らせておらんよ。成功するかも分からんのだ、途中下車もありえるだろう?」
「その通りだと思います」
「特区は、党人系議員の畑中総理がかつて推進したものだ。知っているかね? かの御仁は、選挙演説中に畑や田んぼの中に入っていって、候補者と握手したそうだ」
「ズボンが汚れるのでは?」
「車に予備のズボンを何着も用意していたらしいぞ」
スカートよりもズボン姿の方が当選しやすいというジンクスがあるため、選挙期間中は、男性と同じような服装をする候補者が多い。
「選挙戦略としては有効かもしれませんが、非効率だと思います」
「本人はそういうことを考えていなかったかもしれんぞ。葬式に出くわせば遺族とともに泣き、祝い事があれば真っ先にかけつけて一緒に笑うお人だったようだ」
「葬儀に参列は選挙違反では?」
「当時はそういうのが許された時代だったのだ。……して彼女はどうだね? 五十年以上経って、特区を増やそうとしている。はたして畑中総理のようにうまくいくかな?」
「各方面への根回しは済んだと仰っていましたが」
「大事なのは、国民がついていくかだよ。当時は『あの人が言うなら』と多くの国民は納得したらしい」
「それはすごいですね。日本中に散っていた男性をたった四つの地区に集めるというのに」
「華があったんだろうね。いまでいうカリスマだ。この人の言うことになら従おうという気持ちにさせたのだろう。……ひるがえって、彼女はどうだね?」
「正直申しますと……私は嫌いです」
「同じ意見だ。他者を貶めて自分を上げる。そういう人間に、人はついていくだろうか。そしてなにやら、よからぬ策を弄したようではないか」
「少々心配です。先生が泥を被ることになっては……」
「その前に逃げ出すさ。何も確約はしていない。まあ、お手並み拝見といこうではないか。彼女に人を動かす力があるのか、それとも」
「はい。……あっ、タクシーが来たようです」
「話はここまでだ。車の中でしていい話題ではない」
「かしこまりました」
榎議員と秘書はそっとタクシーに乗り込んで、料亭を去った。




