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073 誕生日(5)

 映画はとても面白かった。

 主役の男性はしっかりと演技していたし、物語も引き込まれるものだった。


 男性の役者が少ないせいだろう。登場するのは女性ばかりだったが、それは仕方ない。

 そもそもこの世界では、どこを向いても女性しかいないのだから、もはや違和感がなくなってきた。


 逆によく男性をキャスティングできたなと思うほどだ。

 映画のスタッフから、撮影の苦労話など聞いてみたくなったほどだ。


 俺がニコニコしているのを見て、真琴たちがホッとしている。

「やっぱり、映画館に足を運ぶ男性は少ないのかな」


「待てばテレビでも放映するし、レンタルだってできるから、あえて映画館で観ようとする男性は少ないと思うわ」


「待てば観られるなら、それはそうか。だからこうして、貸し切りの映画館を見つけてくれたんだね。ありがとう、真琴、裕子、リエ」


「今日は少しでも、武人くんの思い出に残ればいいと思って……」

 嬉しいことを言ってくれる。


 ウルッときたところで、リエがセカンドバッグの中から小さな袋を取り出した。

「武人くん……あのね、これを受け取ってほしいんだ」


「……これは?」


 袋の中から、細長い箱が出てきた。

 きれいにラッピングされ、十字にリボンがかけられている。


 これは彼女らが用意した俺への誕生日プレゼントだろう。

 俺は「開けていい?」と三人に聞いた。


「うん、開けて。誕生日おめでとう、武人くん」

「16歳おめでとう」

「それね、みんなで選んだんだよ」


 中から出てきたのは腕時計。

 無骨なそれは、一般の時計と少しだけ違っている。


「これ……方位が分かるようになっているのか。あと……なんだろ」

 計器がいっぱいついている。


「日の出と日の入りの時刻が分かるんだよ」

「ああ、登山用の時計か」

 真琴たちが頷いた。


「武人くんが山に登りたいって言ったのを思い出したから」

 思い出したというか、ずっと覚えていたのだろう。


 この男女比が狂った世界では、男性はなかなか特区の外へ行きづらい。

 一人でレジャーなんて、もってのほかだ。


 この身体の持ち主は、それでもだれもいない場所へ行ってみたいと思っていた。

 つまり、いつか必要になるかもしれない俺の夢のために、真琴たちはこれを用意してくれたのか。


「ありがとう……この時計、大切にするよ」

 今日のデートは、彼女たちの「おもてなししたい」という気持ちがものすごく伝わってきた。


 レストランでの食事。

 高級すぎない絶妙なチョイスだったし、個室が確保されていて、落ち着いて食事をすることができた。


 映画館もそう。

 無難なデートプランと思うかもしれないが、この世界では映画を観にいくだけでも大変なのだ。


 それを考慮して、こうしてわざわざ小規模映画館を探してくれた。

 上映作品もよかったし、この時計もそう。


 映画のエンディングで贈られたのも時計。

 俺がもらったのも同じく時計だ。


 もしかすると、真琴たちはこの映画を観ていたか、あらすじを知っていたのかもしれない。

 聞いたところで絶対に教えてくれないが、そういう細やかな配慮をしてくれる三人だ。


 そして時計は登山用。

 俺の記憶にはないから、どこかでポロッと漏らした言葉だろう。


「山登りしたい」という俺の願いをずっと覚えていたのだ。


 実現するかどうかは分からない。

 それでも希望すればいつか叶うと信じて、この時計を選んでくれたのだと思う。


「真琴、裕子、リエ。俺は本当に幸せだよ」


「プレゼントはまだあるのよ」

 裕子がそんなことを言った。


 裕子が持ってきた荷物をガサガサやっているが、それには今日の舞踊で使ったものが入っているのではなかろうか。

 裕子は最初から大荷物を持っていたので、そうだと思っていたのだが……。


「これを武人くんにって思って……でもさすがに大変だったかな」

「……なに?」


 受け取ったのは、薄いボール紙でできた平べったい箱。

 賞状を入れる額縁のような形だ。その中に入っていたのは……。


「山の写真のパネル……? あれ? これって」

 見たことがある。本棚の写真集にあったやつだ。


 はじめて自分の部屋に戻ったとき、写真集を開いた。

 たしか、そこに載っていた写真の1枚だ。


 真琴たちはそれを印刷したのか……いや、違う。

「サイン? もしかして……写真家の?」

 裕子が頷いた。


「えっ、そんなことできるの?」

 もとの身体の俺が憧れた理由。それは、これが男性写真家の作品だったからだ。


 写真家となって世界を巡り、人々を魅了する写真を撮ってまわる。

 もとの俺からしたら、理想を現実にしたような人生だ。


「さすがにどこに住んでいるか、調べられなかったのだけど……なんとか、ね」

「裕子、相当無理しただろ」


「いや、そこまで無理ってほどじゃ。直接お願いしたわけじゃないし」

 裕子が慌てている。


 男性写真家のサインをもらってくるなんて、どれほど高難易度なミッションか。

 おそらく裕子は全力で調べたのだろう。それでも直接会うことは叶わなかった。


 だから、人づてに頼まざるを得なかったのだろう。

 この願いを叶えてもらうために、裕子はどれだけ有用なカードを切ったのか。


 無理をしていないはずがない。

 男性に脅しは使えないのだ。周囲の人に巨大な「貸し」をつくって、サインをしてもらったのではないだろうか。


 恐ろしいほどの実行力だ。

 もう裕子ではなく、普段から「さすゆう」と呼ぶべきか。


 ちょっと、予想外のプレゼント過ぎた。

 やばい。いろいろ考えていたら、涙腺が崩壊した。


「わっ!?」

「きゃっ!」

「あふ」


 俺はとっさに三人を抱きしめた。

 流れる涙を見せないために。


「ありがとう裕子。ありがとう真琴。ありがとうリエ。……俺は幸せ者だよ」

 涙がとめどなく、溢れてくる。


 俺の腕の中で、三人の体温が上昇する。

「ありがとう、本当に……ありがとう」


 俺は涙がおさまるまで、ずっと彼女たちを抱きしめていた。



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