043 いとこと宿題
女神の話を聞いて納得した。
やはり過去には、男性を巡った争いがあったのだ。
昔のことだ。他から奪ってでもと考えても不思議ではない。
男性の出生率が急激に下がれば、村社会など、容易に全滅してしまうのだから。
では現代ではどうだろうか。
だれかがSNSで「男がもっと産まれなくなるらしい」と呟いたとする。
しだいに様々な憶測が飛び交い、「国はなにもしてくれない」と言い出す者が必ず出てくる。
その声が大きくなれば、「あんな奴らに国を任せてられない」と言い出すことになる。
その時もし、男性がトロフィーのように扱われていたとしたらどうだろう。
欲望が肥大した女性たちは、「国の言うことなんか、ほっとけ」とばかりに、力尽くで男性を奪いに走るかもしれない。
男性の存在は、政権転覆の要因になりえるのだ。
それを防ぐにはどうしたらいいか。簡単だ。そういう考えに思い至らないよう、教育してしまえばいい。
男性に対して何かした場合の刑罰を厳しくすることで自重させる。
欲求を表に出させないことで、我慢を強いる。
親から子へと、何十年もそう教育すればいいのだ。
それがいびつなことだと気づかないまま……。
『適度にガス抜きもしていますしね』
特区への見学は自由だし、奉活も国策として行っている。たしかにガス抜きはしている。
別の世界から来た俺だけが「なんか変だ」と感じているだけで、彼女らはいまの社会が当然だと思っている。
「男性の数が少ないから、しかたないわよね」で納得しているのだ。
『というわけで、さきほど言っていた違和感の正体は、ソレだと思うのです』
「……ああ、そうか。納得できたかも」
女性が男性に対して何かした場合、やたら厳しい措置がくだるのは、男性を守るというより、自分たちの権力機構を守らせるための意味合いが強いのかもしれない。
俺は天を仰いだ。どうすればいいんだ、これ。
陽の光を受けた緑が、目にまぶしかった。
家に帰る途中、偶然萌ちゃんと一緒になったので、並んで歩く。
「どう? 勉強は大変?」
当たり障りのない会話を選んで話しかける。
というか、それくらいしか聞くものがない。
分かっていたけど、共通の話題がないのは辛い。
「少し……大変です」
意外にもそんな答えが返ってきた。
てっきり、大丈夫ですと答えると思っていたのだが。
「そうなの? じゃ、俺が教えてあげようか?」
さすがの俺でも、小学生の勉強くらい分かる……はずだ。はずだよな。
萌ちゃんからの返事はない。
これは嫌というより、遠慮しているのだろう。
「自分でやるのも大事だけど、分からないときは、人に聞いた方がいいんだ。新しい発見もあったりするしね」
なんだか偉そうなことを言っているが、事実だったりする。
俺の人生なんて、分からないことだらけなので、人に聞きまくった。
逆に自分で解釈して、悪い結果になったこともある。何事も得意、不得意はあるものだ。
身体を動かすのが得意な人もいれば、頭を使うのが得意な人もいる。
「そうですね。ではお願いしていいですか?」
「もちろんだよ」
これで少しは共通の話題ができるといいなと、そんな浅はかなことを考えていた。
「……浅はかだった」
「武人おにいちゃん、無理しなくていいと思うのです」
「うん、そうなんだけどね。なんか悔しいというか……」
普通に小学生の内容が分からなかった。
いまどきの小学生は、こんな難しいことをやっているのかと思うくらい難しい。
「面積図ってなに?」
「縦を人数にして、横を物の値段にするんです。そうすると面積が、買った物の総額になるんです」
「へー……」
なんのこっちゃ。
教えようと思ったら、小学生の萌ちゃんに教えられる始末。
年長者の威厳とか、そんなものを無視して、姉を頼ることにした。
「ちょっと、姉さんに聞いてくるね」
そう告げて、プリントを持って姉の部屋を訪れた。
「タケくんこれ……萌ちゃんの?」
「そう。わかんなくてさ」
「…………」
「どうしたの? 姉さんもやっぱり、分からない?」
「分かるけど、そういう問題じゃないのよ。これ、共学校で習う内容よね」
「……習ってないと思うけど?」
「そうじゃなくて、女子小学校から共学の中学校にあがるとき、習熟度確認試験があるのよ。その範囲で、こういうのが出てくるの」
「萌ちゃんって、いま女子小学校に通っているよね」
「ええ、通常はそのまま女子中学校に上がるはずで、共学の中学校に必要な勉強はしなくていいはずよ」
「じゃあ、共学を目指しているとか?」
「いくら目指したって、入れるところじゃないわよ。私はタケくんがいたから、同じ小学校に通えたけど、普通は親の仕事とかで振り分けがされるもの。いま女子小学校に通っているってことは、中学校も同じになるわ」
姉が言うには、共学の小学校に通っていたとしても、そのまま共学の中学校に上がれるわけではないらしい。
小学校よりも中学校の方が女子率が高いからだ。
女子小学校から、共学の中学校へ通える生徒は、ほとんどいない。
「いるとすれば、親の仕事や、周囲の状況が大きく変わったからね」
「どういうこと?」
「親が出世したとか、男の子を産んだとか、そういうよほどのことがあれば、可能だと思う」
「ふうん。じゃあ、美奈代さんが出世したんじゃない?」
「そうなのかな……でも共学へ通わせられるほど出世? このご時世に?」
たしかに女子が共学校へ進むのはかなり大変なはず。なぜ今年に入ってから、そんな準備をはじめたのだろう。
なにか、共学校へ通えるような転機でも訪れたのだろうか。
「まあ、それはいいとして、これ教えてくれる?」
「いいわよ、まず長方形を書いて……」
姉の教え方は……正直に言おう。分かりづらかった。
結局、萌ちゃんに教えながら、リアルタイムで裕子に聞いた。
萌ちゃんの宿題を終えた夕方。お礼がてら、裕子に電話した。
ついでに、今日の授業で分からなかった加速度について聞いてみた。
『加速度ね。そもそも、速さの考え方が難しいのよ。意味を理解しようとすると、微分はさけて通れないし……そうね。瞬間的な速さとそれにかかる力の関係が……』
いくら「さすゆう」でも、難しい内容を俺に分かるよう、かみ砕いて説明するのは大変なようだった。
『なぜそうなるのかに興味を持ったわけでしょ? 公式を丸暗記するよりも、その方が大切だと思うわ。ただテストのときに、意味を考えようとすると大変だから、理解と学校の勉強は分けて考えた方がいいと思うわ』
「そうすると、もやっとするんだよな」
俺の場合、昔から「これはこれ、それはそれ」みたいに割り切れないのだ。
『私でよければいくらでも教えるけど、授業中は無理だものね』
授業で引っかかるたびに裕子に頼るのは駄目だろう。
「なんとかするしかないか……そういえば、分数の割り算って難しいよな。あれはどう考えればいいんだ?」
『あー……割る数が割られる数のいくつ分になるかが割り算の意味だから、線分図を書くと分かるかな。本当は、整数の概念を分数に拡張できるかとか、線分図が連続であることを先に示しておかないといけないとかあるけど、考え方は難しくないわ』
「へえ。そうなんだ」
ためしに2÷1/3のことを聞いたら、2目盛り分の線分図が6等分された写真が送られてきた。
一番小さい目盛りが1/3で、全体がそれの6個分だかららしい。
うむ。たしかにこんなの、毎回の計算で使っていられない。
「なるほどな。なるべく、変なところで引っかからないように授業を受けるよ」
その方が精神安定上、よさそうだ。
『うん。分からないことがあったら、なんでも聞いてね』
「ありがとう。なるべく自力でやるけど、どうしても分からないときは頼むよ。今日はありがとうな」
俺は礼を言って、電話を切った。
あとで1/2÷1/3の線分図を自分で書いてみたが、よく分からなかった。




