396 ちょっとしたお願い
選挙運動が開始されたらしい。
世間は大いに盛り上がっているとニュースでやっていた。
俺にとってはまったく関係のない話。
それよりもっと関心の高いことはいっぱいある。
「さて、久しぶりの仮面雑談。二号さん、三号さん、準備はいいかな」
「準備はいいけど……一号くん、最近まで何してたの? 放課後はいつも、すぐに帰っていたよね」
三号こと淳が不思議がっている。
たしかに、これまで最低でも週に一回はやっていた雑談配信を最近はずっとやっていなかった。
夏休みの最後の方はイベントの後処理があったし、学校がはじまってからは毎日予定が詰まっていた。
淳とこうして話すのも、かなり久しぶりだったりする。
「そういえば三号さんはクラスが違うから、話してなかったな。実は最近、いろんな企業のパーティに参加していたんだ」
「えっ? そうなんだ? でもそれ、話していいの?」
「おう。もちろんだぜ。ちゃんと許可取ってるし」
パーティ会場で会った人たちから、俺のことを身近な人に話していいかと聞かれたので、もちろん許可した。
反対に、その人らとの会話を動画の中で話していいかと聞いておいたのだ。
どの相手も、満面の笑顔で「ぜひどうぞ」と言ってくれた。
つまりいまから話す内容はすべて、相手公認の話なのだ。
「意外だね。一号くん、あまりパーティとか好きじゃないと思っていたんだけど」
「おいしい料理も食べられたし、いろんな人と話ができたし、いい経験だったかな。ただ、一度のパーティで結構な人と話すから、疲れるんだよな」
平均すると一度のパーティで十五人くらいの人に声を掛けられる。
パーティに出席している時間は三時間ほどだから、十分に一人のペースで話をしている感じだ。
ちなみに三十分くらいは料理を食べているので、実質人と話しているのは二時間半ほどだと思う。
このパーティが一週間連続であったのだ。
「パーティでどんな話をしたの?」
「よく聞いてくれました。えーっと、だれだったかな……そうそうこの人。花田絹絵さんって人と話をしたんだけどさ」
俺が受け取った名刺は多い。
ただ、名刺に書かれている名前、顔、話した内容が一致しているのは、一つのパーティでも二、三人だと思う。
だいたいが忘れてしまった。
「ああ……なるほど花田先生ね。その人、与党の現職議員さんだよ」
「そんなこと言ってたな。花田さんと話したときにさ、男性って教育を受ける機会が限られてるって話をしたんだよ。他にも……この人、在郷秀美さん」
「野党の……華族系議員の人だよ。やっぱり現職。この人にも話したの?」
「おう。他にも何人かと同じ話をしたかな」
「一号くんが、男性の教育について話……」
二号こと香流が唖然と呟いている。そんなに俺のキャラと合わないか?
「特区の人が地方の授業を受けたり、その逆ができたらいいよねって話したんだよ」
「なんで突然、そんな話をしたの?」
「つい最近さ、俺が埼玉でイベントやったじゃん。後日、現地採用したアルバイトの人たちと打ち上げをしたんだよ。そんときいろいろ話してさ」
「やったのは宗谷くんだからね。一応言っておくけど」
「そうそう。いまここにいるのは一号だから」
「そうだったな……で、俺は勉強嫌いだけど、一般の男性ってさ、意識高いの多いじゃん」
「うん。医者や弁護士、公務員を目指す人は多いと思う」
「人数比からしたら、そういう職に就く人多いよね」
淳と香流が頷いた。
「でもさ、高校や大学って、行ける範囲がすげー少ないじゃん。逆に、特区の学校はレベルが高くて専門的なことを学べるけど、だれでも入れるわけじゃないだろ? そのギャップを解消したいって相談したんだ」
「そう……一号くんがそんなことを考えるとは思わなかった。それで、どうなったの?」
「花田さんがすごく俺の意見に賛同してくれてさ。俺、授業をオンライン化して、特区だけじゃなく、都会や地方の教育格差をなくしたらどうかって提案したんだ」
お金さえ払えば、だれでもさまざまな授業をオンラインで受けられる。
もちろんその学校の単位にはならないが、別段単位のために授業を受けるわけではないのだからいいだろう。
「それ、すごいことだけど、実現できるのかな」
淳が首を傾げている。
「教室の後ろにカメラがあるじゃん。あれ使えばいいわけだし、国がプラットホームを作って、各学校で授業をアップロードできたらいいんじゃないかって思ったんだ。それが実現できると、家にいながらにして、日本中の授業が受けられるわけじゃん。それを話したら花田さんが、党を上げて応援します。いやいっそ公約にしますって言ってくれたんだよ」
「それリップサービス?」
「でも選挙前に?」
「んでその話を在郷さんにしたらウチだって公約にすることくらいできますって言い切ってさ」
「…………」
「…………」
「いや~、嬉しかったね。特区と都会と地方の教育格差をなくすっていうの? そういうのに取り組んでくれるって言うんだよ」
授業をオンライン化することによって、地理的な垣根を取っ払えるわけだ。
「それって大学の話?」
「高校と大学。さすがに義務教育の小中はあまり変わらないだろうし。でも高校って、結構学校で特色あるじゃん」
この世界は、普通科の高校ですら結構授業内容に特色がある。
より専門性のあることを学ぶ学校も地方にはいくつもあるらしいので、そういう学校の授業を受けてみたい男性は結構いると思う。
「俺もいま会社やっているから、経営とかマーケティングとかの授業だったら受けてみたいかな」
勉強は好きじゃないが、そういうものだったら受けてみたいと思う。
「学校の授業を動画にするのか……メリットはあるのかな」
「人気が出るし、収入にもなるだろ。授業を受けてその学校に入学したいって思うかもしれないじゃん」
「そういう面はあるだろうね」
「あとこれは、男性、女性含めた日本の学生の学力向上にも役立つと思うんだよね」
授業の内容を秘匿するのではなく、一部でもいいから公開することによって、意識を高めたり、学力の向上につながったりすると思う。
そう思って提案したら、思いの外、好感触だった。
すべての授業を受けるにはその学校に入学しなければならないし、授業を全部受けても単位はもらえないが、授業の動画があれば、その分野に興味を持つ人が増える。
それによって、さまざまな教育の垣根が取っ払われると思うのだ。
それを公的な機関が行えば、華族などからの横やりも防げるだろう。
「話を聞けば聞くほど、意外だけど……いい案だと思うよ」
二号がうんうんと頷いている。
「だろ? 最終的にはサブスクにできたらいいなと思っているんだ。他にもさ、テーマについてグループ学習や、研究レポートができたり、グループディスカッションしたり、一緒に学んでいる仲間との交流ができるといいかな」
いま男性は、特区の中でしか生活していないせいか、特区の外についてあまり関心がない。
とくに学生のうちは、その傾向が顕著だ。
そもそも行ける学校が限られているため、特区の外に目を向けることはないのだ。
だが特区外の授業を受けられることで、特区の外へ目を向けることができるかもしれない。
特区では絶対にやっていない授業を受けることで、意識が変わったり、関心を持ったりするはずなのだ。
何しろ、世の男性はあまり外に出ず、家内で過ごすことが多いのだから、その時間を有効に使ってもらいたい。
そして学生のうちから外に目を向けていけば、また違った進路や考え方を持つようになるのではないか。
女性も変わり、男性も変われば、おのずと世の中が変わっていくんじゃないだろうか。俺はそう思った。




