037 中央駅西口
俺たちは、賭け試合の会場から逃げるようにして、脱出した。
「しかし、彼女たちは強かったし、対戦も面白かった。いい友達になれそうだったんだけど、残念だな」
あっけなく勝った試合もあるが、あれはそう見えるだけ。
実際にはフェイントや、高度な駆け引きがそこにはあった。
フィジカルで勝てたのは二、三試合。あとは相手の油断や知識不足で勝利をもぎ取った部分が大きい。
俺が男であることで、相手が全力を出し切れなかったところもあるだろう。
負けたあとも健闘をたたえ合い、清々しい態度だった。ラグビーでいうところのノーサイドだ。
高校時代にスポーツでならしたらしいので、俺と精神構造が似ているのかもしれない。
彼女たちは戦う場を求め、自然と集まり、競い合い、ここで技術を高めていったらしい。羨ましいことだ。
この世界、もてあますリビドーを発散する場がないのは問題だろう。
「そういえば、最後の方は動画とか撮影されていたけど、ネットにアップされたりするかな?」
アップされて困るわけではないが、青野さんたちに迷惑がかかる可能性もある。
「個人で楽しむ以外に使わないから大丈夫だと思う。過去にも賭け動画が上がっている動画はなかったし」
賭け事自体が非合法であるため、証拠となるようなものを公表するようなことはしないだろうと。
アップされても気づいた人がすぐに削除要請して、逆にアップした人が特定されて捕まって終わるんじゃないかと。
そういえば賭けるときのオッズも書かれていたが、ただの数字と言い逃れができるようになっていた。
ああいうアングラな世界だからこそルールがあり、連帯感があるのだろう。
しかし、中央駅付近は面白い。
遠野さんや青野さんと知り合えてよかった。
「じゃ、次はどこへ行こうか。ちょっと連戦で足腰がガクガクなんだけど」
「それでは私が西口を案内します。明るく、健全な電気街など、どうでしょう」
「明るく、健全な電気街か、いいね。人は大勢いる?」
「なるべく、そういうところを避けるようにします」
橋上さんは微笑んだ。
「じゃ、そこへ行こう。案内はお願いするよ」
清楚な外見をもつ彼女は、この中で一番の美人さんだ。だがその実、マンガやアニメをはじめとして、様々なサブカルに強い。
「ありがとうございます。では……男の人に免疫がない『お仲間』がいるところへ案内します」
そこが一番、変に近寄ってきたり、つきまとってきたりしない女性が多いらしい。
橋上さんに連れられて、西口方面へ向かう。
飲み屋街から今度は、倉庫街に移った。
しばらく歩くと、大きな看板が目に入るようになった。
「ここです」
ここは見事な電気街だ。赤いハッピを来た人が呼び込みをしている。呼び込み……?
道路での呼び込みは、道路交通法違反ではなかろうか。
「怪しそうな店だけど、大丈夫?」
またしても菊家さんが不安がっている。
「大丈夫です。あれは、店員がたまたま外の空気を吸いたくなって道に出てきただけですから」
「フリーダムな店員だな」
まあ、そういう名目なんだろうけど。
「通行人に声かけしているようにも見えますが、愛社精神がありすぎて、社名を叫ばずにはいられないのです」
「フリーダムな店員だなっ!」
入ってみると、中は意外と普通だった。
冷蔵庫や洗濯機といった白物家電が、セールの文字とともに並んでいる。
「こちらですわ」
うふふと、橋上さんがひそやかに笑って、俺たちを上の階に促す。橋上さん、少しキャラが入ってないか?
細い階段を上がると、状況は一変していた。
ゲームソフトやそれに類する本、フィギュアなどがガラスケースに陳列され、タペストリーが壁に飾られていた。
「ちょっと、橋上さん!?」
菊家さんが慌てて、橋上さんの腕を引っ張る。
「あら、なんでしょうか?」
「ここ、男性を連れてきちゃだめでしょ。何を考えているの!」
「そうでしたか?」
すっとぼけているが、ここに並んでいる商品はすべて女性向けだ。
つまり、パッケージに描かれているのは男性。
ゲームはまだいい。全年齢対象なのだろう。
学生服姿や、軍服、着物姿など、男性がみても、カッコイイと思えるものばかり。
だが、少し奥にいくと様相が変わってくる。
とくに壁掛け用のタペストリーには、諸肌脱いだ男性が描かれていた。
肩と鎖骨が露出し、上目遣いがなんとも色っぽい。
もちろん、女性がそう感じる色っぽさで、俺はピクリともしないが。
まあ、ここはフォローしておこう。
「はじめて来たけど、すごいところだね」
「そう言っていただけると思いましたわ。ここは女の欲を財布の中身と交換する場所ですの」
「なるほどね。じっくり見て回りたいところだけど、他のお客さんの迷惑になるみたいだから、今日は止めておこう」
実は俺がここにいるだけで、他の客が硬直しているのだ。
もとの世界でも、エロコーナーに女性が堂々と入ってきたら、男性諸氏は背中を向けるのではなかろうか。
「残念ですわ。あそこの抱き枕カバーなど、絶品ですので」
「上半身裸は、難易度が高いね。でも俺の方がもっといい身体してるかな」
「それはぜひ……(ごくり)」
橋上さんが素で生唾を飲み込んだ。
(ごくり)
(ごくり)
後ろから聞こえる二人分は、菊家さんと遠野さんかな。
青野さんはというと……菊家さんに抱きついて、顔をうずめている。刺激が強すぎるようだ。
ここで「あちー」とか言って、胸元のボタンを外したら、どうなるんだろうか。
いや、やらないけど。
「なあ、抱き枕カバーの下にある値札。あれ、値段間違えてないか? 携帯ゲーム機が一台買えそうなんだけど」
有名絵師の作品かなにかだろうか。
「限定生産品ですね」
「限定?」
「はい、再販なしの完全限定品です。ゲームの発売に合わせて小ロットだけ作製されたものです。では、上へ参りましょう。お連れしたい場所はそこですので」
よく分からないけど、そういう世界らしい。
狭い階段をさらに上がると、今度はオーディオ機器が並んでいるフロアに出た。音とか映像にこだわりのない俺でも分かる。
「ここにあるの、すごく高いモノなんじゃないの?」
「そういうものが多いですね。普通のものでしたら、一階にありますので」
ここには、マニアも納得するものが置いてあるらしい。
彼女はなぜ俺をここに連れてきたのだろうか。
オーディオ機器の奥には、撮影する機材もある。映像処理に使うのだろうか。
パソコンのソフトなども置いてある。
「宗谷くんをここへ連れてきた理由は、これです」
橋上さんは、その中のある一角を指し示した。




