034 中央駅
中央駅は女の欲が詰まった町であると同時に、あらゆるものが揃う場所らしい。
いったいどんな場所なんだか。
「ここは女を磨くところなんだぜ。まっ、雑誌の受け売りなんだけどさ」
遠野さんが自慢げに言う。
この世界で発売されている雑誌は、女性向けのものばかり。
これについては、仕方ない面もある。
昔は男性向けの雑誌もあったようだが、情報の新しさではネットに及ばず、かといって深く掘り下げようにも、そもそも売れる数が少ない。
男性向け雑誌は休刊や廃刊が相次ぎ、ネットが普及すると、ほとんど店頭から姿を消してしまったらしい。
かわりに男性向けの情報を発信する一般女性が、ネットの中にゴロゴロいるらしく、情報取得は問題ないのだとか。
彼女たちは、どんなニッチな分野でも「男が興味持ちそう」というだけで専門家となり、情報発信役を担っているという。もちろん無料で利用できて、サイトには広告も載っていないという。
完全無料で広告なしの男性向けサイト。そりゃ、商業誌が敵わないわけだ。
あらためて考えると、業が深い気がする。
現実もネットの世界も、男性に対して犯罪まがいの内容は、捕まるとかなりヤバいらしいので、内容は結構大人しいようだが。
中央駅の改札を出ると、目の前に駅ビルの入口が見えた。
先頭を歩いていた遠野さんが、こっちを振り返った。
「ここから駅ビルに入れるし、地下街へも行けるけど、今日はいいよな」
「地下か……たしか、『セントラル地下街』っていうんだよな」
「ああ、上階は人が多いし、地下街の中にはお上品じゃない店もあったりするから、あまりオススメはしないな。予算の少ないあたしなんかはよく利用するけど、最初に行くところじゃないな」
「だったら、遠野さんオススメの場所を案内してもらおうかな」
町の下に張り巡らされた地下街にも興味あるが、それは次回でもいい。
「よし、まかせとけって」
駅を出て、一旦東へ向かう。
「あれ? この辺りは、町の雰囲気が落ち着いている?」
風俗店の多い歌舞伎町のような町を想像していたが、ビジネスマンが闊歩する新橋のような感じだ。
「あっちにでっかいビルが見えるだろ。あれは中央府の治安維持局の建物なんだけど、あれのせいで、この辺は結構、規制が厳しいんだ」
特区には特区のルールがある。『特区条例』というやつだ。
それを守らせるのが治安維持局の職員で、特区内限定で捜査、拘束、逮捕の権限を有している。
やっていることは警察に近いが、銃を所持しているわけではないし、取り調べの権限もない。
捕まえたあとは、期日以内に警察に引き渡すことが義務づけられている。
アメリカの保安官制度が一番近いだろうか。
中央府の所属で、警察の手伝いもすれば、独自に動くこともある。
特区の行政は中央府がすべて担っているので、その下で治安維持のサービスを提供しているというのが、一般的な認識ではなかろうか。
「繁華街の近くに治安維持局の建物があるのか。もちろん、わざとなんだろうな」
「すぐに駆けつけられるようにだろうぜ。あと、巡回しやすい? つぅわけで、ここら一帯はとくに大人しいわけだ」
そう説明しつつ、遠野さんは細い路地へ入っていく。
「で、いまはどこに向かってるんだ?」
「あたしの馴染みの店……もうすぐだぜ」
このあたりは、古い建物が多い。
遠野さんが、「あれ、あれだよ」と指し示した先に現れたのは、重厚な扉が特徴の古い店だった。
だが、看板が出ていない。
「怪しそうなんだけど、大丈夫なの?」
「一見さんお断りの店で、ネット通販がメインなんだわ」
「なるほど……住所が特区だと、それもありよね」
菊家さんが納得している。店舗の所在地を特区にしていると、信用度が違うのだろう。
「こんちゃー」
遠野さんが、躊躇わずに扉を開けて中に入っていった。俺たちも続く。
「あら、彩乃ちゃんじゃない。またきたの?」
「ずいぶんな挨拶だな、マダム・セラ。ちゃんと商品も持ってきたぜ」
「それはありがたいけど……後ろの連れは、何なのかしら」
四十代と思われるやや化粧の濃い女性が、俺たちに目を向けた。
「高校の班なんだ」
「そういえば、共学校に行くっていってたわね。でも男がウチの店にくるなんて、珍しいこと。一年ぶりくらいかしら」
「逆に、こんなところへ一年に一人、男が来るのか? 無理やり引っ張ってきたんじゃないのか?」
「あら、言うわね。これでも、界隈じゃ、ちょっとは有名なのよ」
「あの……宗谷武人といいます。伊月高校で、遠野さんにはお世話になっています。それで……ここは何の店なんですか?」
薄暗い店内には、所狭しと天井付近まで古着が並べられている。
トルコやインドだと、このような陳列は普通らしいが、なんというか圧迫感がある。
「ウチ? ウチは見ての通り、古着屋よ。他にもオリジナルの商品を扱っているの」
「そうだぜ。つぅわけでマダム、これを頼むわ」
遠野さんは、鎖からアクセサリをいくつか外し、カウンターに並べた。
「ひぃ、ふう……六つね。それじゃ写真を撮るから、預かり証はスマホに送ればいい?」
「ああ、それでいいぜ」
遠野さんが身につけていたアクセサリは自作らしい。ここで代理販売を頼んでいるようだ。
「そのアクセサリ、ぜんぶ手作りなのか。器用だな」
「こういうので小遣いの足しにしないと、頻繁に来られないからな」
アクセサリが売れると、手数料を引いた金額が遠野さんの口座に振り込まれる。
特区にある店が売る工業製品ではない一品物のアクセサリだ。そして特区のネームバリューは絶大。
遠野さんが自分で売るよりも早く、また高く売れるらしい。
遠野さんが身につけていたアクセサリが半分ほどなくなり、残った鎖がシャラシャラと揺れる。
「そういえば彩乃ちゃん。最近、党人会が治安維持局に出入りしているらしいわよ。アタシも何度か見かけたから、アンタも気をつけなさい」
「党人会?」
店主は、遠野さんに忠告したようだが、記憶を探っても思い当たる名称がなかった。
「党人会かあ……あたしもよく知らないけど、特区の規制とか? そんなのを考える団体みたいだぜ」
「へえ? 危険なの?」
「おカタイ連中だから、あたしみたいな外見の者が特区にいるのが嫌なんだよ。それが治安維持局と一緒にいると……」
「見つかったら、捕まるとか?」
「さすがにそれはないと思うけど……ないよな、マダム」
「さあ、彩乃ちゃんじゃ、分からないわね」
「そりゃないぜ」
「……冗談はおいといて、治安維持局は制服を着てるからすぐに分かるわ。党人会はそれはないから、バッジでしか判断できないの。もし党人会とモメたら、治安維持局はアタシたちの味方なんか、しちゃくれないでしょうね。拘束されて、特区出入り禁止になっても驚かないわ。最近、見かけなくなった外の客もいるし、そういうことよ」
「党人会と治安維持局がつるむってか? おとり捜査みたいで、結構悪質だな」
「注意していれば防げると思うけど、頭に血がのぼるとどうなるか分からないものね。とにかく近寄らない方がいいわよ」
「分かった。けど、なんでまた今頃?」
「さあ……党人会は治安や風紀の乱れを憎んでいるでしょ。時期なんて関係ないんじゃないの。アンタみたいな派手な外見してると、真っ先に目を付けられるから、本当に気をつけるのよ」
「そうだな、せいぜい気をつけるよ」
遠野さんはそう言ったが、たしかに気になる。
あとで裕子に聞いておこうと、密かに思うのだった。




