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286 ポスター販売(2)

 ○とある会社員の場合


 仕事中、私宛の荷物が配達ポストに届いたとメッセージが入った。

「ついに……きたか」


 中身は言わずもがな。

 毎日、指折り数えて待っていたのだから。


 いつもは、定時を過ぎてから本格的な作業に入るのだが、この日だけは違う。

 秒針がゼロを指した瞬間、私はオフィスを飛び出した。


「これがそうなのね……」

 配達ポストで受け取った筒状の荷物。この場で開封したくなる衝動を意志の力で抑え込み、私は早足で家路を急いだ。


 高鳴る胸の鼓動は、家に着くまで止むことはなかった。

(しかし、複数セット購入できないなんて……)


 転売対策だろう。

 クレジットカードと紐づけたアカウントでしか、予約できなかった。


 しかも同一人物が複数のクレジットカードで注文しても、住所が被ると、あとから予約した分は取り消されたらしい。

 つまり母子や姉妹で一セットずつ買うという方法は、できない仕様になっていた。


(保存用も欲しかったのになぁ……)

 すでにポスターを入れるパネルは購入済みだ。


 直射日光さえ当てなければ、そうそう劣化はしないだろうが、予備のためにもう一セット欲しいところである。

 十六歳の男の子のポスターなんて、ここ十数年、発売されたという記憶はない。


 数十年前のポスターは、何十万円というプレミア価格で取り引きされている。

 それだけ、ポスターなど、印刷物として残るものは貴重なのだ。


 今回、買えなかった人たちは、どんな気持ちになるのだろう。

 情報弱者だった自分を呪うのか、それとも……。


「怖い、怖い……」

 着替えも適当に、荷物を開封する。


 丸められたポスターが、ビニールに包まれた状態で出てきた。

 私はもちろん、全種類購入している。


 上から一枚取り出し、ゆっくりと広げていく。

「これが……」


 オオオォォ……と声が漏れた。

 両手が震える。十六歳男子の美麗なポスターが尊い、尊いのだ。


「目が潰れるかと思った……」

 眩しいのに、目が離せなかった。


 女性は、本能で男性を求めてしまう。

 それが自然な行為なのだと、偉い人が本で書いていたが、まさにそれ。


「私はこれを求めていたのだわ……」

 この出会いは、運命ではなかろうか。


 一枚目のポスターを丁寧にパネルに入れる。

 それを壁に立てかけて、二枚目を広げた。


「これもいい……」

 どこぞの評論家が、あまりに感動すると、ときに語彙力が馬鹿になると言っていたが、なるほどと思う。


 至高、または最上のものを表現するとき、言語は大して役に立たないのだ。

 二枚目のポスターをパネルに入れて、これも壁に立てかける。


「……ん?」

 大きめの洋封筒がポスターの間に挟まれていた。


「なにこれ? ショップのお礼文かしら」

 洋封筒の表面に文字が印刷されている。


「えーっと、なになに……このたびは、セットでのお買い上げありがとうございます」



 このたびは、セットでのお買い上げありがとうございます。

 ささやかではございますが、秘密の写真をプレゼントします。

 これは、セット購入者限定の生写真です。

 ほんとうにありがとうございました。(武人)


 洋封筒の中から写真を取り出した瞬間、全身が震えた。

「オオオォォ……」


「オオオォォ……」

「オオオォォ……」


 語彙力がまったく仕事をしなくなった。





 ○とある入院患者の場合


佐津石(さついし)さん、荷物が届きましたよ」

「あっ、先生。ありがとうございます」


 病室のベッドの上で受け取ったのは、長い筒状の荷物。

 きっとあれだ。わたしが購入したポスターが入っているのだ。


(そうか、もう発売日になったんだ……)

 代わり映えのない毎日だと、日にちの感覚が失せてくる。


 もっと先だと思っていたが、どうやらいつの間にか、発売されていたらしい。


「佐津石さん、調子はどうですか?」

「まだ身体がダルいですね。はやくベッドから起き上がれるようになればいいんですけど」


 十代の頃から入退院を繰り返して、わたしはもうすぐ30歳。

 いまでは一年の三分の一くらい、病室で天井を眺めている。


 自分の体調を整えることで精一杯。

 子供なんて持てるはずもなく、生涯、一人の子すら育てることなく、わたしは生を終えるだろう。


 無理して産んでも、その子が不幸になるだけだと思う。

 残念だが、子孫を残すことは諦めた。


「佐津石さん、あせらず、じっくりと治していきましょう。……ところでその荷物、なんですか?」

「先生も見ていきます? 入院中ヒマだったので、ずっと動画を視聴していたんです」


「そういえば、いつも熱心に見ていましたよね。その関係ですか?」

「ええ、動画配信者の男の子が、自分のポスターを販売してくれたんです」


 私は筒の中からポスターを取りだし、先生に広げて見せる。

「佐津石さん、これは……」


「すごいでしょ、先生。この男の子、どんな女性にも、いつも優しいんですよ」

 とにかく入院中は、やることがない。


 時間だけは有り余っていたわたしは、動画を次々と視聴していくうちに、彼のことを知った。

 特区には、こんな格好いい男の子がいるのかと呆けてしまった。


 それでいて、地方在住の女性にも心を配ってくれる優しい性根の持ち主であることを知った。

 まるで創作の世界から飛び出してきたような男性だが、これは現実。


 まさか実在の人物が、創作の上をいくとは思わなかった。

「ポスター貼りますか? 壁を傷つけない粘着テープ持ってますよ」


「先生、いいんですか? ぜひ貼りたいです!」

 長期入院している子のメンタルケアのためだろう。病室を飾っている子は結構いる。


 わたしは殺風景な南側の壁を眺めた。

 ここに彼のポスターを貼れば、毎日目覚めと同時に見ることができる。


「ポスターくらいいいですよ。貼っている人は結構いますしね。では、取ってきます」

 先生は行ってしまった。


 地方都市は、そのコミュニティの中で社会が完結してしまっている。

 特区の中の話など、夢物語と同じ意味を持つ。


 だからだろうか、動画を視聴していても、あまり実感が湧いてこなかった。

 ポスター販売も、興味はあったものの、どこか現実離れしていた。


「本物ってことよね……分かっていたけど」

 このポスターの被写体は実在する。


 電車で半日も揺られれば到着するところに住んでいるのだ。

「粘着テープ持ってきましたよ。どこに貼ります?」


「先生、ありがとうございます。この南側の壁に貼りたいです」

 先生と一緒に貼ったポスターは、わたしの希望となった。


 このまま入退院を繰り返しながら朽ちていく人生に、ハリと目標ができたのだ。

 いつかきっと、一度でもいい。このポスターの男性に生で会ってみたい。


 地方を巡ると言っていたので、その時は絶対に病気を治して、会いに行くのだ。

 わたしはポスターと一緒に写った写真をSNSに投稿した。


 写真の中のわたしは、久しぶりの笑顔だった。



今回は、名もない地方の人に焦点を当ててみました。

ある意味、一番待ち望んでいた人たちだったと思うので、最初に載せてみたかったのです。


さて、本日よりしばらく書籍情報を各話の最下部に載せることにしました。

このまま下までスクロールすると書籍の表紙絵がご覧いただけます。


もうすぐ発売となりますので、しばらくの間、載せさせてください。

同時連載の『一炊の夢』もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >その時は絶対に病気を治して、会いに行くのだ。(中略)写真の中のわたしは、久しぶりの笑顔だった。 最高です。 [気になる点] たまには胸をもむサービス回をお願いします。 [一言] 最近知…
[良い点] 面白くて、また読み返しています。 最後の一文でまた泣いてしまった。 [一言] ありがとうございます。
[気になる点] ポスターについてですが 『ここ十数年、発売されたという記憶はない。』 『数十年前のポスターは、何十万円というプレミア価格で取り引きされている。』 とあるのは統一しなくて大丈夫でしょうか…
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