022 女性が好む町
授業中、俺の前に座る遠野彩乃さんの様子が少しおかしい。
身体が小刻みに揺れたかと思うと、足でステップを踏み出す。
椅子に座ったままでだ。
おそらく、流行の音楽を『脳内』で再生しているのだろう。
いつか教師に注意されると思うのだが、本人はノリノリだ。
「ちょっと遠野さん、集中できないんだけど」
休み時間、菊家さんが苦言を呈した。まあ、言いたいことは分かる。
「ごめん、気になった? 早く曲を覚えたくて、一晩中聞いていたら、頭の奥でリフレインされてんだよね」
「そりゃ気になるわよ。入学早々、気が触れたのかと思って、お見舞いには何色の花を持っていこうか、考えていたくらいだもの」
なかなかに辛辣だ。菊家さんの場合、本気で言っているのが分かるだけに、よけいそう思う。
まあ、授業中ずっとクネクネしていた遠野さんに非があるだろうが。
「周りに迷惑かけてないと思ってたんだけどさあ」
タハハと遠野さんは頭をかく。
「ただでさえ男子のいる班は注目されるんだし、気をつけてね」
「そうだったな。……まあ、気をつけるわ」
「班員の役割、忘れないでね」
菊家さんはチラっと俺の方を見た。
班決めが終わったあと、俺は帰ったが、彼女たちは担任に呼ばれた。
中学でもあったが、男子と同じ班になった女子には、特別な話があるのだ。
男子が安心して過ごせるよう、レクチャーがあるのだ。
他の女子をガードするためにフォーメーションを組んだり、呼び出しがあったときに代わりに向かったりと、すべきことを事細かく理解させるのである。
特区外の彼女たちはおそらくはじめての経験だろう。
覚えるだけでも、相当大変だったに違いない。
「菊家さん、俺のことは気にしなくていいよ。それより遠野さんは、音楽も好きなのかな?」
話しかけたのが意外だったのか、少しビクッとしてから、周囲を憚る声で答えた。
「音楽は大好きだよ。いまあたしがハマってる曲、まだ特区の中には入ってないと思うけど、絶対流行ると思うんだ」
「……?」
俺が首をかしげていると、遠野さんは説明してくれた。
なんでも、特区内で流行ったものが特区外へ出ていくのが普通らしい。
特区外で流行ったものが特区内で流行ると、お墨付きを得たということになるようだ。
するともう一度、特区外へ逆輸入されるらしい。
「いくら特区外で流行っても、中で受け入れられなければ主流にはなれないっていうのかな。田舎だけでしか流行らなかった徒花として扱われるんだよ」
いいものならば、中とか外とか関係ないと思えるが、そうでもないらしい。
「特区内で流行らないと、いいものだと認められないわけか」
「そう。あたしも将来、何かのインフルエンサーになりたいんだ。そのために、面倒な手続きをしてでも、ずっと特区に通い詰めたんだし」
「そういえば、特区の外から観光で入ってくるには、かなり面倒な手続きが必要なんだよね」
「いまは学生証ひとつで中に入れるからいいけど、中学んときは、申請書類をいちいち提出してたんだよ。身分証のコピーも毎回貼り付けて……ああ、あれがなくなっただけで、どれだけ楽になったか」
遠野さんがこの学校に受かったのも、「一念岩をも通す」というやつだろう。
「インフルエンサーになるっていうと、ファッション関係?」
「それが一番かな。デザイナー志望だけど、最近は服も3Dで立体成型するんだけど、あたし、そういうの弱くてさ……」
昔は型紙を描いていたらしいが、いまは3DCGのマネキンに服を着せると、ボタン一つで型紙が出来上がるらしい。
こういった機械化が進んでいるのが、この世界の特徴だ。
「そうなんだ……あれ? でも特区内にそんな流行の最先端の店ってあったっけ?」
山と緑しか記憶にない。
「最先端というとあそこでしょうけど、男性はあまり行かないかもしれませんね」
「菊家さんも知っているの?」
「ええ、中央駅周辺がそうですね」
「中央駅っていうと……ああ、そういうことか。母さんや姉さんがたまに買い物に行っているかも」
中央駅は女性のための繁華街という認識がある。
治安の面で不安があるので、小学生のときは「行ってはいけない場所」と言われていた。
路線図が「進入禁止」のマークとするならば、横棒の真ん中に中央駅があると考えればいい。
「特区に店が出せるのは、その業界でトップスリーにはいるものだけですから、必然、流行の最先端をいくんでしょうね」
それはすごい話だ。
数ある服飾店の中でも、トップスリーしか店が出せない。
それだけ厳選されているのだろう。
「あそこは上品な店から、やや下品な店までなんでも一流店が揃ってるんだぜ。あたしは大好きだよ」
「特区外の人なら、あそこで買い物するのは憧れですものね」
「袋も店ごとに特注だったりするから、普段でも使いまわせるしな」
遠野さんと菊家さんは正反対な見た目をしているわりに、意見が合っている。
「面白そうだね。だったら、俺も一度行ってみたいな」
俺がそう言うと、遠野さんと菊家さんがギョッとした。
「宗谷くん……特区外から来る人はたいていあそこを目指すもので……ひ、ひとりは危険……かも」
「あたしもそう思う。歩いてる若い男って、ほぼいないし」
「そうなの?」
そういえば母も姉も、俺を誘ってあそこに出かけたことはない。
女性専用っていうなら、もとの世界の歌舞伎町みたいなものなのか?
「私たちが勧めたってことになると……」
「ああ、やばいかも?」
なんだか、ひどく恐れている。
電車ですぐのところへ行くのに、やばいも何もないと思うが。
「だったら、一緒に行ってくれる?」
「「ええっ!?」」
「そうだ次の休み……は、予定が入っているから、その次の休みなんかどう? 菊家さんは空いている?」
「え、ええ……」
「遠野さんは?」
「大丈夫だけど……」
「じゃ、キマリだね。二人と出かけられるのか。楽しみだなあ」
うん、楽しみだ。
上機嫌な俺をよそに、菊家さんと遠野さんは、目線で会話し合っていた。
「こういうとき、どうするんだっけ?」(ボソッ)
「困ったときは、班員で情報共有よ」(ボソッ)




