021 いい笑顔の姉
コンビニに寄ってから、女神のところへ行った。
「女神、ご在宅?」
『なんですか、その投げやりな敬語はっ! どうせ、頭に「ご」でもつけとけばいいやと思っているんでしょう。というか、ここは自宅ですか? わたしの家なんですか? チャイムを鳴らしたら、わたしが出てくると思ってるんですか? ご近所づきあいで、回覧板とかまわしてると思ってます?』
「いやだって、よく分からないし。ほらっ、それよりこれ。きんつばと道明寺買ってきたんだ。どっちがいい?」
『わたしは祟り神なんですから、もうちょっと敬うとかですね、きんつばをいただきます。手に取ったときの重量がいいんですよね」
「きんつばね。今日は飲み物もあるよ。はい、『濃い煎茶』」
『ありがとう(もぐもぐ)ございます。ちゃんと(もぐもぐ)覚えていたのですね』
怒りはおさまったのか。というか、もう口に入れてる。
「そりゃ、覚えてるよ。昨日の今日だし」
『そういえば、毎日来るだなんて、わたしと会えないと寂しいんですか?』
女神がニマニマしながら、こっちを見ている。小豆の皮が口の端についているが、言わないでおこう。
「そうじゃなくて」
『でしたら、緊張して女子とまともに喋れなかったとか? あげくにデュフフなんて変な笑いをしちゃったりして』
「だしてないから、そんな笑い声。というか女子の方が俺より緊張してたんでうまく話せたよ。それより今日、班決めがあって、みんなに自己紹介文を書いてもらったんだけど……」
『自己紹介文? なにか問題でもありました?』
「うん、ちょっとあったかな。特区外の女子の社会的地位の低さと、特区の女子の家柄信仰というのかな。それがよく分からなくて」
『……なるほど、記憶にもあると思いますけど、ここへ来たということは、記憶にあるもの以外を知りたいと?』
「そういうことかな。たとえば、同じクラスメイトでも特区女子が上で、特区外女子が下なんだよね。特区外女子は、その格差を受け入れている……」
今回、彼女たちの自己紹介文を読んだが、まるで身分制度があるかのように書いている人もいた。
この身体の持ち主は、そういうことにあまり興味がなかったらしく、残っている記憶も少ない。
クラスの中に身分制度。普通なら笑い出してしまうところだが、おそらくそれは正しいのだろう。
なにしろ、だれもそれに異を唱えないのだから。
『昨日はこの世界の歴史についてお話しましたね。今日は……そうですね。もしいま、とある男性が特区に住む「何の力もない女性」とお付き合いしたと仮定します』
「うん、よくあることだよね」
たまたま男性が見初めた相手が、そのような境遇だったなんて、どこにでも転がっている話だ。
『女性は……中堅の会社で働いているとしましょう。その男性に好意を持つ女性が他にもいます。当然ですね。権力を持った女性がその男性を手に入れるため、自身が持っている力を使ったりすると思いますか?』
「うーん……権力のことだよね。使うかな。使わずに意中の相手をずっと見守っているかといえば、そんなことはないと思う」
『そうですね。権力を使うといっても裏から気づかれず、しかも合法な手段を採るとします。女性が特区外へ転勤、もしくは解雇ってこともあるかもしれません。男性は特区の外へついていけません。万難を排してお付き合いを続けるか、それとも別れるかは分かりませんが、かなり厳しい選択を迫られます。つまり、何の力もない女性とお付き合いしたことで、お互い不幸になる可能性が出てきました』
「そうだね。女性が不幸になれば、男性もそうなるかもしれない」
『残念ながら現代では、このようなことが往々にしておこりえます。女性は男性を守る力がない場合、本人のみならず、男性をも不幸にすることがありえるのです』
もちろん、いつも必ずというわけではないと、女神は言った。
だが可能性が10%でも20%でもあれば、それはかなり大きなリスクだ。
「だから相手の女性には、家柄が重要だと?」
『女性本人でなくてもいいのです。その親、親戚、所属している会社でも何でもいいです。庇護してくれる存在がバックにいるだけで、リスクは格段に減ります。横槍をはねのけてくれる存在が味方であれば、安心して男性とお付き合いできるのです』
逆に、後ろ盾がまったくない女性と一緒になると、自分の身にも不幸が降りかかるわけか。
平安時代の権謀術数みたいだな。
後ろ盾のない皇子が源姓を賜って、女性遍歴を重ねた絵巻があった気がする。
「つまり女性を選ぶ際、後ろ盾があった方がいいってこと?」
『まあ、ほぼ必須ではないでしょうか。もちろん、男性本人に強い味方がいれば関係ないですけど』
「なるほど……」
淳はたしか、親の職業で班員を決めたと言っていた。後ろ盾のある女子を選んだのだろう。
『特区の中でさえそうなのですから、まして特区外ならばなおさらです。力がないから外に住むのですから、自分が下と思うのは当然のことですよね』
「人は平等だと俺が言ったら?」
『冗談がお上手ですね、と返されると思います』
「まじか」
今日、家で彼女たちの自己紹介文をじっくり読もうと思っている。
けど、その前に分かってしまった。
彼女たちは悪意なく、学校内で序列をつくっているのだ。
特区外の女子は、それを当然と受け止めている。
そう、彼女たちに悪意はないのだ。
この世界においては、その考えが普通なのだから。
『疑問は氷解しましたか?』
「うん、ありがとう。時間をかけてゆっくり考えてみるよ」
『そうですね。それがいいと思います。……あっ、次に来るときは、フルーツでもいいですよ』
「たしかにお供えものとしては、果物は定番か」
スイカやブドウ、柿などが仏壇に供えられているのを見たことがある。
俺は「分かった」と言って、女神のもとを辞した。
ふと思い立って、もう一度コンビニに寄り、「たこやき」を買って帰った。
「萌ちゃん、咲ちゃん、おみやげだよ。おにいちゃんと一緒に食べよう」
イトコの二人をたこやきで釣った。
「学校はどう? 男子はいないんだよね。寂しくない?」
二人は特区の女子小学校に通っている。ヒエラルキーとしては、特区在住の中では下層に位置しているといえる。
それで寂しくないのだろうか。
「はい、楽しいです」
「寂しくありません」
元気のよい答えが返ってきた。
本当に寂しくないのだろうか。これだけだと本心なのか、我慢しているのか分からない。
「よし今度、三人で出かけようか?」
二人の動きがピタッと止まった。萌ちゃんの爪楊枝の先から、たこやきがポタリと落ちたが、萌ちゃんは気づかない。
「いいのですか?」
「もちろんだとも。それと勉強もみてあげようか。俺も小学生のときは姉さんによく勉強をみてもらったし」
笑いかけると、二人とも口を半開きにして頷いてくれた。
俺の予想だけど、社会のヒエラルキーは、大人だけでなく子供たちにも及んでいる。
下層に位置する者ほど、より多くの我慢を強いられるのだ。
「よし、おにいちゃんのたこやきも食べていいぞ」
「「ありがとうございます」」
二人の純粋な笑顔をはじめて見た気がした。
「ただいま。あっ、二人とも来てたんだ……ん? この匂いは」
姉が帰ってきた。そして姉の分のたこやきを買い忘れた。
「へえ、萌ちゃんと咲ちゃんは、タケくんにたこやきを買ってきてもらったんだ? よかったね~、おいしかったんだ~、へ~、よかったね~、ふ~ん……」
型を貼り付けたような姉の笑顔をはじめて見た気がした。
今度は絶対に、姉の分も忘れずに買ってこようと思う。




