177 徳操会
学校の昼休み。
ヒマを持て余した俺は、一人でスマートフォンをいじっていた。
伊月高校では携帯電話やスマートフォンの持ち込みが終日許可されている。
俺からすれば、スマートフォンなど電話のできるゲーム機と変わらない。
ネットに繋がっているから、パソコンの代用にもなる。
なにか確認したいときなどは便利だが、常時ゲームができるのはよくない。
遊びに熱中するあまり、授業に身が入らない人もいるだろう。
自己責任といえばそれまでだが、ネット中毒やゲーム中毒は大人だって発症するものだ。
それにSNSを通してのイジメやトラブルだってある。NOイジメ、NOトラブルだ。
そういえば以前、橋上さんが「宗谷様のお写真を一枚、必要になりまして」と許可を求めにきた。
聞いてみると、SNSでどうしても必要になったらしい。イジメかと思ったが、なんでも部屋の鍵がどうたら。
あれはなんだったのだろうか。まあいい。
あらゆるものに興味のある普通の高校生だからこそ、誘惑に弱いのではなかろうか。
「スマホは制限してもよさそうな……いや、反面教師として、あえて許可しているのか?」
自制心のない生徒が近くにいたら、自分は気をつけようと思ったりできるし。
周囲を見回すと、やはり何人かの生徒がスマホの画面を食い入るように見ている。チャット画面を開いているのか、動画か映画でも視聴しているのだろう。
「そういえば俺の動画、どこまでアップされたっけな」
橋上さんたちは、編集が終わったものから定期的にアップロードしている。
自分の動画なので、なるべく毎日確認するようにしているが、忙しいとついチェックを忘れる。
動画は、視聴数だけでなく、コメントもできるだけ目を通すようにしている。
俺は思う。視聴者のことを知るには、コメント欄が一番ではなかろうかと。
それに班員から企画が上がってくることがあるが、たまには俺から提案してもいいだろう。そのとき頼りになるのがコメントだ。
最新の動画を視聴したあと、コメント欄に目を通した。
「……ん?」
アップロード日時は、今日の朝8時になっている。おそらく予約投稿だろう。
再生数は五万ほど。まずまずの視聴数だ。コメントは300とちょっと。
批判的な意見がちらほら見受けられる。
またそれの返信で、視聴者同士でバトルしているのもある。
「レスバってやつか? でも、なんで?」
ネガティブコメント。略してネガコメと言われるものが投下されているが、なんとなく似たり寄ったりの文言。
動画の内容とは直接関係ないコメントで、それなりの長文。何というか、定型文を貼り付けたように見える。
要約すると、「男性の一般的な行動としてありえない」「認められない」「削除すべき」といった内容になる。
わざわざ動画を見に来て文句を言ってるのだが、正直、意味が分からない。
「宗谷くん、どうしたの?」
「ああ、淳か。……なんかさ、俺の動画に変なコメントがついてるんだ」
スマートフォンを見せると、「ああ……それね」と納得した表情を浮かべる。
「淳、知ってるのか?」
「この紋切り型の口調は、徳操会の人たちだよね。昔からいるよ。最近はネットで活動しているから、知ってる人も多いと思うけど」
どうやら有名な組織? 団体? 集団? らしい。
「その徳操会ってのは、なんなんだ?」
「えとね、室町時代にあった考え方を尊ぶ人たちかな。『会』ってついているけど、そういう思想をもった女性の集まりなんだ」
「ふうん……?」
よく分からない。
徳操という言葉は、「固く守って変わることのない道徳心」を意味するらしい。
そんな言葉があるなんて知らなかった。
淳によると、室町から戦国時代頃にあった考え方。「男性は、女性に庇護される存在である」というのを信奉しているらしい。
「それって、華族たちの考え方だよな」
「ちょっと違うかな。室町時代頃の話だけど、男の子が生まれると、村とか一族単位で匿ったらしいんだよね。外に出さないで育てていたみたい。大昔って、情報の伝達が未発達でしょ。それに村なんてほとんどがみな親戚だったわけだし」
一致団結して、権力者の女性から男性を隠していたようだ。
当然、日中は村の外を歩かせないなどしていたようで、男性の行動範囲はかなり制限される。
「そんな古いしきたり、今さら持ち出してどうするんだ?」
「徳操会の思想に共感している人たちは、華族が男性を占有するのにも反対だし、男性が自分の意見を述べるのも反対なんだ。女性に対して従順であることこそ、男性の真の姿だって思っている感じだね。芸能界にいる男性がよく攻撃のターゲットにされているよ」
自分とまったく関係ない男性にも、自分が思っている男性像を押しつける。
思った行動から外れると、非難の対象となるらしい。なんて横暴な。
自分たちが正しい。それ以外は間違っていると本気で考えている人たちらしく、議論にならないのだとか。
変な人たちに目をつけられたねと、淳は同情的だった。
放課後、菊家さんに、徳操会について意見を聞いてみた。
すると菊家さんは、堪えきれないようにため息をつくと「ごめんなさい。できるだけ目に触れないようにはしていたんだけど」と謝られた。
どうやら夏休み頃から、ネガコメはポツポツと出現していたらしい。
菊家さんたちは、それを見つけたそばから一つずつ消去していたようだ。
「ミュートで対応していたのですけど、コメント連投したりするので、ブロックユーザーリストにも入れていたんです。ただ、最近は人が増えてきて……」
DoTubeには、コメントミュート機能があり、ミュート指定するとそのアカウントのコメントは、一般には見られなくなる。
コメントを三回ミュートすると自動的にブロックユーザーリスト入りするらしく、ある程度平穏が保たれていたらしい。
ただ最近は、新規ユーザーが増えてきていて、ネガコメを書き込む人が増えていったという。
炎上とは違うが、これも多くの女性に注目されてきた証しだろう。
「俺が知らないうちにコメントを消してくれていたのか。ありがとうね、菊家さん」
「いえ……それに条令もありますから、一般の人はそれほど過激な投稿はできません。ただ、怖いものなしな人もいますから、注意は必要なんですけど」
「なるほどねえ……これって、わざわざネガコメしに来ているんだよね。ヒマだよねえ」
菊家さんはすぐに対処しますと言ったが、俺はそれを押しとどめた。
「放っておくと、コメント欄が荒れるし、いいことないと思いますけど?」
「うん。それはそうだけど、どうせなら炎上させてみようかと思って」
「炎上ですか? 止めた方が……」
菊家さんが信じられないものを見たような顔をした。
「このままだと、いたちごっこでしょ。だからさ、コメントの削除はいいや。放っておくようにみんなに言っといてくれる?」
「はい、それはいいですけど……炎上が」
もとの世界だと、炎上商法があるくらいで珍しくなかったけど、こっちだと違うのだろうか。
いまのところ、炎上して困ることは、俺にはない。
そもそもコメント欄がいくら荒れようが、俺にダメージはないのだ。
一般の視聴者が嫌がるだろうし、早めに対処するつもりでいるが、この程度の「いやがらせ」なんて、俺のメンタルからしたら、そよ風でしかない。
「大丈夫だって。だから、みんなにもコメントは削除しないように伝えてね」
淳は変なのに目をつけられたと言っていたが、さてそれはどうだろうか。




