166 裕子のアドバイス
生徒募集パンフレットのモデルになることを母に話した。
「タケちゃんの好きにしていいんじゃない」と軽い調子で言われた。
軽い調子で言われたので拍子抜けだが、これは信頼してくれたと考えておこう。
姉も賛成。「記念になるわね。絶対に買わなきゃ」と鼻息荒くしていた。
家族の同意は得た。本来ならこれで終わりだが、念のため、裕子に確認しておきたい。
俺にとって「さすゆう」のアドバイスは金言なのだ。
その日のうちに裕子に電話した。
裕子は賛成。今後のことを考えたら、積極的に活用していいだろうと。
「さすゆう」のお墨付きを得たのは大きい。
「ありがとう、裕子。また相談に乗ってくれ……」
『うん……だったら……そうね。今度の休み、少し話さない?』
「……裕子?」
『この前、武人くんが話していたこと……あれについて考えたことがあるの』
俺は裕子にだけ、「あること」を伝えていた。伝えたというか、相談していた。
俺は真琴やリエ、そして裕子たちと一緒にいたい。これからもずっと一緒にいたい。
だが、この男女比が狂った社会では、俺や俺たちだけ幸せになるのが難しい。
俺たちだけ「社会から切り離された生活」をすれば叶うだろう。
だが、そうもいかないし、そんな幸せは意味がない。
するとどうだ。俺たちの周囲では女性が我慢……いや、男性も我慢を強いられ続けるのだ
とても息苦しい社会がこれからもずっと続く。
「ちょっと買い物に行こう」
男性は、こんな軽い言葉すら言えないのだ。
食事やレジャーに出かければどうなるか。簡単に想像できる。
実は夏休みに、真琴たちをプールに誘ったら、全力で止められた。
世の中にはいろんな人がいる。『逮捕上等』で迫ってくる女性だっているのだと力説された。
同様に、一人で特区外へ出るのも止めたほうがいいとも言われた。
特区の外は本当にどんな女性がいるか分からない。
好奇心だけで無謀な行為は慎むようにと、真顔で言われたのだ。
自由に行きたいとこへも行けない。これはストレスが溜まる。
残りの人生、俺は周囲の女性の目を気にしながら生きるのか?
それは嫌だ。なんとかしたい。なんとか社会を変えたい。
俺は裕子にそう相談した。
彼女が「話したい」というのは、そのことだろう。
「いいよ。じゃあ次の休み、数寄屋造りの家の方で話そうか。あそこならゆっくりできるし」
俺がそう言うと、裕子は電話口で『ハァ……』と、ため息をついていた。
紅家からもらった数寄屋造りの家は、学校がはじまったあとでも、たびたび利用している。
土曜日の昼過ぎ、裕子がやってきた。
「おじゃましま……す」
「いらっしゃい、裕子。時間ピッタリだね」
白の帽子とキャミソールワンピース姿の裕子は、ここまで歩いてきたのだろう。
残暑厳しい九月ということもあり、うっすらと汗をかいていた。
「武人くん……電話で言おうかと思ったのだけどね。あまり無防備に女性と二人っきりで会うと、襲われるわよ」
「えっ!?」
「その様子じゃ、気づいてなかったようね……ハァ」
裕子は「どうしてこう、無防備になっちゃったのかしら」と嘆いている。
……が、先程の「えっ!?」は、「えっ!? いいの?」だったりする。
襲ってくれるなら、もちろん大歓迎だ。
こっちから襲いたいくらいだが、それをすると真琴やリエを含めた関係が微妙になってしまう。
万一フラれたら事だし、真琴たちとの関係を壊したくない。
「……とりあえず玄関口だと目立つから上がるわね」
「あ、ああ……」
ヒールを脱いで、裕子は家の中に入っていった。
裕子は台所に向かうと、手際よくアイスコーヒーを淹れ、二人して縁側で庭を見ながら座る。
「この前、武人くんから相談された件だけど……」
「男も女も自由になる社会、俺たちが幸せになるには、どうしたらいいかだよな」
「そう。西欧の社会に注目したのは、いい着眼点だと思うわ」
「……えっと、ローテション運動だっけ?」
「リベレーション運動ね。ただ、日本と違ってヨーロッパの国々には、独自に花開いた文化と歴史があるから、そのまま日本に当てはめるのは難しいと思うの」
「歴史が違うってやつだよな」
ヨーロッパ史観とアメリカ史観というやつだ。日本は市民革命がなかったので、男性の解放運動はおきていない。
「ええ、だから日本でパラダイムシフトをおこすには、日本独自のやり方で、根本から変えていく必要があると思うの」
「なるほど……それで、どうしたらいい?」
「変革を一人で成し遂げるなら、カリスマが必要よ。絶対的なカリスマで社会を変革するの」
「うーん……俺には無理かなぁ」
どちらかというと、カリスマはない方に自信がある。
「私はそんなことないと思うけど、これは茨の道ね。大変だし、苦しいし、道が険しいわ。そのかわり、先駆者として道を切り開ける」
「なるほど。他の方法は?」
「先導者としてまとめ役をする形もあるわ。自分が動かなくても、周りがその意を汲んでやってくれるのが理想ね」
「それもちょっと難しそう……かな?」
「ぜんぜんそんなことないと思うけど、あとは伝道者として、情報を発信しつづけるだけ。あとは勝手に追従者がやってくれるって方法もあるわね」
「ほうほう、まだそっちの方ができそうかな。好きなこと、やりたいことを突っ走っていって、それに賛同する人たちと一緒に進んでいく感じならできると思う」
ゲームの配信動画でもやったが、同じ趣味を持った人たちを集めて、その先頭に立つのはできそうだ。
「そうね。自分がしたいと思うことをして、それがブームとなるのが理想ね。そして武人くんなら、それができると思う」
裕子に相談したときはまだ固まってなかった未来だが、確率の女神と話したときにあった『男性の解放』。それを実現できるようなブームを作ってみたい。作れるだろうか?
「なあ裕子。もし、男性の意識を変えるとしたら、どうすればいいと思う? ほらっ、女性より男性の方が圧倒的に数が少ないだろ? だから、男性をターゲットにしてもいいかなと思うんだ」
「男性を……? その場合、何らかの会をつくったら、入ってくれる人がいるんじゃないかしら」
世の中には、さまざまな会が存在するが、女性がリーダーとなって主催するものに男性が入ることはあまりないらしい。
社会のあり方を考えれば、それは納得できる。
男性が主催している会。それも男性が運営している場合、男性の入会率が高いという。
ただし、実質的に女性が動いているのが分かった場合、あとで退会が続出するらしい。
「男性による男性のための会か。おもしろそうだな」
「できるか分からないけど、そういうのがあれば、入ってくれる男性はいると思うわ」
女性色を極限まで排除すれば入ってくれるだろうが、だれがそんなのを運営するのかということになるらしい。
たとえはじめたとしても、途中から女性に丸投げして、結局空中分解するのがオチだろうと。
「男性だけでしっかりと運営できればいいのか」
難易度的にどうなんだろう。
「もしできれば……そうね、まったく新しい日本史観というのもが誕生するんじゃないかしら」
ヨーロッパ史観やアメリカ史観ではなく、日本史観か。
だが、女性色を排除し、男性だけで企画、運営まで行うのは……この世界では難易度が高い気がする。
「なるほどな……おもしろそうだからという理由で気軽にはじめると、大変なことになりそうだ。ありがとう裕子。だんだん分かってきたよ」
さすが裕子。打てば響くように、俺の疑問に答えてくれる。
俺は裕子の両手を握りしめた。
裕子は真っ赤になって固まってしまった。やはり縁側だと暑かったのだろうか。




