017 お出かけの約束
家に帰り、真琴たちのグループに『いま帰宅した』とメッセージを送った。
この世界にも、チャット風のSNSが存在している。
名前は『カイトメッセンジャー』。
カイトは凧だ。海にいる蛸の方ではない。
カイトメッセンジャーは凧の伝送者を意味していて、ネットを『海』ではなく『空』にたとえているところがおもしろい。
中学のときに真琴、リエ、裕子の三人とメッセンジャー内のグループをつくり、解散させないまま残っている。
俺がメッセージを送ると、すぐに『おかえり』の返信が届きはじめた。
すぐに『入学式はどうだった?』『クラスの雰囲気は?』『怖くなかった?』『問題おきてない?』などと、こちらを心配する文面が流れてきた。
俺は苦笑して「同じクラスの男子とは親しくなれそう」と返した。
『そう? 無理してない?』とは真琴。
リエは『ボクは大丈夫だって言ったんだ。だけど、マコもユウも聞かないから』と書いてきた。
裕子は『安心したわ』とだけ。
だが裕子は、同じ学校へ行けなかった負い目から、一番心配していたと思われる。
それから俺を除いた三人で、ワイワイと会話が続く。
話の内容を目で追っていると、俺がいない間に立てた入学後のプランについてあーだこーだと言い合っていた。
ローテーションで毎朝迎えに来るだとか、放課後は三人で迎えに行くなど、もとの世界なら「俺は小学校の低学年か」と思われるやり取りが続いていた。
この春休みの間に、相当心配をかけていたようなので、黙って成り行きを見守るが、一人で登下校できるのだと強く言いたい。
というか絶対に噂になるから、登下校の送り迎えは、止めていただこう。
「そもそも、そんなことしていたら毎日遅刻するよな」
それでも三人は、送り迎えを続けそうな気がする。
三人の会話が一段落したので、すかさず「みんなに会いたくなったし、次の休みにどこか出かけない?」と打つと、なぜか返信が止まった。
既読表示はついているので、見ていないはずはないのだが、なぜ一斉に黙り込むのだろう。
しばらく待っていると、『東地区の噴水公園がいい』と返事がきた。
どうやら裏で話し合っていたようで、三人とも同じ意見らしい。
俺が住んでいるのは東地区だから、噴水公園はすぐ近くにあるはずだ。
記憶を探ると、小学生のときに「歩き遠足」で行っているのが分かった。
普通出かけるといえば、ゲームセンターやショッピングモール、それに映画、喫茶店、レストランなどの商業施設が思い浮かぶ。
公園を指定してくるとは思わなかったが、これは彼女らの配慮だろう。
俺を女性の多い人混みに連れて行かない方がいいと考えたのだ。
『ありがとう。じゃ、そこにしよう。当日は、だれがお弁当を作ってくれるのかな?』
ちょっと悪戯心を出してそう書き込んだら、また返信が滞った。
しかも今度は……かなり長い。
俺は『お弁当、楽しみだなあ』とさらに煽っておいた。
モテるというのは、こういうことなのかもしれない。
夜、居間でテレビを見ていると、母からメッセージがきた。
仕事で遅くなるので、戸締まりをきちんとして、明日に備えなさいとのことだった。
やはり昨日、母は無理をして早退したのだろう。
特区内で働くのは本当に大変だと思う。
姉は勉強すると言って、部屋に入ってしまった。
姉は今年大学受験。猛勉強中なのだ。
高校と違って、男子大は存在しない。共学か女子大のみなのだ。
そのため、大学に通う男子学生は、強制的に奉活をせざるを得ない状況に追い込まれる。
それはいいとして、姉が特区内に住めるのは、俺の家族だからだ。
特区は、男性がストレスなく暮らせるように設計されていて、その一環として家族は無条件で特区内に住むことができる。
ただし、成人女性は仕事をもってなくてはならず、未成年者は大学に通っている必要がある。
つまり、いくら男性の身内だからと言って、ニートは住むことができない。
高卒後に就職した場合、女性は成人した一個人として扱われる。
そのため、特区内に住めなくなることもありえる。
姉は特区内の女子大に進むための準備に必死になっているのはそのためだ。
ちなみに男子が通う共学へなぜ行かないかといえば、倍率がものすごいことになっているからである。
男性比率の多いいくつかの大学では、倍率が数百倍となっており、それこそ全国からそこを目指して人が集まってくるのである。
姉も「さすがにあれは無理だわ」と苦笑いしていた。
男子の場合は状況が違っていて、希望すればだいたいどこの大学でも入ることができる。
やる気があるのに、学力が不足しているからといって、その道を閉ざしてはならないというのが、受け入れる側の言い分だ。
学力が不足しているのならば、入学させない方がいいのではなかろうか。
まあ、教師や医者、カウンセラーなどへ進む男性がいないと、男性の心のケアをする者がいなくなってしまうため、そういった意味でもやる気のある者は、積極的に採用したいのかもしれない。
「そういえば、噴水公園……小学校の遠足以来だし、少し調べてみるか」
スマートフォンで検索をかけると、すぐに出てきた。
パッと読んだ限りだが、噴水公園はそれなりに広い施設だった。
公園内に植物園があり、他にも特設ステージでは、季節ごとのイベントが頻繁に行われているとあった。
ここの公園の維持費は特区に集まる税金から出ているらしい。
植物園の入場料だけでは、足らないのだろう。
もとの世界には無料の動物園があった気がする。
もっともこういった維持費のかかる施設を持つというのは、それなりに行政がお金を持っていないとできないかもしれない。
「タケくん、何を調べているの?」
勉強中の姉が、二階からおりてきた。
「今度、中学の班のメンバーと噴水公園に行くことになって、どうだったかなって」
「懐かしいわね。行って遊んでお弁当を食べて帰ってくるだけなのに、すごく楽しかったわ」
姉が遠い目をしている。
たしか姉にも仲の良い男子がいて、一度家に招待したことがある。
噴水公園の話題はそのときはじめて聞いたはずだ。おそらくそれを思い出しているのだろう。
「本当に……あの頃はよかったなぁ……」
さらに遠い目をするので、俺は姉を放っておいて、スマートフォンで噴水公園の項目を読みはじめた。




