やっぱ叩かるっとは痛かね
暑い夏、入道雲が遠い空を支配するような日だった。青年は暑苦しいなか葬儀の喪服姿で歩いていた。顔は少々やつれた顔は下を向きフラフラと進んでいく姿はそこだけ影が濃くかんじる。夏の日差しと陽炎が立ち込める中だとホラー映画のワンシーンのようだ。
「ただいま」
青年は誰も居ない自宅に戻ると空調を入れて喪服姿のままベッドに横になる。
「……」
男は疲れていた、今年に入って自分以外の家族は死んだり、怪我をしたり、入院したり…一昨日は親戚が死んでその手伝いに精を出していた所で今日で手伝いは終わった。だが、明日からは介護福祉士としての仕事が待っている。
事情を知った職場は彼を介護休暇やら有休を使って休ませていたが家の貯金が底を尽き働かねば成らなかった、稼がなければ母の入院費も払えなくなる。
それに加えて彼は長男だ。彼の家系は元々武家で家の敷地は無駄に広い、しかし先祖の浪費癖と借金のせいで残ったのは家だけ、築90年の家の維持費を考えると家計は更に圧迫されるだろう。
不幸は続くとは言うが…
「ふっ…まぁボチボチやらんばんね…」
自らの不幸を嗤いながら彼は泥のように眠ってしまう、介護福祉士は体力勝負だ。それを自覚している彼は直ぐに眠れた自身の体に感謝した。
…その日の熊本は最高気温を更新、昼を過ぎたとはいえ部屋の中は蒸風呂に近い。
エアコンを付けて室温は少し下がったが…節約の為にタイマーを短めに設定したのが彼の最期の不幸。
室温はみるみるうちに上昇し厚着の青年から容赦なく水分を奪っていく。
しかし疲労で死んだように眠っている彼は死ぬまでその事に気付かない。
家族の為に尽力した青年は喪服のまま過労、脱水及び熱中症により死亡。
彼が苦しまずに逝けたのは今年一番の幸運だったのかも知れない。
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あの日、眠りから目覚めて彼の生活は一変した。
意識が戻ると森の中で一糸も纏わず立っていると外国語を話す欧州風の男達に捕らえられ訳も分からないまま至る所を連れ回された。彼は何となく自分は売り買いされていると理解した。
最初彼も逃げようと考えていたが最初に売られた時に諦めた。
「ほお?これは…」
「おぉ!お目が高い!私も長年この商売を続けていますが初めて見る種類でして、現在問い合わせていますが恐らく新種で御座います。…もしも新種なら私共も値段を改めねばありませんねぇ?」
「ククッ。そうか、買うなら今のうちか…ガアァァア!」
獅子頭の大男が叫び彼は檻の中で跳ね上がる。
そう、獅子頭であった。彼も最初は被り物かと思っていたが口腔内に並んだ牙を見れば本物であるとしか思えなくなった。
こら…一人っじゃあ生きていけん…
言葉も世界の事も何も理解していない今はまだ巻かれていくしかない。それが彼の決断だった。
それから数年、何度か持ち主が変わり今彼は幾つもの剣を向けられていた。
「この化物がっ!」
「囲め囲め!」
…またね……
六人の山賊風の男達に囲まれ彼は内心溜め息をつきながら自分の足を切りつけようとする男達を迎え撃つ。
全方位からの同時攻撃だったが両腕を振り回すだけで簡単にあしらえた。
「クソまたか!」
「素手なのに槍持ちと戦ってるみたいだ!」
話しとる暇があっとなら動け。
彼は心でぼやくと軽く跳んで男達の頭上を飛び越え、着地と同時に一番近くにいた男の首に手刀をいれる。死なないように優しく。
手刀を受けた男は「くそぅ」と悪態を付きながら前から倒れこんだ。
「ニック!」
だけん動けて?
「がっ!」
「ぎっあ!?」
「ぐえ!」
動揺している男達の額にデコピンを放つ、デコピンとは言っても爆竹のような破裂音が響き男達の意識は簡単に刈り取られた。もし意識があったとしてもヘルムを装備していない限り戦意は大きく削がれる。
男達を倒し終わった直後、馬で土を巻き上げながら全身鎧を着込んた一団が彼の元にやってくる。
彼はすかさず片膝をつき頭を垂れる。
その一団は彼の前で止まると先頭を走っていた小太りの男がヘルムを投げ棄て取り出した鞭で彼の頭を叩く。
「こんな所で何を遊んでいる!私に恥をかかせるな!」
パン!パン!と音を出しながら右に左と馬上から鞭を振り回す。
鞭を振るっているのは今日の彼の上司である。
「既に馬車は先に向かった!守るべきもから離れた挙げ句に遊び呆けるとは…!我らと同じ場で存在するすらお前は感謝するべき所を仇で返しおって!」
お前んが俺に殿ばにせいって言っとったとば忘れたっか?そも俺一人っで…大変だったんばい?
頭に走る痛みと上司に対するストレスを感じながら上司が満足するまで付き合う。
「…チッ!訓練は終了だ。体を浄めて檻に戻れ…獣が……お前たちも何時まで寝ている!さっさと戻るぞ!」
一通り鬱憤を晴らした小太りの男は棄てたヘルムを近くの部下に拾いに向かわせると一団を率いて馬で走る。
彼は姿が上司の姿が見えなくなると下げた頭を上げて立ち上がる。
「うおっ…やっぱデケェなあいつ…」
「馬に騎乗しても見下ろされそうだな…」
「あいつ…カンナだっけ?何て言う種族だ?」
立ち上がった彼を見て山賊役の兵士たちは彼に痛め付けられた場所を擦りながら帰投用の馬車に乗り込んでいく。
…多分、長身男じゃなかかい?
感無は兵士達の会話を聞き流しながら声の出ない口でそう返答した。




