第49話 浄土
目を開けると、真っ白な世界が広がっていた。
雲の中にいるような、ぼんやりとした白い世界。
平山はあたりを見渡すが、誰もいない。そして何もない世界だ。新しいガイドの姿も見えなかった。
だが、気分は悪くなかった。
不安もなく、恐れもなく、焦りや何かしらのプレッシャーも感じることもない。
安らかな気持ちになれる、不思議な世界だった。
平山はただ、その白い世界を歩いていた。
全てが白いため、比較になるようなものもない。その世界は、例えるならば無だった。
歩き続けているうち、何人かの人物とすれちがうようになる。人々は霧の中から現れ、そして消えてゆく。
古今東西、様々な人種、服装をした男女だった。時間と共に、人の数が増え、消えない人々も多くなっている。
平山は、向かい合いチェスのようなゲームをしている二人の男に目を奪わた。
一人は髷を結った日本人で、サルのような風貌。もう一人は白人の彫り深い顔立ちで、左右の眼の色が違っている男だった。
「さすがに強いなあ。またワシの負けじゃ」
「いやいや、今の勝負はあぶなかった。まぐれ勝ちだな」
二人は平山にも理解できる言語で語り合っている。
勝負事を終えた二人は、楽しそうに互いの戦術を褒め合っていた。
穏やかな世界だと感じていた平山の耳に、怒声が聞こえた。
「そんなことでは人間は救えない。やはり苦しみというものを乗り越えねばならない」
「愛だよ愛。すべては愛でなんとかなるもんさ」
振り向くと、スキンヘッドの老人と髭面の中年男が、白熱した議論を交わしていた。
大きな声を張り上げてはいるが、敵意は全く感じられない。二人とも、ただ必至に考え、意見を伝え合うのみだった。
「ここが、上位世界。どんな気分だい?」
気がつくと、新しいガイドが現れていた。
「なんだか、ほっとする世界だな。それでいて、楽しい気もする」
「この上位世界にくれば、欲望の大部分は薄れてしまうんだ。それがイヤだと、普通の夢の世界へと戻ってしまう人も多いけど、君はどうする?」
「しばらく、過ごしてみようかな。また、次に離脱したときも、この世界へ来れるんだね?」
「ああ、来れるさ。今日のところはもう休んだらいい。いろいろあって、疲れてるだろう」
平山は頷いた。穏やかな気持ちのまま、彼は夢の世界を去ることができた。