伏兵
エリスさんが帰ってしばらくすると、兄が部屋にやって来た。
「リリーナ、サナを知らないか?」
「………お兄様、何度も言いますが部屋に入る時はノックをして下さい。」
相変わらずこの兄はノックをしない。
いつになったら覚えてくれるのだろうか。
「ああ、すまん。で、サナは?」
絶対話しを聞いていない。
何かと言えばサナとしか言わないんだもん。
「サナでしたら、お祖父様と一緒にいるようですが……どこにいるのかしら。」
「げ、お祖父様と一緒か?」
兄は困ったような顔をしている。
サナに話しをしようとしているんだろうけど、タイミングが合わないんだね。
「お父様か、セバスチャンなら知っているかもしれませんね。」
「そうだな!聞いてくる!」
そう言うと兄はダッシュで部屋をあとにした。
もちろん勢いよくドアを開け閉めしていってくれましたよ。
……壊れてないよね?
しばらくすると、また部屋のドアがノックもなく開いた。
もちろん入って来たのは兄である。
ノックについては…………諦めよう。
今度から部屋のドアの鍵を閉めようと考えていたら兄が話しかけてきた。
「リリーナ、サナはお祖父様と出かけたらしい。」
「あら、外に出たのですね。お祖父様とサナが2人なんて珍しいですね。」
「ああ……なんでもお祖父様の古い友人に会いに行ったようなんだが。……で、なんでサナも一緒に行かなきゃならないんだ!」
兄が大きい声で叫んだ。
人の部屋に来て雄叫びをあげるのは止めて欲しい。
「お兄様、私の部屋でそのような大きい声を出すのは止めていただけませんか?耳が痛いです。」
「す、すまん。だが、サナが……」
本当にサナのことばっかり、隊長として機能しているのだろうか?
アレク様、いつもながら申し訳ありません。
「お兄様、サナのことが気になるのは分かりますが、まさかアレク様に騎士団のお仕事全部押し付けてきたわけではありませんよね?」
兄は私からの質問に明らかに動揺している。
私と目を合わせないようにしながら
「そ、そんなわけないだろう。ちゃんとやったさ……たぶん、いや、きっと!」
「お兄様、知ってますよね?サナは仕事を中途半端にする人が嫌いなんですよ。もしもサナがこのことを知ったらどうなってしまうんでしょうね?」
私の半ば脅しともとれるこの発言に兄が焦り始めた。
「あ、そうだ!提出する書類がまだあった。俺は仕事をしてくる!くれぐれもサナには余計なことを言わないように。」
兄はそう言うとさっきと同じようにダッシュで部屋をあとにした。
言うまでもないが、ドアは悲鳴をあげている。
夕方、サナがお祖父様と一緒に帰宅した。
なんか見るからにお疲れモードだ。
ちなみに兄はまだ帰って来ていない。
やはり仕事があったのに、アレク様に押し付けてサナを探していたようだ。
「サナ、大丈夫?凄く疲れている様子だけど……」
「あ、はい、リリーナ様。だ、大丈夫です。ちょっと気疲れしてしまって。」
そう言いながらもサナは無意識にため息もついている。
一体どこまで行っていたのだろう?
聞いてみてもいいかな?
「ねえ、サナ。あなた、お祖父様とどこまでお出かけしていたの?お祖父様の古いお友達に会うとかいうお話しだったようだけど……。」
サナは困った顔でこう切り出した。
「実は……昨日エリス様と一緒に救出したダミアン様のお屋敷に行ってきたんです。」
「え、ダミアン様の?」
「はい。ダミアン様のお祖父様と大旦那様が古い御友人のようで……それで、そのご縁でお屋敷に行くことになったんです。」
「それはなんて言うか、凄い偶然ね。」
「ええ、そうなんです。最初は私宛に招待状が送られて来て、お断りしようかと思っていたのですが、大旦那様が自分も行くから支度をするようにとおっしゃられて……それで行くことになってしまいました。」
「そう、大変だったのね。だけど、どうしてそこまで疲れているの?」
サナがここまで疲れた顔をするのは珍しい。
確かにサナが貴族の屋敷に招待されることは今までなかったが、礼儀作法なんかはサナの方が得意だと思うぐらい完璧だ。
「あの、ダミアン様はかなり変わっている方のようで……、その……」
サナが珍しくはっきりしない。
その、あの、と言って話しが続かないんだけど。
そんなに言い難いことなのかな。
私はサナが話し出すのを根気強く待った。
そしてようやくサナが小さな声で話し始めた。
「じ、実は交際らしきものを申し込まれたんです。ダミアン様が言うには、じ、自分は好意を持っているけど私はそんな気持ちが今はないはずだから、まずはお友達になってほしいとおっしゃられまして……」
ダ、ダミアン様見る目がある。
あの短期間でサナを見初めるなんて。
でも、サナは困っているのかな?
「それで、サナはなんて答えてきたの?」