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5050(フィフティフィフティ)  作者: あけお あこ
4/4

4話 組織

 対象地点に近づくと、ノエルは既視感を覚えた。


(なんか最近この辺り来たな…)


二日前に来た、半分剥き出しのまま埋まったビルのあたり。細い路地を抜けると、簡素な外観の建物があった。正面玄関の自動ドアが音もなく開き、受付のタブレットが淡く光る。ロビーには二人の男。 


「こんにちは、はじめまして!

僕はカッチーでこっちがライア。よろしく!」


元気な声に少し気圧されながら、ノエルも自己紹介と挨拶を済ませた。


「ついて来い」


ライアが静かに切り出し、歩き出す。


「君は新人だから、俺たちの指示に従ってもらう。簡単なサポートだが気を抜くなよ」


口調は硬いが、どこか気遣うような響きがあった。


「まぁ、職場体験だと思ってくれればいいよ〜」


カッチーが能天気に言い、ライアは呆れたように息を吐く。それでも、二人の間には妙な信頼感があった。



ライアは脇の通路へ曲がった。

受付の裏手にある、小さな更衣室のような部屋。


「着替えろ」


無造作に投げられたバッグを受け取る。

中には、黒に近い色の任務着一式と金属のタグようなもので何か書かれている。

任務着は、制服というより作業着に近い。

だが、触れた瞬間、ただの布じゃないことだけは分かる。


ノエルは奥のカーテンの内側で着替えた。

動きにくさはない、むしろ身体の動きに吸いつくようだった。


外に出ると、簡単な装備が並べられている。


レーザー銃。

麻酔銃。

ゴム弾の入った予備マガジン。

それに、小型ナイフと簡易止血キット。


「全部使う必要はない」


ライアは淡々と言う。


「むしろ、使わずに終わるのが一番だ」


カッチーは慣れた手つきで、麻酔銃を腰の内側に収める。

「今日は護衛だからね。音が出ないのがメイン」


ノエルは、レーザー銃の軽さに少し戸惑った。

おもちゃみたいに見えるのに、冗談じゃない重みがある。


「……これ」


「撃たなくて済むなら、それが正解」


小型ナイフと止血キットは、任務着の内側に仕舞うよう指示された。ポケットの位置が、最初からそこに収める前提で作られている。


「大きいのは奥だ」

ライアが、通路のさらに先を一瞥する。

扉の向こうは見えなかった。


ノエルは、それ以上、聞かなかった。


任務内容は、あるアイドルの護衛。

最近ストーカーに狙われいるらしい。

証拠がないから警察は介入できない。

そこでこの任務依頼が来たようだ。


警察が動けない案件を、なぜ自分たちが受けるのか。ここに来るまでろくに説明を受けなかったノエルは、この依頼に少し興味を持つ。

この組織は、警察の下請けでもなければ、完全な裏組織でもない。これは「民間のトラブル対応機関」のようだが、実際にやっていることは、警察が手を出せないグレーゾーンの回収係みたいなものなのか。

ノエルが考え込んでいると、それを察したようにカッチーが口を開く。


「ここはさ、白でも黒でもない。どっちつかずの場所なんだよ…」


ノエルは含みが気になった。

「…」


「なんてね!」


だからか、その後の言葉が妙に引っかかった。


「いいか、お前は新人だから何も求めてない。自分で考え、最善の選択をしろ」


あえて説明しないのはここのやり方か。



軽く作戦会議が終わると、三人は部屋を出て依頼人の元へ向かった。


重たい防音扉の前で、ライアが軽くノックする。

中から「どうぞ」と声がして、扉が開いた。

控室らしい部屋だった。照明は柔らかく、壁際にはハンガーラックと簡易ソファ。


その中央に、一人の少女が座っていた。

まだ顔に幼さが残るが、立ち振る舞いのせいか大人のようだ。どこかの広告で見たことのある顔。

けれど、イメージとはずっと疲れて見えた。


「よろしくお願いします、リルです」


少女は立ち上がって、軽く頭を下げた。

隣の女のマネージャーは電話中、こっちをチラリと確認した。


「こっちは護衛担当のカッチー。私はライア、こっちがノエルだ」


「はじめまして」


ノエルも頭を下げる。

視線を上げた瞬間、リルと目が合った。

一瞬だけ、相手の肩から力が抜けたように見えた。


「護衛は基本的に、僕がつきます」


カッチーがいつもの調子で言う。

その瞬間、リルの表情がほんのわずかに曇った。


「あの」


 言いにくそうに口を開く。


「その人じゃなくて…」


 室内の空気が、わずかに張りつめる。


「え、もしかして顔が怖い?」


「そういうわけじゃなくて…」


リルは困ったように視線を泳がせてから、ノエルを見る。


「この人がいいです」


「……え?」


ノエルは、間の抜けた声を出してしまった。


「なんか……その人だと、たぶん、私ずっと緊張します。この人なら、大丈夫な気がして」


「まぁ、本人がそう言うならしょうがないよね〜」


「……任務だぞ」


 ライアは少し渋い顔をしたが、ノエルを見る。


「やれるか?」


「……やります」


自分でも、どうしてそう答えたのか分からなかった。断る理由もなかったし、どこかで“やらなきゃいけない気”がしていた。


「決まりだ。ノエルが近接、私とカッチーが外側を固める」


配置が決まると、リルはほっと息をついた。


「ありがとうございます…」


ノエルはその様子を見て、少しだけ不思議に思った。

なぜ自分なのか。

特別なことは、何もしていないのに。

控室を出ると、裏の通路へ移動する。

スタッフや関係者が行き交う中、ノエルは無意識に、人の流れから少し外れた場所を選んで歩いていた。

誰ともぶつからず、全体が見える位置。

自分では、ただ歩きやすい場所を選んでいるだけのつもりだった。


「ノエル…」


横に並んでからカッチーが、ぼそっと言う。


「変なところ歩くね」


「そうですか?」


「うん。なんか空気みたい」


「……よく分かりません」


スタジオの前で、リルが立ち止まる。


「…では」


ノエルは小さくうなずいた。

その瞬間、背中の奥がひやりとした。

人の流れの中に、ひとつだけ噛み合っていない動きが混じっている気がした。


(気のせい、かな)

ノエルは一度だけ視線を巡らせてから、

ほんの半歩だけ、立つ位置を変えた。

理由はない。

ただ、そこにいると落ち着いた。



収録は、驚くほど問題なく終わった。

照明が落ち、歓声が遠ざかる。

控室へ戻る通路には、さっきまでの慌ただしさが嘘のように、緩んだ空気が流れていた。


「今日は静かだったな」


カッチーが伸びをしながら言う。

ライアは短く周囲を見回し、異変がないことを確かめる。ノエルは、リルの少し後ろに立ち、人の流れに目を配っていた。引っかかる視線も、噛み合わない動きもない。


裏口から外へ出ると、夜の空気が肌を刺した。

路肩に停めたバンに乗り込み、リルの自宅へ向かう。

車内は静かで、窓の外の街灯が等間隔に流れていった。


着いたのは、駅近くの高層マンションだった。

エントランスにはオートロック。

管理人室の明かりもついている。


「今日から外で張りますので」


カッチーが言うとリルはノエル手を引いた。


「この人だけ借りていいですか?」


三人は一瞬戸惑ったが、リルの震えに気づきすぐに了承した。


エレベーターの鏡に映るリルの顔は、仕事のときよりずっと疲れて見えた。

部屋は整っていて、生活感が薄い。

ベッド、机、壁際に並んだ衣装ケース。

玄関脇の棚に、見覚えのない小さな紙袋が置かれていた。ノエルは、足を止める。


「……それ、届いたものですか?」


リルは一瞬、動きを止めてから、小さくうなずいた。


「はい。そこに置いてありました」


「オートロックですよね」


「……はい」


紙袋には、簡単なリボンが結ばれているだけで、差出人の名前はない。

配達票もない。


「中、見ました?」


「……怖くて」


ノエルは、袋から目を離さずに言った。


「ここ、外部の人は簡単に入れませんよね」


少女は、しばらく黙っていた。

それから、ゆっくりと口を開く。


「最初は……気のせいだと思ってました。

マネージャーか友達からかなって」


ベッドの端に腰を下ろし、両手を膝の上で握る。


「でも、オートロックなのに、

家の前に物が置いてあることが何度もあって……」


ノエルは、背中を玄関の扉に預けた。

外の気配が伝わる位置。


「……どんな物ですか」


「手紙とか。

 あと、私が前に“好き”って言ったお菓子」


声が、ほんの少し震える。


「それが……仕事で話したこと、

 まだ公開されていない内容だったんです」


ノエルは、目を伏せた。

(内側か)

外から覗かれているだけじゃない。

生活の内側に、すでに踏み込まれている。


「それ、誰かに相談しました?」


「マネージャーには。

 でも、証拠にならないって……」


そのとき、

窓の外で、遠くを走る車の音が途切れた。

静けさが、部屋に落ちる。

ノエルの背中に、じわりと寒気が広がった。


理由はない。

ノエルは、無言で立つ位置を数センチだけ変えた。

すると、不思議と、背中の冷えが和らいだ。

インカムが、小さく鳴る。


『状況を逐一報告しろ、なにかあればすぐ動く』


ライアの低い声。

ノエルは窓の外を見ずに、少女へ向き直った。


「今夜は、外にも人がいます。安全です」


リルは、小さく息を吐いた。


「……ありがとうございます」


無事に終わったはずの一日が、

静かに、別の形を持ち始めていた。









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