第299話 繋がる家
Side:日本
日本某所の極秘施設。異世界と日本を繋ぐ唯一の窓口。そのマンションの一室にある家は、リオンの前世の家だった。
職員たちは見慣れている。それでも、転移の瞬間だけは緊張する。
「消えます!」
監視員の声と同時に、家が淡い光に包まれた。次の瞬間には跡形もなく消えている。
「異世界側への移動確認」
「待機」
「次の転移に備えろ」
淡々とした指示が飛ぶ。いつもの光景だった。だが、その日は違った。
数十分後。空間が揺らぎ、家が再び姿を現す。
「確認急げ!」
担当者たちが駆け出した。玄関が開く。
そして、全員が足を止めた。
「……なんだ、これは」
家の中に人がいた。ひとりやふたりではない。
血に染まった兵士に見える人。意識のない老人。熱にうなされる子供。誰もが重症だった。
「医療班!」
「担架を!」
「救急搬送を手配しろ!」
一瞬で施設の空気が変わる。職員が走り、医師が呼ばれ、救急車のサイレンが施設の外で鳴り始めた。
その最中だった。「あれ?」
一人の担当者が机の上に置かれた紙に気付く。そこには日本語で短く書かれていた。
【生かしてくれ。治療を頼む。金は払う】
担当者はしばらく黙ってその文字を見つめた。
「……リオンさんらしいな」
視線を横へ向ける。そこには金貨の山が積まれていた。まるで宝箱をひっくり返したような量だった。
「治療費のつもりか」
苦笑しながらも、誰も金貨には手を付けない。
今は一秒でも早く命を救う方が先だ。負傷者たちは次々と病院へ運ばれていった。
担当者は空いた紙を見つけると、走り書きで返事を残した。
【治療中。追加患者がいるなら送ってください】
その紙を家のテーブルの上に置く。半信半疑だった。本当に向こうへ届くのかも分からない。
しかし、数時間後。「転移反応!」
再び警報が鳴った。家が現れる。中にはまた負傷者。さらに次の転移。また負傷者。
次も、その次も家は何度も往復を繰り返した。
そのたびに救急車が出入りし、担架が運ばれていく。
担当者は頭を押さえた。「……まだいるのか」
異世界で何が起きているのか。詳しいことは分からない。だが、ひとつだけ分かることがあった。
向こうでは今も助けを求める人がいて、リオンはそれを見捨てていない。
「病院を増やせ」
「大学病院にも協力を要請しろ」
「受け入れ体制を拡大する」
指示が飛ぶ。誰も反対しなかった。その夜。担当者は改めて手紙を書いた。
【リオンさんへ
こちらで治療を開始しています。
可能な限り救命します。
患者の名前や状態が分かれば記載してください。
こちらも全力を尽くします。
日本側担当者より】
封筒に入れ、机の中央へ置く。
「届けばいいんだがな」小さく呟いた。
翌日も家は現れた。その翌日も施設はもはや極秘施設というより病院だった。
救急車が並び、医師が指示を飛ばし、看護師と職員が休む間もなく走り回る。
それでも不思議と不満を口にする者はいない。
窓の外に家が現れる。玄関から運び出される患者。そして、置かれている金貨。
担当者は思わず笑った。
「本当に無茶ばかりするな、あの王様は」
そう言いながら、新しい患者リストを受け取る。
「よし。次だ」
再び足を動かす。異世界と日本を繋ぐ家。それは今や、二つの世界の命を繋ぐ橋になっていた。




