第220話 届きすぎる縁談、削れていく胃
それは、王都が平和を取り戻した、まさにその直後だった。
「王」
文官の声が、どこか疲れている。
リオンは嫌な予感を覚えながら、机の上を見た。
そこには封蝋付きの書状が、山のように積まれていた。
「……何だこれは」
「各国からの、正式な書簡です」
「内容は?」
文官は、目を逸らした。
「……婚約の申し込みです」
沈黙。
「……複数?」
「はい」
「どれくらい?」
文官は、静かに指を立てた。
一本。
二本。
三本。
「数えるの、やめようか」
リオンは遠い目をした。
内容は、実に多彩だった。
・クレスモア王国
「友好の証として、王女を」
・リヴェルン王国
「通商条約強化のため、血縁関係を」
・リトルリア国
「不可侵の永続化を目的とした婚姻」
・どこかの小国
「神の血を我が国へ」
最後の一文で、胃が跳ねた。
「……誰が神だ」
ガルヴァンは、すでに悟った顔をしている。
「噂は広がる。止めようがない。精霊が集まり、聖獣が頭を下げ、神話みたいな子が二人。これで、“ただの王”だと思う方が無理だ」
「俺は何もしてない!(実践はした)」
「噂が誠だから一番厄介だ」
さらに追い打ち。
「王」
別の文官が入ってくる。
「非公式ルートからも、打診が来ています」
「……非公式?」
「はい」
「王妃候補として、自薦したいと」
「誰が?」
「……各国の有力貴族女性です」
リオンは、机に突っ伏した。
「……もう無理だ。胃が物理的に、無理だ」
ガルヴァンは、淡々と告げる。
「だが、無視はできん」
「無視すれば、外交問題だ」
「受ければ?」
「地獄だ」
その日の夜。
リオンは、一人で執務室にいた。
書簡を一通、手に取る。
丁寧な言葉。
美しい文。
だがどれも、“個人としてのリオン”を見ていない。
王。
神話。
血筋。
象徴。
「……俺はいつから、種馬になったんだ」
窓の外で、精霊がふわりと浮かぶ。
『人気者だねー』
「黙れ」
精霊は笑う。
『安心して本気で結婚したい人は、ほとんどいないよ』
「余計に嫌だ!」
翌朝。
ガルヴァンが、提案した。
「期限を設けろ。“即答しない”と、宣言する。それで、少しは落ち着く」
リオンは、力なく頷いた。
「……そうしてくれ。俺はしばらく、
誰とも婚約しない」
その言葉に、精霊が意味深に呟く。
『“しばらく”ね』
リオンは、聞かなかったことにした。
平和な国。
安定した外交。
そして、王の胃だけが、確実に削れていた。




